第21話 出来ること
重い瞼を開けると、白い石造りの建物が立ち並ぶ街並みが広がっていた。周囲には多くのプレイヤーがいて、賑やかな声があちこちから聞こえてくる。
ここは……ベイネスの街?
俺は先程まで、ティール火山でビエルグと戦っていたはずだ。
腰に手を当ててみると、鞘にはオニキスブレードが収まっていた。いつの間に納刀したのだろう。いや、それよりもなぜここにいるのだろうか。
振り返ると、そこには街の転送ゲートがあった。
ゲートの前に立っている理由として当てはまるのは、他の場所から転送してきた時と死に戻りの時の二パターンしかないはずだ。となれば……。
もしかして、俺は死んだのか。
これまでHdOでは一度も死んだことがなかったが、こんな感じなのか。
そういえば似たようなことが前にもあった。謎のNPCセルジオとリグローの山で決闘をしたときだ。
あの時は、指定していた復帰地点ではなく、ジルローザのいる民家のベッドだったか。
これまで数々の危機を乗り越えてきたが、明確な死を経験したのは初めてのことだった。
記憶が飛んでしまったかのような喪失感と共に、敗北したという事実で悔しさが込み上げてくる。
深呼吸をして落ち着きを取り戻してくると、次第に直前の記憶が蘇ってきた。
ビエルグが最後に放ったスキル……あれは、間違いなく<<ヴィクトリア>>だ。
背中に受けた攻撃で半分以上も食らっていたのだ。高威力スキルのヴィクトリアをモロに喰らえば、耐えられるはずがない。
「はぁ、一撃かあ」
溜息と共にがくりと肩を落とし、少しだけゲートから離れた場所に立った。
それから間も無く、全身金甲冑のアルベドと銀甲冑のゴルドーがゲートから姿を現した。
同じタイミングで現れたということは、同時にやられてしまったのだろうか。
「いやー、完敗だな」
「どう考えてもあれは無理だろう。だいたい人数が……」
二人がこちらの方へと向かってくるので、「おかえり」と小さく声をかけた。すると金甲冑の剣士アルベドが右手を挙げて応じる。
「おうラスタ、待たせたな。」
「倒したのか?」
「まさか、ボロ負けだよ。まぁ、最初から勝ち目はなかったからな。お前がやられちまったせいじゃあないぞ」
「もっと冷静に、三対三を維持するべきだった。欲に目が眩んでしまった俺のせいだ」
「あいつは、そもそも三人でやるような奴じゃない。本気で倒すならもっと人数を集めるさ」
慰められているようで、悔しさの余り次第に頭が下がってくる。
「お前、ひょっとしてやられたのは初めてか?」
「……」
アルベドの隣に立つゴルドーの問いに、無言で頷いた。するとアルベドが言葉を続ける。
「なんだ、そうだったのか。死ぬのは前線じゃ普通だからな、すぐ慣れるから心配するな」
「……フォローになっていないぞ」
「そうか?すまん」といって、アルベドが肩を叩く。確かにどの戦闘においても、倒し方が確立されるまでは前衛が真っ先にやられる可能性が高い。そういう意味では、彼らはとっくに慣れてしまっているのかもしれない。
アルベドの手を払いのけ、ゴルドーが俯いている顔を覗き込む。
「もう一度挑戦するか?」
俺はその問い掛けに答えるまでのわずかな時間で、再びビエルグとの闘いをシミュレーションしていた。
恐らく、俺の放ったヴィクトリアをガーディアンが防いだのは奴の指示によるものだ。二人がタゲを持っていたのに、それを無視してこちらに来たというのが紛れもない事実だろう。
だとすれば、次も同じ手口でやられる。個としての強さでも、連携力でも奴には遠く及ばない。
少なくとも、今の段階であいつに勝てるビジョンは見つからない。
「いや……」
否定の言葉にゴルドーは短く頷き、何も言わずに答えた。
「では、今日は解散だな。繰り返し言うが、あまり気にするなよ」
「何かあったらまた呼んでくれ」
アルベドとゴルドーは、何かを言い合いながら路地の中へと消えていった。しばらくすると、視界に表示されていた二人の名前が消えた。
◇ ◇ ◇ ◇
広場にある転送ゲートが見える位置に腰掛けていると、後ろから突然手が覆いかぶさってきた。
「だーれだ?」
「……そんなことするのは一人しかいないよ、ティナ」
「正解。どうしたの?こんなところに座って」
茶髪のウェーブした長い髪を揺らしながら、魔法使いのティナが隣に腰掛けた。
彼女に言われて時計をちらりと見ると、一時間近くもここに座っていた事に気が付いた。
ティナとはHdOで知り合ってから1か月が経とうとしている。最近は他のプレイヤーとパーティを組むことも増えてきているが、なんだかんだ彼女といる時間が一番落ちつく。
彼女になら、今日の出来事を話してもいいかもしれない。
「今日アルベド達とボスを倒しに行ったんだ。でも一撃でやられちゃってさ。こんな軽装じゃ仕方ないと思うけど、初めてのことだったから動揺しちゃって」
彼女は黙って俺の話を聞いていた。
「今まで危ない場面は何度かあったけど、こんなにも敗北感を味わったのはじめてだなーって……」
話し始めると、言葉が止まらなかった。捻った蛇口から水が流れるように、言葉が溢れ出ていた。そして、今はそれを止めてくれる人はいない。
言いたいことを全部吐き出した後、しばらく沈黙が続いた。彼女が何を言うのか待っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「私は魔法使いだし、ラスタみたいに上手じゃないから、割とすぐ死んじゃうよ」
そう言って彼女はこちらを向いた。それに気づいた俺も、いつの間にか彼女の方を見つめ返していた。
「ゲームだから仕方ないとは言わないよ。君がこのゲームにどれくらい真剣なのか、私はわかってるつもりだし。だから、私から言えるのは……一つだけだと思う」
手の温もりに気付き視線を下げると、彼女の温かい手が俺の手を握っていた。緊張と動揺を隠せずにいたが、バレないように再び彼女の目を見て、次の言葉を待った。
「強くなるしかないよ」
一言だけ、そう告げた彼女の目は真剣そのものだった。
「強くなるために、何をしたらいいか、何が出来るかを考えよう」
ビエルグを倒すために何が出来るか、これから先に現れる強敵にどう立ち向かうか。
それを見極めていかなければ、この先もずっと同じ悩みを抱えていくことになるということか。
彼女は手を離し、そっと立ち上がった。
「今日はもう行かなきゃ。お友達と約束があるの」
「あ、あぁ。そうだったんだ。ごめんね」
「ううん、大丈夫。君も、もう大丈夫かな?」
顔を上げ、彼女を見る。
「うん、ありがとう。ティナ」
彼女は笑顔で頷き、「じゃあね」と言って手を振りながら去って行った。
今の俺に出来ること……か。
少しだけ考えた後、メニュー画面を開いてある人物にWISを送った。そして立ち上がり、指定した場所へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
ベインスの街の複雑な路地を抜けると、中央の広場ほどではないが、それなりに広い空間が広がっていた。ここは街の中心からかなり離れているため、人通りはほとんどない。
その広場の中心で、ある人物を待っていた。するとしばらくして、路地の影から一人の女性が姿を現した。
「どうしたんだ?こんなところに呼び出して……もしかして愛の告白か?」
目の前の女性は、ショートヘアの赤い髪をなびかせ、布とチェーンの装備を見に纏っていた。腰には黒光りするオニキスブレードが下がっていて、身なりは今の俺と大差ない。
「悪いんだけど、ちょっと付き合ってくれないかな」
俺はメニュー画面を操作し、彼女に申請を送った。彼女がボタンを押すと、視界の中央に60秒のカウントが表示され、小さな音を立てて減り始める。
「はんっ、どういう風の吹き回しかしらないけど。あんたが負けたら、理由を教えてもらおうか」
「……ああ」
静寂がしばらく続いた後、やがてカウントが10秒を切る。秒ごとに刻まれる音が響き渡り、やがて大きな音を立てた。
静かな夜の街に、剣と剣が交わる高い音が響き渡る。
しかし、街外れの広場で戦う二人の音を聞く者は、誰もいなかった。
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