第5話 クエスト攻略【二】

 最初に放たれたのは、炎の矢だった。炎は音を立て、群れの一番端の盗賊に命中。複数に渡って放たれる炎が、煙を巻き上げる。

 

 続けて、氷の刃が地面を蔦って走る。刃は敵の一人に着弾し、足元を凍らせた。その二つの魔法を確認した俺は、前方へと走った。

 

 突然の攻撃で事態を呑み込めていない盗賊達は、まだ統率が取れていない。

 

 煙で視界が悪くなる中、こちらを視認した手前の盗賊が短剣を構えた。形状を見るに、情報通りならば<<マインゴーシュ>>と見て間違いないだろう。マインゴーシュは根本の部分に刃を守るためのガードが付いていて、このガードで相手の攻撃を受け流すのが特徴的だ。迂闊にスキルを使用して弾かれてしまうと、スキル使用による硬直時間で被弾しかねない。ここはあえて通常攻撃を選択する。

 

 お互いが鋭い斬撃を繰り出し、金属音が鳴り響く。

 

 再び後方から炎が発射される。炎は同じ軌道を走りながら煙の中へと消えていき、大きな音を立てた。それと同時に悲鳴が響き、ポリゴンの砕ける音がした。その悲鳴を聞いた相手が、舌打ちをしながら視線を横に向けた僅かな隙を俺は見逃さなかった。

 左の腰で構えた剣を強く握りなおし、モーションを感知して黄色く輝いた剣をそのまま右に向けて水平に振り抜いた。

 

「うおお!」

 

 剣は相手の身体を貫通し、小さな衝撃波をもって相手を弾き飛ばした。相手は「ぐっ」と小さく唸るも、撃破には至らない。スキル使用による硬直時間が発生するが、吹き飛ばされた影響で相手も体勢を崩している。

 

 今度は相手が攻撃を仕掛けてくるが、硬直時間が解除されたのでそのまま受け止める。再び金属同士がぶつかる音が鳴るが、それを掻き消すほどの大きな音が頭上から鳴り響いた。

 

 ズドン!ズドドン!


 激しい音の正体は雷だった。雷は凍結状態の敵目掛けて落ち、弱点属性がクリーンヒットしたことで敵はその場に崩れて消滅する。これで残りは、ボスを入れて四体。俺がこいつを倒して、残りの雑魚を二人が倒せばボスとの三対一の構図が作れる。順調に進んでいる。そう思っていると、煙の中から声がした。

 

「お前らは左から回り込め、俺は右から行く」

 

 微かに聞こえた指示。これは恐らくケイニッヒのものだ。作戦は、正面に陣取った俺が敵を引きつけ、その隙に左右へ移動した二人が側面から攻撃をするというものだった。しかし、視界が悪くなった事を逆手に取られ二手に分かれてしまった。これではバラバラに戦闘する事になってしまい、動きの早い盗賊相手に魔法使いは部が悪すぎる。どうする。

 

「お前の相手は、俺だ」

 

 声と共に、黄色い光を放ちながら鋭い攻撃が飛び込んできた。刃物は胴と腰の僅かな隙間、布の部分に入り込み突き刺さる。腹部に熱を感じた俺を、次いで衝撃波が襲った。


「カハッ」


 内部から放たれる衝撃波に対処する術はなく、ノーガードで後方に吹き飛ばされる。今のはスキルか?体勢を立て直し、左上のHPゲージを確認した。ゲージはじわじわと減り、四割近く減ったところで止まる。一撃でこれだけ減るのは恐らくクリーンヒットしてしまったからだろう。クソッ、油断した。だが、前衛の俺がここで足を止めているわけにはいかない。急いでこいつを倒さなければ。

 

 俺は剣身を横に向けて倒し、上段に構えた。するとモーションを感知した剣が、黄色い光を放ちながら相手目掛けて振り下ろされる。それに対し、敵はガードを構えて剣を受け流そうとする。しかし、横になった剣身をうまく受け流せず、ガキッと擦れる音を立てながら相手の頭部に直撃した。

 片手剣スキル<<バッシュ>>。この技は相手を斬りつけるのが目的ではない、剣身を強打することによって起こる状態異常<<スタン>>が狙いだ。バッシュが直撃した相手は目眩を起こしてその場に膝をついた。そこに何度か通常攻撃を浴びせ、スタンの効果が切れる前にスラッシュを発動。何とか残りを削りきった。


 よし、と安堵している場合ではない。周りを見渡しても、煙で視界が悪く肉眼では視認できない。左上のHPゲージを確認するが、二人とも変化がないところを見るにまだ交戦はしていないようだ。だが下手に二人を呼んで声を出せば、居場所がバレかねない。どうするべきかと右往左往していると、左右で動きがあった。

 

 右側では炎の矢が飛び交い、反対側からは雷の音が鳴り響いた。という事はあそこにティナとティンゼルがいる。そして、右側には恐らくケイニッヒが向かっている。ここはボスを相手にしているティンゼルの方に行くべきか。しかし、ティナの方には二体の盗賊が向かった。一人で二体は、どう考えても部が悪い。どちらかを犠牲にしなければならない選択を迫られ動けずにいると、そんな俺の不安を悟られたかのように大きな声が洞窟に木霊した。


「ラスタ!私はいいから、ティナの方に行って!」


 聞き覚えのある声は、ティンゼルのものだ。「大丈夫」ではなく、「いいから」という言い方に不安が拭えないが、今は彼女を信じるしかない。俺は短く「わかった」と返事だけを残し、急いで反対の方へ駆け出した。



 

 しばらく煙の中を走っていくと、前方に三つの人影を見つけた。そのうちの一つ、大きく揺れる髪の影へと大きくジャンプし、影と影の間に割り込んだ。


「ティナ、無事か!」

「ラスタ。ごめんね、流石に二人は無理みたい」

「そんな事はない。よく耐えたよ」

 

 ようやく合流し、後ろを振り向くとティナは息を切らして膝に手を置いていた。HPのゲージは半分まで下がっている。乱れた髪の隙間から見える表情には、安堵の色が滲んでいた。間に合ってよかった。

 俺は剣を構えなおし、盗賊たちを睨みつけた。

 

「ちっ、増援か」

「これからがお楽しみだってのによぉ」


「ティナ、ウルフの時と同じだ。氷雷魔法で各個撃破してくれ」

「わかった!」


 敵は違えど、パターンは同じだ。俺が奴らを後ろにさえ行かせなければ、問題ない。

 昨日二人で連携した動きを反覆しながら、そう時間もかからずして残りの二体を倒すことが出来た。残るはケイニッヒのみだ。後少し、このまま行けばクリア出来る。

 そんな甘い考えを覆すかのように、視界の端に映るティンゼルのゲージがみるみると減っていく。そしてその勢いは止まらず、あっという間にゲージは消えてしまった。


「そんな、ティンゼル!」


 叫びながらティンゼルを探すティナを横目に、俺は自分が来た方向を振り向いた。気付けば視界が開けて向こう側が見えるようになっている。しかし、それは同時にティンゼルが魔法をまったく打っていない事を意味するのではないだろうか。


 そして、その予感は的中した。


 視線の先には、うつ伏せに倒れているティンゼルがいた。背中にはナイフが突き立てられ、切り口からは赤と青の混じった粒子が飛び散っている。俺達は、初めて見る不穏なエフェクトに目を丸くして呆然と立ち尽くしていた。

 そして、彼女の背後……暗闇からヌッと出てきた腕がナイフの柄を握りしめる。その腕を辿って行った先には大柄の男、ケイニッヒが立っていた。

「キヒヒ」と不気味な笑いを発した男は、ティンゼルの身体からナイフを抜き取ると大きく振りかぶった足で彼女を蹴り上げた。鈍い音を発した蹴りは、明らかにトドメの一撃を意味するものだった。その攻撃で死期を悟ったティンゼルは、小さく呟いた。


「あとは、おねがい」


 その言葉を最後に、ティンゼルは地上に降りることなく空中で消滅した。


 



 

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