第6話 クエスト攻略【三】


 「……ティン……ゼ……」

 

 すぐ隣で、カランッと何かが落ちる音がした。その音で我に返った俺は、まだこの戦いが終わっていない事を思いだした。

 俺は視線を前に向けたまま、隣で立ち尽くすティナの元へゆっくりと近づく。


「ティナ、落ち着いて聞いてくれ。まだ戦闘は終わっていない。いいかい、まずは回復するんだ」


 敵との距離はまだある。この距離ならすぐに攻め込まれることはないはずだ。今やるべき最善の策は、あいつを倒すために態勢を立て直す事。

 俺はもう一度、小さな声でティナを呼んだ。しかし、彼女は返事をしない。腕にそっと手を添えると、震えているのが伝わった。

 

 VRMMOは広大なマップを歩き回る関係上、基本的に仲間と行動する事が多い。一緒にいればいるほど仲間意識が強くなり、戦闘や連携の精度も上がっていく。それがVRMMOの醍醐味とも言える。しかし、逆をいえば失った場合のリスクも増える事を意味する。

 現実世界ではあまり味わう事のない身近な者の死を、必要以上に感じてしまい塞ぎこむプレイヤーも少なくはない。

 もしそうであるのならば、彼女とこの先も行動を共にするような事があれば、その時は間違っても死ねないなと強く思った。

 

 「あ……ラス……タ」

 「大丈夫。俺に任せて」

 

 彼女をその場にゆっくりと座らせ、敵の方へと歩きだした。すると相手も同じようにこちらへと歩き始める。

 互いに距離を詰めながら、相手を凝視する。そうすることで、相手の細かな情報が表示されるような仕組みになっている。

 <<盗賊団の頭・ケイニッヒ>>レベルは十五。HPゲージは七割近く残っている。クエストの開始レベルが九なのに対し、ボスのレベルがかなり高く設定されている事が難易度の高さを表している。死に戻り、始まりの街で称賛されていたプレイヤーが沢山いたことも今なら理解出来る。

 

 距離が近づいたことで、最初にケイニッヒが動いた。

 暗闇に溶け込むようにゆらりと動き出し、身体がキラリと光る。この間合いは、奴の飛び道具、投げナイフの間合いだ。すぐに右へと躱し、自分がいたところを何かが通過していくのに構わず攻撃を仕掛けた。ケイニッヒは短く舌打ちをすると、武器を構えた。奴の持つ武器は、<<グラディウス>>という短剣だ。形状としては俺の持つブレイドに近いが、刃渡りが短いため短剣に分類される場合もある。だが、マインゴーシュのようにガードがついていないため、受け流しの心配はない。


 敵の攻撃は突きが多く出が速いのに対し、こちらは斬撃がメインのため手数で劣っている。

 このままでは押し切られる。何か対策をしなければ。距離を保ちつつ答えを導き出した俺は、両手で握った剣を正面に構えた。剣道の構えに近い形で、相手の突き攻撃を左右にいなし、短い斬撃を繰り出してカウンターをする。そうする事で無駄な斬り合いが発生せず、前よりもダメージを防げるようになった。


 カウンターは相手の攻撃に合わせるためかなりの集中力を必要とした。更に、斬撃が振り抜けないためダメージが稼げず、相手のHPをなかなか削りきれない。それでも首の皮一枚で攻撃を繰り出し、なんとか奴のHPは赤いゲージに変わる三割近くまで削る事が出来た。


「あと……少し!」と思ったわずかな瞬間、目の前が真っ暗になった。



 

 洞窟から滴る水滴が、ピチャリと音を立てて顔に当たる。顔に?なんで……。


 気がつくと俺は、床に仰向けで倒れていた。

 身体を起こそうとしても、うまく身動きが取れない。視線で辺りを見渡すと、HPのゲージに目が留まった。ゲージは赤を指す三割近くまで下がっていて、その下に見慣れないアイコンが秒数を刻んで表示されている。これは……投げナイフを食らった時に起こる状態異常<<転倒>>か。

 

 集中が切れた事で冷静になった俺は、そこである重大なミスに気が付いた。ケイニッヒはHPが三割の赤になると、攻撃パターンが追加されるという情報を忘れてしまっていたのだ。その攻撃は<<体術>>、そう、蹴りだ。

 突きにばかり意識が集中していた俺は、攻撃パターンが変わったことに気付かず蹴りを喰らってしまったのだ。更に、距離が空いたことで飛び道具の追撃をもらって倒れたという事だ。


 正解を導き出したところで、状態が解除される訳もなく、事態はかなり深刻になっていた。

 ジャリジャリと足音を立てて近寄る影、そして音は自分の近くで止まった。視線を泳がせ見つけた先にはケイニッヒが立っていた。転倒の効果はまだ十秒近く残っている。


「キヒヒ、手こずらせやがって……だが、これで終わりだ」


 ケイニッヒは右手に持つ短剣を宙に掲げた。このままではティンゼルと同じ様にやられてしまう。ついさっきティナに任せろと約束したばかりじゃないか。しかし……。


 どうする事も出来ずに、自分の肌が段々と冷たくなっていくのを感じる。あぁ、この感じ前にも……。


 「……!」

 

 ケイニッヒの振り下ろした剣が、自分の身体に刺さろうとした瞬間、奴は舌打ちをしながら、一歩後ろに飛びのいた。そして、二人の間を氷の刃が物凄いスピードで駆け抜け道を作った。これは、まさか……。

 転倒状態が解除された俺は、ゆっくりと起き上がりながら氷の出所へと視線を送る。


 「ラスタには、指一本触れさせない!」


 視線の先にいたのは、魔法使いティナだった。


 


 ケイニッヒは標的をティナに変えて一目散に走りだした。ティナはフロストダイバーで迎え打つが、まったく当たらない。俺は蹴られた時に放してしまった剣を拾いにいき、急いでケイニッヒの後を追った。

 続けざまに放つ魔法で、洞窟には氷の道が大量に出来ていた。このまま道を狭めれば当てられるかもしれないが、それではティナのSPが持たない。


 敵はティナの魔法を巧みに躱し、気付けば二人の距離は飛び道具の間合いに入っていた。ケイニッヒの身体がキラリと光り、次の瞬間ティナが地面に膝をついた。転倒状態だ。


 「ティナ!逃げろ!」


 その声が無意味であったとしても、叫ばずにはいられなかった。

 彼女を死なせたくないと、そう強く願った。しかし、飛び道具のない自分にはどうすることも出来ない。


 しかし、ここで予想もしない出来事が起こった。

 ケイニッヒが剣を掲げ、ティナを斬りつけようとした瞬間。二人の周りを氷が覆ったのだ。


「バカなっ!」


 氷は弧を描きながら、すぐ近くにいたケイニッヒの足を凍らせた。なぜ?と思ったが、考えるのは後だ。今はこのチャンスを逃すわけにはいかない。

 足を凍結され動けないケイニッヒの背中に飛びつくように、剣技<<スラッシュ>>を繰り出した。剣は敵の身体を通過し大きくゲージを減らしたが、倒すには至らない。

 同時に凍結が解除され、ケイニッヒは振り向き様に短剣を突き出した。


「終わりだ!」

「いや、まだだ!」

 

 スキルの発動には硬直時間の他にもう一つ、技の後に続く攻撃がある場合に限り「待機時間」が発生する。そして今繰り出したスラッシュには派生技が存在する。

 振り抜いた軌道をなぞるように、素早く技を反す片手剣スキル<<リターンオーバー>>。この技は発生が早く、その速度は片手剣スキル最速と言われている。


 「おらああ!」


 剣は再び身体を通過し、HPゲージを失ったケイニッヒが光り輝く。空中で制御のきかない俺は、その光にぶつかるように覆いかぶさった。しかし、実体を持たぬ光は粒子となって消滅。ぶつかる先を失った俺は、その先にいるティナの身体に体当たりした。


「いでっ」

「キャっ」


 動けずに膝をついているティナに覆いかぶさる形で、二人は地面に倒れ込んだ。

 柔らかい感触が身体を包み、少しの静寂が訪れた。

 目と目が合い、俺達は見つめ合った。特にお互いが何か言う訳でもなく、ただ今はこの空気に酔っていたい。そんな感じだ。


 そのムードを遮るかのようにピコンと音を立て、お互いの視界に討伐完了のウィンドウが表示された。


「……やったね」

「あぁ……やったな」


「帰ろう、ティンゼルが待ってる」

「うん」


 俺は起き上がり、手を貸してティナを起こした。それと同時に洞窟内が明るくなり、奴らが盗んだとされる盗品達が表示された。

 その中の一つ、「冒険者の剣」と表示されたアイテムをタップし、アイテムストレージにしまった。目的の品を手に入れ、ようやくほっとした俺達は、街に戻るための準備を始めた。



 そして俺は、どうしても口に出したい事があったのでその事をティナに伝えた。

 

 「それにしても、なんていうか。このクエスト難しすぎません?」

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