第九層 セルレイドの森

第12話 レイドボス攻略

「……凄い人数だな」

 

 第九層の中央に位置する街<<ガイスト>>の広場を見渡しながら呟くと、隣にいる魔法使いのティナが言葉を続ける。


「ほんとに……こんなに集まるのはサービス開始以来ね」

 

 謎のNPCセルジオの件から一週間が経ち、今日この広場で本格的なボス討伐用パーティが結成される事になっている。

 

 二週間前、掲示板に<<レイドボス討伐協力要請>>という題名のメッセージが載せられた。

 掲示者の名前は<<ネイルゼア>>。最前線で活躍するプレイヤーの中心人物と言われ、その名前は前線にいない俺達一般のプレイヤーでも耳にするほどだ。この先ギルドが作成出来るようになった時には、間違いなくリーダーに選ばれるであろうと噂されている。

 その彼が書き込んだメッセージには、参加にあたっての条件がいくつか書き込まれていた。


 ・九層まで自力で来られたもの。

 ・ボス討伐にあたって必要な以下のクエストをクリアしたもの。

 ・装備、レベルが一定の基準を満たしているもの。

 

 必須と言われているクエストは<<アツアツのスープはいかがカメ?>>、<<巨大クマ出没注意>>、<<リグローの山を攻略せよ>>の三つで、参加レベルは二〇以上を指している。

 俺とティナは一週間で全てのクエストをこなし、レベルも二四まで上がっているため全ての条件をみたしている。

 広場にはざっと見ても百人以上のプレイヤーが集まっているが、パーティプレイをほとんどしてこなかっため、見たことのないプレイヤーが大多数を締めている。

 果たしてこれだけの人数が同じ条件を満たしているのか疑問だが、それもこの会議が始まれば明らかになるだろう。

 

 中央ではワイワイと仲間内が集まり談笑している。

 彼らが腰や背中に装備している武器は、俺が持つ(正確には貰ったものだが)片手剣のオニキスブレードや、両手斧のクリスタルアックス。それに、一層でケイニッヒが使っていたグラディウスと現段階でそれなりに強いとされている武器だ。

 あの辺りは条件をクリアしてそうだが、初期装備らしき形状の武器や、ひどいのだとウッド装備をしている奴もいる。

 これだと半分近くは減りそうな気がするなと、小さくため息をついた。


「こんなに人数いて、戦えるのかな?」

「ん、大丈夫だと思うよ。実際は取り巻きと言われるモンスターが周囲に発生してターゲットが分散するし、それに……半分くらいはこの後除外されるだろうから」


 心配そうにこちらを向くティナを見て、なんだか気の毒になってしまう。彼女は魔法使いなので剣士の武器にたいしての知識はそこまで必要ないのかもしれないが、どこかでそのうち説明した方がいいような気もする。

 でないとこの先、俺以外とパーティを組む時に色々と苦労しそうだ。


 俺達は広場の隅の方に座り、集合時間になるまで待つことにした。その後もどんどん人が集まり、気付けば中央では揉め事や罵倒の声など争いがはじまりかけていた。

 

 パン!パン!

 

 時計が正午を指すと同時に、広場の奥から大きな音が鳴り響いた。俺達を含む周囲の視線がそちらに向くと、数名のプレイヤーが横一列に並んでいた。中心にいる人物が再び手を叩き、声を上げた。


「みな、待たせてすまない。今回、リーダーを務めるネイルゼアだ。今日はよろしく頼む」


 男の声で周囲が静まり、少しだけ緊張感が増した。近くでは「あいつが……」とか、「いい男」などヒソヒソ声が聞こえてくる。

 ネイルゼアは細身がかった高身長な体格に、長い銀髪を後ろで束ねている。頭以外を甲冑装備で覆い、腰にはオニキスブレード、そして背中にそれと同じ材質を思わせる黒光りした盾を背負っている。オニキスの盾の情報は聞いたことがないので、もしかしたらどこかの階層のボスドロップかもしれない。

 続いて威圧感のある低い声が、予想通りの言葉を発した。


 「二百十七名、今回の募集で揃った人数だ。だが、残念なことに俺の出した条件を満たしていないものが多数いるようだ。そいつらには悪いが、今回は外れてもらう」


 再び周囲がざわつきはじめ、「うるせー」だの「そんなのしらねー」と叫び出す輩が出始める。

 

「どうしても参加したいというものは決闘で彼を……アルベドを打ち負かしてみろ。そうしたら参加を許可してやる。ちなみに彼は俺の右腕になる存在で、前線でも活躍している凄腕のタンクだ」


 ネイルゼアの言葉で、隣にいる大男が一歩前へと躍り出る。

 屈強と言われた男は大きな肩幅と、それを一回り超える甲冑で全身を包み込んでいる。黄金色の鎧が、見た目だけでなく強さを表すかのように輝いていて、その姿は例えるのならば金のゴリラだ。


 金のゴリラ、アルベドが甲冑をカチャカチャさせながらマッスルポーズをすると、皆なぜか諦めたのかのように舌打ちをしながら広場から去っていった。

 中には、条件を満たしているにも関わらず面白そうという理由で決闘をしに行ってしまうというもの好きもいた。


 そうして三十分くらいが経過し、ある程度の人数が絞れたところで再びネイルゼアが声を発する。


「さて……だいたい人数が絞れたところで、うちのメンバーのリオナがパーティを組んでいく。その間に内容について説明するから、聞いてくれ」


 今度は彼の左手にいる女魔法使いが前へと出てきて、人数と武器の確認をしはじめた。

 ロングの茶髪をリボンで束ね、全身が黒で統一されている。ウィザードハットに、少し短めのワンピースとブーツ、そしてコートを羽織っている姿は魔女のようだ。武器は箒ではなく、銀色の長細いロッドの先に青い宝石がついている。

 彼女もまた、見るからに強い装備をしている。


 その姿に見惚れていた俺は、隣に異様な視線を感じた。振り向くと隣に座っている魔法使いのティナが、何やら言いたそうな顔でこちら見ている。


「ど、どうした?」

「……別に。それより、話ちゃんと聞いといてよね!」

「あ、ああ。ごめん」


 なぜか怒り気味のティナの言葉でぼーっとしていた事に気が付いた俺は、ネイルゼアの言葉に耳を傾けた。

 

 ネイルゼアの情報では、ボスは黄金色の毛をした<<ティガー・セルク>>という全長四メートル近くにもなる大きな虎で、武器は一応爪らしいが、爪というよりは大きな腕そのものが武器だという。

 取り巻きには紫色の体毛をした熊<<ビッグフット>>を五体従えており、こいつらも大きな腕による物理攻撃が強力という話だ。

 

 今回はかなりの人数が集まったので、ボスと取り巻きを二部隊でそれぞれ抱えてローテーションさせることで安全にHPを削っていく作戦を取るらしい。

 前線ともなればもう少し人数がいるものかと思ったが、実際のところは三〇~四〇名程度の小規模くらいしか進めていなかったらしい。自分も今日に至るまではのんびりゲームをプレイしていたところもあるので、全体から見ればそのくらいの認識なのかもしれない。


 その他にもアイテムの使用タイミングやローテーションの交代タイミング、取り巻きの引き付け方などの説明を聞いていると、彼の側近の魔法使いリオナが近づいてきた。


「説明を聞いてる途中悪いのだけど、あなた達のスタイルを教えてもらえるかしら」

「俺は片手剣です」

「そう、じゃああなたはアタッカーね。あなたは……火属性かしら?」

「私は氷と雷です」


 その言葉を聞いたリオナは目を大きく見開き、彼女の手を両手で強く握りしめた。


「そう……嬉しいわ!あとでパーティ分けの説明をするから、そのまま話を聞いていてちょうだい」


 そういうと、彼女は次の団体の方へと歩いていった。

 彼女の豹変ぶりにティナは首を傾げていたが、喜ぶのも無理はない。

 今回のレイドボス、ティガーセルクは火属性モンスターで、弱点は<<氷>>だ。

 はじまりの街周辺のモンスターを効率的に倒す事だけを考え、火属性ばかり強化していた魔法使いはまったく役に立たない。そして、今まで効率を我慢して氷魔法を強化していたティナの火力が最も重要となる。

 恐らく彼女はネイルゼアのパーティに組み込まれ、あの屈強の金ゴリラに守られるだろう。そして、守る盾を持たない俺はどこか別のパーティへ飛ばされ、火属性が弱点のビッグフットに付けられた火魔法使いを守る役目を任される。

 仕方のないことだが、効率重視で行くためには大事なことだ。


 ネイルゼアの説明が終わり、続いてリオナが前に出てパーティを発表する。

 今回の参加メンバーは合計で八十四名、フルパーティが八名なので八人のパーティが七部隊、七人のパーティが四部隊の計十一部隊となった。

 ティナはネイルゼアのいる第一部隊、俺はよくわからん集まりの第八部隊となったのだが、ティナが布の裾を引っ張って身動きが取れない。

 

「どうしてラスタは一緒じゃないの?」と駄々をこねるティナの元に、ネイルゼア率いる第一部隊が近寄ってくる。


「今回、君が参加してくれて非常に助かった。なんせ、今まで氷魔法をまともに使えるのはリオナしかいなかったのだからな……君は、我々が責任をもって守ろう。だからうちの部隊に入ってくれ」

「それは構いません。ですが、彼も一緒にお願いします」

「お、おい。ティナ」


 ネイルゼアは困った顔でこちらに視線を寄こす。何とか言ってくれといったような顔だ。なんだか周囲の空気が重くなるようで居たたまれない気がするが、こうなっては俺にはどうすることも出来ない。

 

「彼は盾を持たぬアタッカーだ。それに、このパーティにはもうアタッカーは揃っている」

「一緒じゃなきゃ、嫌です。だったら私は辞退します」

「……そうか」


 いやいや、相手完全に困ってますから。なんなら第八部隊の人達も白い目で俺の事見てきてるんですけど、ティナさん?


 場内はすっかり静まり返り、沈黙と重たい空気がじわじわと広がる。そしてしばらくの時が経ち、ネイルゼアは俺に一つの提案を出した。

 

「ラスタといったか」

「は、はい」


「では、君が盾を持つというのはどうだろうか」



「……はい?」

 

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