第9話 トラブル

「ついたようだな」

「あれは……」


 道中、特に大きなトラブルもなく山頂近くまで来ると、一カ所だけ不自然にへこんでいる場所を発見した。丸く弧を描くようにえぐられているが、その部分だけが他と違いセメントのようなものでわずかに加工されている。そうだ、俺は今までにも何度かこの光景を見たことがある。

 セルジオがゆっくりと中心へ近づき、中央に置いてある小さな祭壇を指差す。


「ラスタ、ここだ」


 祭壇に近づくと、指の先には戦闘を開始するかどうかの選択肢が浮かび上がっている。彼には見えていないはずだが、この動作もイベントの一環なのかもしれない。

 準備はいいか?と尋ねると、セルジオは小さく頷いた。それを見た俺は、はいのボタンを押した。すると、円の周りを半透明の薄いカーテンがゆっくりと囲い始めた。現状、どちらかがやられるまで止める事の出来ないリングの生成が始まったのだ。


 「グルルルル……」

 

 カーテンが全てを覆うと同時に、中央の岩陰から唸り声を上げながら二本足で立つ大きなトカゲが現れた。青色の肌を持ち、胴や腕に鎧を纏ったトカゲは背中の鞘から二本の刀を抜き取る。

 「二刀流か……」と小さくつぶやきやがら、トカゲを凝視する。<<ランプティ・リザードマン>>レベルは二五とやや高めではあるが、このクエストは最低でも二人以上のパーティになるので、数では有利だ。


 HPのゲージが表示されると同時に、敵はこちらへ向かって黄色い光を放ちながら高く跳躍した。あの発光はスキルの輝き、ということは技後硬直があるはずだ。


「セルジオ、落下直後の隙を狙う!」

「了解」


 落下モーションから着地地点を予測。回避後、即座にスキルを発動。セルジオは納刀からの斬撃を放ち、俺はスラッシュとリターンオーバーの二連撃を入れ、敵のHPを三割近く削った。技後硬直が終わると同時に、敵は身体を大きく捻り両刀を横向きに構えた。すると再び、今度は刀が黄色く発光する。


「防御は弾かれる、後ろに飛べ」


 セルジオの掛け声で急いで後ろへと飛ぶ。瞬間、自分のいた場所を猛スピードで刀が二度疾る。防御していたら耐久値がガタ落ちし、場合によっては武器破壊されていたかもしれない。この時点でこいつのスキルは防御しない方が良いという判断を下す。

 

 俺達は二体一の利点を活かし、片方が狙われている隙にもう片方が背後から攻撃し少しずつ敵のHPを削っていった。セルジオは侍だから後ろから攻撃するのはNGかと思ったが、俺が勝手に呼んでいるだけで本人にはそういった類の認識はないらしい。


 HPを五割まで減らし黄色くなったところで敵の行動パターンが変化する。

 

 リザードマンは後方へ大きく下がると、「グルルァァ!」と雄叫びをあげた。すると、その声を聞いた仲間の<<リザードマン・センチネル>>が二体、左右にポップする。


 「雑魚は任せろ。ラスタは本体を頼む」


 俺は「わかった」と返事をし、セルジオがセンチネルを引き付けているうちにボスへと攻撃を仕掛ける。一体一の場合は無理に攻め込まず、確実にスキルを入れられるジャンプ攻撃のみに絞る。しばらくすると、雑魚を処理したセルジオが合流したので最初と同じパターンに持ち込む。再び取り巻きを呼んだとしても、これなら問題ない。


 ようやくボスのHPが赤に変わり、次のパターンを様子見するため一度後退。するとリザードマンは二本の刀を空に掲げ、再び咆哮を上げる。今度は取り巻きが発生せず、代わりに奴の身体が薄らと赤い光に包まれた。

 あれはボスの残りHPが僅かになった時発動する<<凶暴化>>だ。凶暴化は攻撃力と速度が飛躍的に向上する代わりに防御力が落ちるというボスモンスター専用のスキルで、まさに諸刃の剣だ。

 攻撃速度が向上したことで後ろからの攻撃にも対応されてしまい、挟み撃ちが出来なくなってしまう。さらに、剣速が増したことで二本の刀を一人で受けきれず、やむを得ず互いにカバーに入り一本ずつ受けるが、攻撃の隙が作れなくなってしまった。


「ラスタ、このままでは攻撃の隙が無いぞ。どうする?」

「……俺がスキルで攻撃を弾くから、その隙にデカいのを叩き込んでくれ」

「一人では削り切れないぞ。それに、もしさっきの回転切りが来たらどうする、耐えられないぞ。リスクがでかすぎる」

「このままやってても同じ事だろ。俺よりそっちの方が攻撃力あるんだ、やってくれ」

 

 攻撃を往なしながら、セルジオは少し悩んだ素振りを見せていたが、こちらを向くと小さく頷いた。この選択が間違っていたとしても、ここはやはり彼に任せた方がいいと思った。だからこれでいい。


 俺は一瞬の隙をついて剣を下段に構え、スキル発動のモーションを取った。二本の刀の軌道を読み、ここだというタイミングを見計らいスラッシュを発動させる。

 斜めに上がる剣の軌道が、二本の刀を捉えた。ガキン!と大きな音を立てて跳ね上がり、相手の胴体ががら空きになる。その胴体に、瞬時に刀を納刀したセルジオが斬撃を放った。斬撃は敵の身体を貫通するが、セルジオの読み通りわずかにHPが残ってしまった。

 

 二人が同時にスキルを使用したことで硬直状態に陥ってしまい、その隙にリザードマンは大きく身体をくねらせる。回転切りが来る……!

 

 咄嗟の判断だった。


 俺は上段に振り切った剣の遠心力を使って、右側に立つセルジオを左側から大きく斬りつけた。

 HdOでは、両者が承諾した場合に行われる決闘以外でプレイヤー間のダメージは発生しない。しかし、NPCならばどうか。その答えを勿論俺は知らなかったが、実体のあるNPCをこの攻撃が素通りするとは考えにくかった。そして、仮にダメージがあったとしてもボスの攻撃に比べたら微々たるものだ。このひらめきで一番重要なことは、攻撃の当たり判定があるかどうかだ。

 

 そしてその答えは、想定していたものとは違う形で成功することとなる。

 剣はセルジオの身体にぶつかる直前で大きな衝撃派を出し、彼の身体を後方へと吹き飛ばした。その剣の先端には<<攻撃不可>>という文字が浮かび、彼への直接攻撃を防いだのだ。


 「ラスタ!」


 見たことのないオブジェクトに眼を奪われているところに、左側から二本の刀が襲い掛かった。咄嗟にオニキスブレードを下げ、防御の態勢に入った。刀は剣の刀身部分に当たり、ピキッと嫌な音を響かせたがなんとか防ぎ切った。しかし、直後に二本目の刀が刀身に当たり半分近くまでヒビを入れる。


「ま、ずい!」


 このままでは武器が破壊されてしまうと判断し、剣を握る手を緩めた。剣は弾き飛ばされ折れずに済んだが、留まる場所を失った二本目の刀が俺の身体へと深く食い込み、身体を吹き飛ばした。

 

 フィールドの端から端といえるところまで飛ばされた俺は、ドゴンと大きな音を立ててカーテンの幕にぶつかる。

 剣を離してしまった……まずい。追撃が。と思い急いで立ち上がろうとするが、すぐに追撃はこなかった。

 

 あれ?と思い前方に視線を送ると、リザードマンらしき光が、粒子となって散らばっていくのが見える。その光の向こうには、金髪に着物姿の美少年が立っている。


 彼は腰の鞘に刀をしまうと、こちらへとゆっくりと近づき、手を差し伸べた。


「まったく、無茶をするな」

「……ハハ。トドメ、刺してくれたんだ。助かったよ」

 

 経験値獲得の表示が現れ、戦いが終わったことを告げる。フィールドを覆っていたカーテンが消滅し、淀んだ空気が山頂の清らかな空気に変わったのを感じる。


「これで、ジルローザの爺さんに報告にいけば終わりだな」


 中央の祭壇までいき、景色を見渡す。青い空に、大きな雲が点々とする景色はクエストクリアのご褒美だろうか。頑張った甲斐があったというものだ。


 腕を目いっぱいに広げ、深呼吸をしつつ余韻に慕っていると、視界の隅に何かが写った。なんだ?と思いその部分を凝視してみる。


 そこには、さっきまで覆っていたものが薄っすらと……なぜ、消えたはずじゃ。


 

 「……なん、で」


 

 辺りでは再び空気が揺らぎ、ピリつきはじめていた。

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