第14話 レイドボスバトル【二】

 

 ネイルゼアの説明によると、HPゲージが黄色に変化した途端、全てのモンスターがランダムターゲットの火属性魔法<<ファイアーボール>>を使用してくるという。

 攻撃じたいの威力は低いが、着弾した場所から円形にダメージが広がるため近くにいるとHPを削られるため注意が必要となる。

 

 その火属性の対策として八層のクエスト<<アツアツのスープはいかがカメ?>>の攻略が必須となっていた。

 クエスト報酬で貰える<<レジストファイアポーション>>は、一定時間火属性のダメージを軽減するというものだ。このアイテムはトレード出来るが、貰える数が少ないため自前で用意する必要があった。

 

 「ポーション使用!それと、ランタゲで後ろから狙われないように各タンクは更に距離を取ってくれ!」


 ネイルゼアの指示で、各々がポーションを使用する。

 それと同時にボス達は足元に魔法陣を形成させ詠唱をはじめる。行動パターンが追加されたという事は、HPが半分を切った事を意味する。


 魔法の詠唱が終わると同時に、ボスを含む六体の口から予想もしない方向に火の弾が放たれた。そしてそのターゲットには勿論、後方の魔法使いも含まれる。

 それまでタンクが攻撃を全て受けていた時とは一変し、各部隊の中衛や後衛への攻撃が一気に場をかき乱し始める。

 

 ランダムターゲットは、回復魔法が存在しないHdOと非常に相性が悪い攻撃の一つだ。

 戦闘中、自然にHPが回復するスキルを持っている剣士と違い、魔法使いはHPを回復させるために自身でポーションを使用しなければならない。

 敵の弱点を付けるというメリットを持つ魔法使いが一時的に戦線を離脱することは、モンスターの処理が大幅に遅れてしまう原因となってしまう。

 更に、ランダムということは場合によっては離脱した魔法使いに攻撃が飛んでくる可能性もゼロではない。

 

「各隊のリーダーは的確な指示出し、遊撃部隊はカバーに入ってくれ!」


 それまでの安定感とは打って変わり、うっかり魔法の範囲に入ってしまうものやポーションをケチってやられてしまうものが出始めた。

 ボスの行動パターンが変わってからおよそ十五分が経過し、ネイルゼアの声はもはや届く状況ではなくなっていた。

 即席で作ったパーティの弱みが、ついに露呈しはじめてしまったのだ。

 

 「ちっ、これなら前線組だけでやった方が幾分もマシだったかもな」


 アルベドはボスの攻撃を防ぎながら、周りで騒ぎ立てるプレイヤーを見て毒づいた。

 その隣で盾を構えるネイルゼアが、こちらへと指示を出す。


「ラスタ、こっちはいい。うちの魔法使い二人のカバーに入ってくれ」


 その言葉で、ボスに気を取られていた俺は後方を振り向いた。するとどういう訳か魔法使いの二人がビッグフットに囲まれている。

 俺は「わかった」と短く返事をすると、急いで二人の元へと走った。

 視界の隅に表示されている参加人数に目を向けると、人数が五十人近くまで減ってしまっている。

 パッと見ではどこもしっかり人数が残っているように見えるが、どの隊も二~三人のプレイヤーがやられてしまっている。

 特に、魔法使いがやられてしまった部隊はもはや壊滅しているといってもいい状況となっていた。


 もはや全滅は時間の問題かもしれない。

 ついさっきまで余裕をかましていた自分が情けないと感じずにはいられない。


 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 二人の元へ駆けつけると、別部隊のタンク達が守りに入ってくれていた。

 

 「すまない、あんた自分のところは」


 「もはや機能しちゃいねえ。それよか、こっちはいいから二人をカバーしてこいってよ」


 彼の担当しているビッグフットは南東だったか。そちらに視線を送ると、二、三人のアタッカーがビッグフットと追いかけっこをしている。

 あれもある意味では役に立っている……のか。しかし、時間の問題は目に見えている。


 ティナとリオナはタンクに守られているため、あえて戦線を離脱せずその場で回復を行っている。

 俺が来たことに気が付いたティナが、少しだけ表情を和らげながら話しかけてくる。


「ラスタ、来てくれたんだ」


「あっちにいても役に立たないからな」


 短いやりとりを交わし、ビッグフットの攻撃を往なす。

 その合間を縫って、二人の魔法使いはティガーセルクを攻撃する。


 犠牲を出しつつも、なんとかHPは削れているが一瞬の油断で崩れてしまうという緊張感が常に付きまとっていた。


 

 ◇ ◇ ◇ ◇


 

 それから数分が立ち、残るプレイヤーは三十人を切ってしまった。

 そのほとんどがティナとリオナの護衛にまわるタンクで、アタッカーに至ってはもはやほぼ壊滅状態となっている。

 ボスの攻撃はアルベドとネイルゼアが完全に二人で受け持つ形になっている。あの二人がいなければ俺達はとっくに全滅していただろう。

 

 その甲斐あって、ティガーセルクは<<凶暴化>>を使用する赤ゲージまで追いつめることができた。

 有効打が氷魔法しかない状況だが、肝心の二人はやられないために回復を優先しているので攻撃頻度がかなり下がってきてしまっている。


 アルベドとネイルゼアのHPも心配だが、今は少しでも安定しているこの方法をとるべきだ。歯がゆい気持ちを抑えながら二人の回復を見届けていると、隣に立つタンクが声をかけてきた。

 

「おい、お前アタッカーだろ?こっちはいいから、攻撃に加勢してこいよ」


「え……でも」


「周りをよく見ろ。アタッカーはもうほとんど生き残っちゃいねぇ。今まともに攻撃できるのはお前だけだ」


 周りを見渡すと、他のプレイヤーも、ティナもこちらを見ている。

 この状況で盾を外してボスに挑むということがリスキーである事は、盾をもっていないアタッカーがほとんど残っていない事が物語っている。

 しかし、もはや時間の問題かもしれないこの状況を変えるためには次の一手を打つ必要があるのも事実だ。


「……わかった」


 俺は指を鳴らし、メニューウィンドゥを開いた。

 アルベドに貰った盾<<ラウンドシールド>>のチェックを押し、装備を解除する。

 いつものスタイルに戻り、軽くなった左手で拳を握る。


 「かっこ悪く死んでも、恨まないでくれよ」

 

 そう一言だけ発し、ボスの元へと向かった。


 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

「ラスタか、後ろはどうした」

 

 二人の元へ駆けつけると、チラりとこちらを見たネイルゼアが声をかけてくる。

 

「みんながカバーに入ってくれている。攻撃に参加させてくれ」


「そうか、わかった。アルベド」


「わかっている」


 二人がティガーセルクを挟むように前後に立ち、それぞれの後ろ目掛けて片手剣の刺突スキル<<クイックリッパー>>を放つ。

 刺突スキルは成功すれば反動でだいぶ距離が取れるため、後隙で攻撃されにくい。仮にスキルの硬直時間を狙われたとしても、この方法ならば二人がそれぞれカバーしてくれるので遠慮なくスキルを叩き込める。

 その隙にも、後方からコールドボルトの矢が飛んできてHPを削っていった。


「あと少しだ!集中!」


 しかし、ボスのHPが一割近くになろうとしているところで後方に異変が起こった。

 とうとうタンク達の回復が切れ始め、やられてしまうものが出始めてきてしまったのだ。

 あと少しというところで、ティナとリオナも回復をせざるを得ない状況になっている。


 そしてその焦りが前方で戦う俺の元にも届いてしまい、足を踏み外した状態でクイックリッパーを放ってしまった。

 刺突先に立つアルベドからわずかにズレて着地してしまい、後隙に黄色い光を放ったティガーセルクのスキル<<シャープネイル>>が放たれようとした。

 

 「ばかやろう!」

 

 ネイルゼアが叫ぶが、硬直時間で身体が動かない。


 瞬間、ボスと自身の間に黄金色の鎧が割り込んだ。

 黄金色の甲冑を纏う男、アルベドはシャープネイルの光速で放たれる四連撃をその身で受けた。

 初撃で盾が弾き飛ばされ、残りの三連撃が無防備な身体を引き裂く。

 ブシュッと音を立て、アルベドは青と赤の粒子が噴き出しながらその場にヒザをついた。


 「トドメをさせえええ!」

 

 アルベドが叫ぶ。


 その叫びを聞いた瞬間、俺の身体は無意識に次の一手を放ちにいった。


「あああああ!」


 背中に剣を担ぎ、ティガーセルクへと思い切り飛び込んだ。

 黄色い輝きに気が付いたティガーセルクがこちらを振り向こうとした瞬間、後方からヒヤリとした空気と共に氷の刃が地を蔦ってティガーセルクの足を凍らせた。

 それは、後方のティナとリオナによる凍結魔法<<フロストダイバー>>の援護だった。

 土壇場で二人が選択した魔法は、攻撃ではなくサポート魔法だったのだ。

 足を凍結され、その間わずか一秒だがティガーセルクの攻撃が遅れる。


 しかし、それでも攻撃が間に合わない。ティガーセルクの大きな左腕が振り下ろされる。

 

「たのむ!」

 

 その間を、アルベドと共にボスを抱えていた部隊のリーダー、ネイルゼアが割り込んだ。

 ネイルゼアは黄色い光を放つ盾を振り抜き、「やれ!」とだけ短く叫びながらティガーセルクの左腕を弾いた。

 

 無防備となったティガーセルクに、オニキスブレードの刀身が右肩から入り込み、中央で止まった後左肩に向けて斬り抜かれる。

 片手剣の高威力スキル<<ヴィクトリア>>。 切り口がVの字になる事から名付けられたその技は、高い威力と引き換えに後隙が大きい事で使いどころが難しいと言われている。

 本来ならば使いどころではないスキルだが、周りの援護があった事で大きな一撃を叩き込むことが出来た。


 左肩から抜けた剣がキィンと金切り音を立てながら空で止まり、同時にティガーセルクと取り巻きのビッグフットの動きが止まった。

 

 やがてその身体が、上部から光の粒子に変わり上空へと散っていった。

 

 ヴィクトリアの斬撃がティガーセルクの残りのHPを削り切ったのだ。


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