第13話 レイドボスバトル【一】
ネイルゼアの提案で急遽盾装備をつかう事になった俺は、パーティ編成が終わると同時に金ゴリラことアルベドに近くのフィールドに連れていかれた。
出発の時間まで基本的な動作を教えてくれるそうで、更にお下がりの盾まで頂いてしまった。まさに至れり尽くせりだ。
実際の戦闘が始まると、今までフリーだった左手部分が重くて動きずらかったのだが、アルベドの教えが上手ですぐに慣れる事が出来た。
ジャストガードのタイミングや攻撃を受ける際の角度の説明などが非常にわかりやすく、これなら最低限の防御はうまくやれそうだなと思った。
それから一時間弱の稽古が終わり、俺達は集合場所へと向かって歩き出した。
「わざわざありがとうございました」
「気にするな。それに、お前は覚えが良いから教えがいがあった」
「いえ、そんな……。俺の方こそ、スキルを一つも取ってないのにパーティに入れてもらって申し訳ないです」
「それについては、あいつが良いといったから何も言わん。そもそも盾スキルをがっつり取っているやつはそんなに多くないしな」
彼の言うあいつとは、ネイルゼアの事だろう。
というのも、俺は何かの時にとスキルポイントを余らせるタイプだったので、実は盾スキルも取れることは取れる。ただ、これから始まるボス戦のためだけにスキルを取得することはしたくないと相談したところ、彼はあっさり承諾してくれたのだ。
普段ソロで活動している俺に対して理解があったのか、それでもいいからティナの火力が必要だったかはわからないが、この恩をボス討伐という形で返せたらいいなと思った。
「今まではリオナに負担をかけすぎていた。だから、お前とクリスティーナが入ってくれた事に感謝している。俺も、あいつもな」
「……そもそも、火属性しか使えないやつが多すぎるんですよ」
「フッ、まったくだな」
その後も、ある種の愚痴のようなもので意気投合した俺達は互いに言葉を交わしつつ街の門を潜った。
出発の時間になり、八〇名近くにもなる大勢のプレイヤーがレイドボスのいる場所へと向かって歩き始めた。
街の出口では、出発を見届けるプレイヤーや野次馬がわんさか集まって見送ってくれた。
俺とティナのいる第一部隊は先頭で、前方に出現するモンスターの担当だ。
メンバーは前線組のネイルゼア、アルベド、リオナ、俺とティナを含む残りの三名と豪華な面々が揃っている。
その先頭に立つ俺は、これまでほとんどの階層を共に歩んできた魔法使いのティナに視線を送った。
彼女が氷魔法を取っていなければ、あそこで駄々を捏ねていなければ今頃俺は……と、その遥か後ろを歩く第八部隊に目をやる。
そこには、急遽移動させられてしまった第一部隊の盾プレイヤーの姿が薄っすらと見える。彼もネイルゼアと共にこれまで前線で活躍してきていたメンバーだったと聞き、大変申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「なんだかピクニックみたいだね。こんな人数で歩くことってあるのかな?」
後ろを歩く盾使いに視線を送っていると、いつの間にか隣に来たティナが話しかけてきた。
「う~ん……HdOでは初めてなんじゃないかな。今までは彼らが階層ボスを倒していた訳だし、その時の人数でも多くて三〇人とかって聞いたし」
すると、近くを歩いているネイルゼア達が話に参加する。
「無論、はじめてだ。だが大人数はこれっきりにして貰いたいな。正直纏めるのが大変だ」
「大丈夫でしょ。火属性のボスが出てきたら、ティナちゃんだけ誘えばいい訳だし」
「そうだな」
「それならおまけが一人付くだけで済むしな!」
「それ……俺のことですか」
「他に誰がいるというのだ」
大きな笑い声が響き辺り、それまで少しピリついていた空気が和らいだのか、他の部隊からも笑い声や話し声が聞こえ始める。
その賑やかな光景は後に、何も知らないプレイヤー達からはピクニックに行く大行列に見えたと言われていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ここだ」
前を歩くアルベドが足を止め、後ろを振り向いた。
そこから先には、リグローの山で見た不自然な円形の窪みが広がっている。広さは、山頂の窪みよりもやや大きい。
ネイルゼアが中央の祭壇へと近づき、申請の操作をする。すると、視界の端に八十四/百という数字が浮かび上がり、ボス戦を告げる薄い半透明のカーテンが周囲を覆い始めた。
空気がピリつきはじめ、打ち合わせ通りに部隊が展開する。
「あれ?最大百人までって事は……元々いた二百十七人はどの道定員オーバーだったってこと?」
緊張が走る中、後ろに立つティナが疑問を投げかける。これにはリーダーのネイルゼアが答える。
「そうだな。倍以上きたのは予想外だったが、装備を見れば自ずと数が絞れるのは見えていた。今はそんなことより、集中」
はい。という声で、再び周囲に緊張感が増す。
ついにカーテンが全てを覆い尽くし、「ガァァァ!」という雄叫びと共に体長四メートルの巨大な虎<<ティガーセルク>>が姿を現した。
「戦闘開始!」
低くもよく通るリーダーの掛け声で大規模なレイドボス戦が開始された。
「コールドボルト!」
掛け声と共に最初に放たれたのは、尖った複数の氷の矢だ。メイン火力の氷魔法使い、ティナとリオナが放った<<コールドボルト>>は対象目掛けて真っ直ぐと放たれ、甲高い音を立てて着弾する。
事実上、この攻撃が戦闘開始の合図となり、ティガーセルクは取り巻きのビッグフットを五体召喚して二人に突進を仕掛けてくる。
「ガァァァ!」
その突進を迎え撃つのが、第一部隊の盾持ちであるネイルゼアとアルベド、そして俺だ。盾持ちのタンクには敵の注意を引きつける<<挑発>>スキルがあり、この挑発を利用して二人のタンクがローテーションで敵を抱える作戦がとられている。
そして五体のビッグフットは偶数の部隊が割り当てられ、各隊にも同じようにタンクが二人ずつ配置されている。
偶数の部隊が第一部隊に迫るビッグフットを引き剥がし、弧を描くように広がりながら戦闘が行われた。
一瞬で辺りは戦場となり、鎧や金属がぶつかる音に混じって、怒声や悲鳴が響き渡る。
「アルベド、頼む」
「あいよ、おら!こっちだ!」
第一部隊のネイルゼアとアルベドは、ティガーセルクの猛攻を迎え撃ちながら挑発で互いをカバーし合あう。その合間を縫って俺含む他三名の物理アタッカーがスキルによる斬撃を差し込み、さらに後方には魔法使いの二人が安全な場所から魔法でダメージを与える。
「っりゃ!」
ボスの背中に斬撃を入れ、一歩下がったタイミングで周囲を見渡す。
よく見ると、ビッグフットを抱えている偶数部隊も同じ編成が組み込まれている。違いがあるのは魔法使いが火か氷を使えるというところだが、ボスと取り巻きの弱点属性が違うためここでは上手く機能している。
そして残りの奇数の部隊は、各隊のカバーに入れる遊撃部隊となっている。
八十四名いるとはいえ全てのパーティで同じ編成が作れるわけではなく、奇数部隊の中には魔法使いがいないパーティもいる。そのため彼らは中央の第一部隊とそれを囲むように広がる偶数の部隊の間に配備され、状況を見ながらカバーに入るように指示されている。
多人数の攻防において、この状況判断力というのが最も重要とされている。そのため奇数部隊のリーダーには、前線で活躍していたメンバーや他のゲームで指揮をしていた経験者が当てられている。
ここまでの攻防で、ティガーセルクのHPゲージは半分近くまで削れている。取り巻きのビッグフットは倒しても五分置きに再召喚されるため、その度にタンクがタゲを取って上手に処理出来ている。
次第に周りからは、勝利を確信したかのような声が漏れ始めていた。たしかに、俺自身もそう思わされるほどにこの作戦は安定している。しかし……と、俺はボスを抱えている二人の屈強のプレイヤーを見ながら思った。
前線で活躍していた彼らが何度も挑戦して練り上げたからこそ、俺達はそれを実感できている。初参加の俺達には感じられない苦労や悔しさを持ちながら挑んでいる彼らは、一体今どんな心境なのだろうか。
この戦いが無事に勝利した時は、彼らに聞いてみたいと思った。
そんな緊張が緩んでいるメンバーに活を入れるかのように、リーダーのネイルゼアが声を荒げる。
「ボスのHPゲージが黄色になるぞ!パターンが変わるから注意しろ!」
その鬼気迫るような叫びに、自分達が油断していた事に気が付いたのか周りも、そして俺も真剣な表情で戦場へと戻る。
そうだ、まだ半分なんだ。
前線組は、HPが赤になるところを見る前に全滅していたといっていた。ならば本番は、ここからだ。
チラリと後方にいるティナに視線を送ると、彼女はずっと真剣な表情でティガーセルクと向き合っていた。
……俺はなんてバカなことを考えていたんだ。
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