第八層 リグローの村
第8話 リグローの剣士
「……なん、で」
ラスタは息を呑んで立ち尽くしていた。
彼が立っているのは山の頂上部分で、その形は大きく円を描くようにへこんでいる。その不自然な場所に出来ている円は、イベントやボス戦で使われる場合が多いと言われている。
しかし、彼はその事に驚いている訳ではなかった。
彼は円の中央に立ち、唖然とした表情で空を見渡していた。その視線の先には、半透明の薄いカーテンがゆっくりと広がり周囲を覆いはじめている。
次第に空気が揺らぎ、ピリついていくのを感じる。やがて彼は、右手に持つ愛剣のオニキスブレードを強く握りなおした。
剣を握り、額に汗を垂らしつつ無言で立ち尽くす少年に忍び寄る一つの影があった。
◇ ◇ ◇ ◇
「よし、こんなところかな」
キノコ型のモンスターを倒し、足元に散らばるアイテム<<ラーフィ・マッシュルーム>>を拾いながら、一人ぼやく。一層から始まる連続おつかいクエスト「キノコの毒見はおまかせあれ」に必要なアイテムをようやく回収し終え、一段落したところだ。
「うーん、報告に戻ってもいいけど、どうせだからもう少し進めようかな」
指をパチンと鳴らし、メニューウィンドウを開く。フレンドのリストを確認したが、今日は珍しく誰もログインしていない。カルナムプト……カルはログインしているが、彼はどうせ呼んでも答えてくれないので直接会う以外はいないようなものだ。再び指を鳴らし、メニューを閉じる。
辺りを見渡すと、西には大きな山が見える。あの山の麓に、目的の村があるはずだ。
HdOのサービスが開始され、二週間が経とうとしている。今俺がいるのは第八層のリグローと言われる場所で、フィールドのほとんどが荒野地帯となっている。マップの中央には巨大な山「リグローの山」が聳え立っており、歩いて九層に向かうためには最低でもこの山を越えなければならない。
そして、山を越える前に麓の「ホスペルトの村」に寄り、一週間後に迫る大型レイド戦で必要なアイテムが貰えるクエストをやろうとしていた。
大型レイド戦――。通常の階層ボスとは違い、数字が繰り上がる手前の層には大型のボスが待ち構えている。今回でいえば、九層のボスがそれにあたる。
前線組が何度かトライしているが、大型ともなると流石に人数が足りないらしく、ストッパーになっているそうだ。なので彼らは日時を指定して協力者を募り、今度こそボスを討伐しようと考えているらしい。
比較的ゆっくりとゲームを進めている俺でも八層まで進んでいるのだから、一週間後ともなればそれなりに人数は集まりそうだ。と言っても、階層をクリアした時点でエリアは開放されるので九層までは誰でも行けるのだが。
その後、道中の敵を倒しつつホスペルトの村に辿り着いた。村はとても小さく、丸太を積み重ねた家が点々としているだけだ。設備は掲示板と宿屋、道具屋くらいしかなく、本格的に山を越えるためには別の街や村を利用する必要があるかもしれない。
掲示板を確認し、ボスと戦うために必要なアイテムが貰えるクエストを確認。今日はその中から、一人でもクリア出来そうなクエスト「リグローの山を攻略せよ」を進める事にした。
クエストは、リグローの山の頂上にリザードマンが住み着いてしまったので討伐してくれというものだ。NPCの老人<<ジルローザ>>のところへクエストを受けにいくと、リザードマンの討伐に自身の弟子をお供につけるから剣士か魔法使いどちらかを選べという。この仲間のNPCがかなり強いらしく、それがこのクエストをソロでも攻略できると言われている理由でもある。
相変わらずのコミュ症で、未だに剣士のプレイヤーとパーティを組んだ事がない俺は、良い機会だと思い剣士を選択した。NPCならプレイヤーよりは気が楽だろうという弱気な考えかもしれないがそれは置いておこう。
するとジルローザは奥の部屋へと行き、剣士と思しきNPCを連れて戻ってきた。年齢は自分と同じ十代後半といったところか。金色の髪を後ろで軽く結び、青い着物のような服装をしている男の見た目は剣士というよりはどちらかというと侍だ。腰には刀らしき武器をつけているが、HdOで刀の武器を目撃した報告は今のところ上がっていない。
ジョブというシステムも、大まかに剣士、魔法使いに分かれているだけで特に呼び名はない。片手剣を担いでいれば剣士、斧なら戦士、短剣ならシーフと今までのゲームのイメージで各々が呼び合っている程度だ。その理屈でいくと、少なくとも目の前に立っている男は俺の中では侍ということになる。
「セルジオだ。よろしく頼む」
着物の男はセルジオと名乗ると手を差し出してきた。こちらも手を差し出すと、自分よりも一回りほど大きい手に包まれた。指の大きさもさる事ながら、チラリと見える腕の筋肉は彼がきっとかなりの強者だという事を物語っている。
セルジオがパーティに加わり、俺達はリグローの山へと向かった。
「そっちに向かったぞ!」
「わかってる!」
回転しながらこちらへと向かう岩型のモンスター<<ロック・カラック>>の突進を躱し、岩へと激突した隙に剣を構える。身動きがとれない相手の背中に剣技<<スラッシュ>>を放ち、そこから派生する連続技<<リターン・オーバー>>でトドメを差す。
HPゲージがなくなったことでモンスターは粒子となり、経験値獲得のウィンドウが表示される。
「やるじゃないか、ラスタ」
「あんたこそ、よく刃がこぼれないな」
「この刀は特別なんでね、この程度の岩モンスター相手に刃こぼれなどしないさ」
山へ向かう道中、セルジオと連携をした事で気付いた事がある。彼の戦い方を一言で表すのならば、美しい。だ。
俺の持つ片手剣、オニキスブレードは相手に向かって振り切る事で斬撃によるダメージを与える。しかし、彼の持つ刀、<<
この無駄のない一連の動作を可能にしているのが、筋力だ。見た目は華奢な身体だが、振った剣をピタリと止めたりそこから方向を変えて刀を抜き切るのには相当筋力が必要とされるはずだ。パラメータを見ることは出来ないが、相当な
そしてもう一つ、刀を鞘に収めるのがめちゃくちゃ早くて綺麗だ。未だにモタモタしている俺には、正直これは真似できない。更に、そこから発動する斬撃を飛ばす攻撃が格好いいのだが、恐らく刀スキルの一つなのだろう。
そんな刀に憧れ、セルジオに刀の入手方法やスキルの事について聞いてみたが、当然というか、答えられずに頭の上に?マークがでてしまう。
こちらの名前も憶えているし、会話もある程度成り立っているように見えるのだが、システム的な部分には答えられないようになっているのだろうか。
「なぁ、セルジオ。あんたはなんで、ジルローザの弟子になったんだ?あの爺さんは見たとこそんなに強そうには見えないんだけど、その剣技はあの人に教えてもらったのか?」
「あぁ、今じゃだいぶ丸くなってしまったが、あの人には八つの頃から稽古をつけてもらっていたんだよ。今はあんなおしとやかになっているけど、昔はキレたら何するかわからないくらい怖くてね。まぁ、そのおかげでだいぶ強くなったんだけどさ」
「へえ……あの爺さんがねぇ」
「勿論、彼に鍛えてもらったのは俺だけじゃない。魔法の才もあるらしくてね。俺は魔法の方はからっきしだけど、魔法使いの弟子も相当いるという噂だ。ラスタも見てもらえば、もっと強くなるかもしれないぞ」
そんな凝った設定まであるのかと思わずにはいられない。一層でやった黒剣クエストに出てくる鍛冶師ケイドの演技もさることながら、他にもそれなりに芸達者なNPCが数知れずいた。しかし、彼の言動にはそれとはまた少し違うものを感じるような気がする。気のせいだろうか……。
「ラスタ、着いたぞ」
そんな疑問を抱きつつも、リグローの山の麓についた俺とセルジオは、クエスト攻略のため山頂へと向かって歩き出した。
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