第10話 イレギュラー・バトル


 俺達はリグローの山に巣着くリザードマンを倒すというクエストを受け、たったいま山頂に広がるこのボスエリアで奴を倒したところだ。


 しかし、どういう訳か目の前では再びバトルの開始を知らせるカーテンが広がっている。


 経験値獲得の表示が出たのだから、倒し損ねたわけではないだろう。ひょっとしたらバクなのかもしれないが、調べようにもカーテンが無くならなければ外には出られない。


 ……一人で考えていても仕方がない。今この場にはもう一人いるのだから、彼に相談してみよう。そういえば彼は、ボスを倒してから一言も喋っていない。この現象について何か心辺りがないか、後ろの少年に問いかける。


「セルジオ、カーテンがまた広がっているんだけど何か心当たりはないか?……実はもう一体いるとか……」


 後ろを振り向くと、このクエストを共に進めた仲間のセルジオが立っている。そして自然に視線が合わさる。しかし、その目は少しだけ細まっており、こちらを睨んでいるかのような冷たい視線を感じる。口元を見ると、わずかだが口角が上がっているように見える。


 瞬間、再び周辺の空気がピリくのを感じた。気がつくと肩に力が入っている。まさか、俺は馬鹿なことを考えているのか……?



「ここへ来るまでの間ずっと君を見ていた。的確な指示、状況判断、対応力……そのどれもが実に興味深い」


 セルジオは、腰の刀に手を乗せるとゆっくりと横へと歩きはじめた。身体は常にこちらを向いていて、一瞬の隙もない。……隙がないとは一体どういうことだろうか。


「……セルジオ?」

「君の力を見せてもらいたい。少しだけでいい、手合わせ願おう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 言葉を交わす前に、視界にメニュー画面が表示される。俺はこの表示を一度だけ見たことがある。下の層で揉め事を収めるため、プレイヤー同士で行った決闘の承諾画面だ。しかし、このメニューには一つだけ違う部分がある。


 <<セルジオ Lv二四 が決闘を申し込んできました>> その下にある選択肢を選ぶボタンが表示されていないのだ。代わりに、バトル開始を知らせるカウントダウンの数字が少しずつ小さくなっている。五十……四十九……。

 

 バトルが始まる事よりも先に、俺はこれまでの情報を整理する事に意識がいっていた。

 掲示板に載っている四十六件のクリア報告に、帰り際にNPCとバトルしましたなんて報告は一つも上がっていない。皆が書き込んでいるわけではないにしろ、まったく誰も報告しないなんてことはありえなくないだろうか?たしかにネットゲーマーの心理としては、旨みのある情報はあえて広めず美味い汁を啜るやつもいることはいるが……。

 

「拒否権はない……てことでいいんだな?」


 返答はない。カウントダウンは三十秒を切った。


 俺は右手に持つオニキスブレードの刀身を見た。中心にはリザードマンから受けた攻撃で大きな亀裂が入っている。この感じだと、確実に折れる。だが、今はこいつの力を借りるしかない。

 彼の攻撃は、リザードマンよりも鋭いだろう。間近でその戦いぶりを見てきた俺にはわかる。


 残り二十秒を切る。ゆっくりと深呼吸をし、イメージトレーニングをする。最初の一撃は恐らく、遠距離攻撃の斬撃だろう。そこからは……。


 残り時間が十秒を切り、大きな音を立ててカウントが始まる。剣を強く握りなおした。


 五、四、三とカウントが刻まれ、冷や汗が頬を伝わる。緊張しているのは、自分だけだろうか。


 ビ――ッ!

 

 バトルスタートの表示と共に、開始をしらせるブザー音が鳴り響く。瞬間、セルジオの手元が青く輝いた。黄色い輝きを放つ武器の固有スキルと違い、青の輝きは武器を使いこなすことで覚える熟練スキルだ。

 しかし、この輝きは今までも見てきた。シミュレーション通り斬撃で間違いないだろう。


 セルジオは姿勢を低くし、右足を前に大きく踏み込むと同時に刀を振るった。左から斜め上段に振り抜いた刀は、キィン!と金切り音を鳴らしながら斬撃を飛ばす。


 その斬撃の向きとは逆に剣を構え、身体を後ろに重ねる。ちょうどバッテンの形になるように剣がぶつかり、大きな衝撃と共に斬撃が二つに割れた。斬撃は左右に広がり、身体の横を通過していく。


「すごいな、そんな躱し方があるのか」


 攻撃を放った相手は感動しているが、今はそれを喜んでいる余裕はない。スキル使用で硬直している相手に向かって、姿勢を低く構える。後ろに下げた剣が青い輝きを放つと同時に大きく前に飛び出した。

 片手剣の熟練スキル<<クイックリッパー>>。斬りメインの片手剣の中では数少ない、突進による刺突スキルだ。


「……ッ!」

 

 攻撃は相手に直撃するギリギリで躱され、スキルによる突進効果で間合いから少しだけ離れて着地する。


「その技は初めてみたな。なかなか鋭くていい攻撃だ」

「そりゃあ、どうも」


 これまで見せていなかった初出しのスキルを軽々と躱されてわかった事がある。やはりこいつは、この男はゲームのシステムを理解している。

 斬撃がスキルであることは勿論だが、こちらの手持ちにクイックリッパーがあることも、ギリギリで硬直時間が解けることも分かったうえで、紙一重で躱している。

 これまでとは違う言動や動きの精密さはもはやNPCの域を超えている。最初からなのか、この戦闘が始まる頃からなのかは定かではないが、少なくとも今は違う。

 NPCであってNPCでない。このイレギュラーが運営の仕業なのかはわからないが、何かを試されているに違いない。


 互いに距離を詰めつつ、攻撃を重ねる。金属のぶつかり合う音が、静かな空間に鳴り響く。


 (まずい……。)


 攻撃を受け止めつつ、チラりとHPゲージの下に目をやる。端の方で武器のアイコンが点滅していて、耐久値がない事を知らせている。

 壊れたら確実に負ける。という焦りから、刀身を倒してセルジオの頭部に向けて<<バッシュ>>を放とうとする。するとセルジオはニヤりと口元を上げ、刀を上段に振り上げた。刀は剣のヒビ部分に直撃し、パキッという音を立てて先端が地面に落下する。


 「そ、そんな」

 「スタンを狙うのはいいが、刀身を向けるのは悪手だな。狙ってくれといっているようなものだ」

 

 一歩後退り右手の剣を確認すると、剣の折れた部分から光の亀裂が走り、それらが全体を包みながらバラバラに砕け散った。


 一層からずっと愛用してきた相棒の剣は、予想もしない形で最後を遂げた。


 「終わりだな」

 

 ここまで共に戦い、共にボスを倒した相手の悪びれもない態度に苛立ちを覚え、ギリギリと歯を食いしばった。

 指を鳴らし、メニュー画面を素早く操作する。控えで持っていた<<ブレイド>>に換装し、上段からの剣技<<スラッシュ>>を放った。


 セルジオは小さく溜息をついたあと、刀を上に振り上げた。スラッシュは再び上段に押し戻されてしまい、連撃に繋がることが出来ずその場で硬直状態になる。


「……すまない」


 小さくも微かに聞こえる謝罪の声と共に、納刀した刀による斬撃スキルで腹部を三回、視認できないほどの速度でえぐりつけた。

 斬られた部分がじわりと熱くなるのを感じ下を向くと、赤と青の混じった粒子が大量に飛び散っている。これは……ティンゼルの時と同じだ。


 身体が動かなくなり、その場にうつ伏せで倒れ込んだ。薄れゆく意識の中、先程セルジオが放ったスキルが初めてみたものだったことを思い出した。


(……やっぱり、全然本気じゃなかったじゃないか)


 

 そして俺は、意識を失った。

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