第11話 現実か、それとも夢か
十万人のアーリーアクセス権に応募した後、運営会社の<<ホリガー>>から一枚のハガキが届いた。
ハガキには、入居にあたっての注意事項などがずらりと書いてあった。
入居の意味がよくわからず、すぐに友人の
俺達はこの事について相談するため、駅前のファーストフード店で待ち合わせをした。
「このホリガーって企業はどうも太っ腹でさ、ゲームするための設備を向こうで用意してるらしいんだよな」
注文したハンバーガーにかぶり付き、飲み物のコーラをストローで吸いながら正人は続けた。
「プレイ期間中は施設からは出られないらしいんだけど、ちゃんとコンビニとかスーパーもあるし生活には困らなそうだよな。
「どうするったって……大学はどうするんだよ」
「そんなもん、休めばいいだろ」
「俺達、まだ入学して一年も立ってないんだぜ?」
「じゃあ、お前は止めておけばいいだろ。面白そうだし、俺はやるぜ」
結局俺は、流されるままに入居の手続きをした。勿論、両親には内緒でだ。
住んでいたアパートをこっそり解約し、荷物も企業に連絡して運んでもらった。
何も知らずに両親が来たらバレるだろうなと思ったが、大学を休学する後ろめたさから連絡することが出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「もしもし……母さん?」
「飛佐登、あんた今どこにいるの?」
「実はゲームの抽選に受かってさ。そこの企業が太っ腹で、ゲーム環境の整った設備を用意してくれるっていうから、しばらく住むことになった」
「何バカな事言ってんの?大学はどうするのよ」
「アーリーアクセスの間だけだから、大丈夫だよ」
「アーリ……?よくわからないけど、ふざけてないでさっさと帰って来なさい!」
「大丈夫、友達の正人も一緒だか」
……通話が切れた。
それから何度か、家族からの着信があったが出る事はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……う、ん」
ここは……どこだ。
重い瞼を上げると、見たことのない天井が見える。
揺れる草や葉の音と共に、暖かい空気が心地よく肌を包み込んだ。
気が付くと俺はベッドで寝ていた。首を傾け辺りを見渡すと、そこは丸太を積み重ねて出来た簡易的な部屋だった。
ゆっくりと身体を起こし、窓から見える巨大な山に視線をおくる。あれはリグローの山?という事はここはゲームの中か。
「……夢。だったのか?」
夢という言葉を発してしまい、一瞬戸惑う。違う。さっきまでいた世界が現実であって、こちら側が夢のはずだ。
この世界にいすぎたせいで、現実と夢の区別がつかなくなってきてしまったのだろうか。
混乱する気持ちを落ち着かせるために、目をつぶり深呼吸をする。
それにしても、なぜこんなところに。原因を探った俺は、なんとなく腹部に違和感を覚えた。そうだ、俺はたしかセルジオに斬られたんだ。慌てて腹部に手を当てるが、そこには傷跡もなく、青と赤の粒子が飛び散る事もなくなっていた。
俺は死んだのか?リグローの山が見えるという事は、ここはホスペルトの村で間違いない。しかし、この場所はリスポーン地点ではない。
気絶したのだろうか?そもそもゲームの中で気絶するのかわからないが、現実として起こっている以上は否定しようもない。
そしてなぜ、山で気絶した俺が麓の村まで降りてきているのか、謎が深まるばかりだ。
腕を組みながらうーんと小さく唸っていると、軋む音を立てながらドアが開いた。
「目が覚めたかの」
声の方に目をやると、サンタのように長く白いヒゲ、緑色のローブを纏った老人ジルローザが立っていた。
「ジルローザさん……あの、セルジオは?」
その名を口に出した時、一瞬脳裏に彼と戦った時の事が過った。聞いといてなんだが、あんなことがあった後で顔を合わせるのが少々気まずい。
そういえば、大事な剣を彼に折られてしまったのだ。あれも夢であってほしいと、指を鳴らして確認しようとするが、今は彼の言葉を待つべきだと思いとどまる。
「セルジオとは、誰のことじゃ?」という老人の声と共に、ドアの奥からもう一人男が入ってきた。しかし、その男は金髪でもなければ、着物でもない。背中に大きなブロードソードを担ぎ、全身に銀色の鎧を纏う男だった。
「ドロファンがの、突然お主が倒れたといって、山から担いできてくれたんじゃ。感謝するんじゃぞ」
「え……?」
「リザードマンを倒したところで急に気絶したからビックリしたぞ。もうケガの方は良いのだな?」
違う。俺が一緒に行ったのはセルジオだ。こんな甲冑男じゃない。声をあげようとするが、混乱で口を上手く開けない。
するとジルローザが一歩前に出てきて、俺の手を握った。
「いやはや、たいしたものじゃ。これでしばらくは山の脅威も収まるじゃろうて。ほれ、約束の報酬じゃぞ」
ピコンという音と共に、クエスト達成の報酬とゼニーの表示が目の前に表示される。しかし、今はそんなものどうでもよかった。
俺は指を鳴らし、メニューを操作して装備欄を確認した。右手の武器欄にはブレイドが入っていて、愛剣のオニキスブレードはどこにもない。
やはりあれは、あの戦いは夢ではない。俺は、この場を去ろうと背中を向ける老人に向けて声を荒げた。
「待ってくれよ、セルジオはどこだよ!」
「セルジオ?何を言っておる。お主はずっとドロファンと一緒じゃっただろう」
「違う!俺が一緒に戦ったのはこんな全身甲冑男じゃない!刀を持った侍の少年だ!」
その言葉で、老人と甲冑の男は顔を見合わせる。続けて、甲冑の男が口を開いた。
「ラスタ殿。私は八つの頃からジルローザ殿の世話になっているが、そのような男の名を聞いたことはない。そなたの勘違いではないだろうか」
「お前こそ誰だよ!それはセルジオが言っていたセリフだ!」
「ワシはこれまで何十人という弟子を育ててきたが刀を使う弟子を取った事はないぞ。それに、少々言葉が過ぎるのではないか。共にリザードマンを倒したものにかける言葉ではないぞ」
そんなバカな話があるか。いくらゲームであっても、ふざけすぎだ。俺は両手の拳を握りしめ、思い切りベッドに振り下ろした。ボスンと音を立て、ベッドが軋む音を上げる。
「とにかく、依頼は達成したのじゃからいう事はあるまい。ワシらからは、以上じゃ」
「リザードマンとの闘いは、なかなか苦労したからな。十分に休むといいだろう」
そういうと、ジルローザと甲冑の男ドロファンは部屋を退出していった。
俺はしばらくの間ベッドを見つめたまま、その場に俯いていた。
それからしばらくして、ティナがゲームにログインしてきたのでホスペルトまで来てもらうようにお願いした。
到着するまでの間、掲示板を色々と調べていたが今回と似たようなケースの書き込みはなかった。この件について書き込みをしようとも思ったが、今は下手に触れても変な奴だと思われるような気がしたので様子を見るに留めた。
「呼び出して悪いんだけどさ、ちょっとやって貰いたいクエストがあるんだ」
「それは全然いいけど、それよりも剣はどうしたの?」
彼女は到着するなり、すぐに装備の違いに気付いた。よく見てるなぁと思ったが、オニキスブレードは他の鉄や鋼の剣に比べると異様に黒光りしているのでたしかに目立つ。
「ああ……まあ、色々あってね。壊れちゃったんだ」
「え、そうなの?もうすぐレイド戦だけど、大丈夫なの?」
「うーん……なんとかする」
俺とティナは、一週間後に行われる第九層のレイド戦に応募していた。盾を持たない近接職はアタッカーとして扱われるため、ここで武器のランクを下げてしまうと、うっかりパーティから外される原因になりかねない。
バツが悪そうに頭を掻いていると、ティナはメニューウィンドウを出して操作しだした。
「じゃあ、私のを上げるよ。どうせ使わないし」
「え、売ったんじゃなかったの?」
「ううん、ずっと持ってたの。もしかしたらラスタが使うかもしれないと思って」
「ティナさん……!」
「その代わり、今度私のお願いに付き合ってもらうからね」
えぇ、えぇなんでもしますとも。ありがとうございます!と感謝の気持ちを込めながら、オニキスブレードを受け取った。
そして、彼女にジルローザのクエストを受けてもらいに向かった。しかし、何もなかったかのように老人は助っ人を呼び、知らないキャラクターがお供につくことでクエストが始まった。
リザードマンも難なく倒したが、再びカーテンの幕が上がることもなくクエストは終了となった。
このクエストは、山を越えるためにも、レイド戦にも必要なクエストなのでやっておく必要があったのだが、その日俺は一日中腑に落ちない態度で過ごす事となった。
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