第3話 パーティ
翌日、ゲームにログインした俺はカルが教えてくれたクエストの詳しい情報を得るために掲示板のある中央広場へと向かった。広場には沢山のプレイヤーがいて、狩りの誘いや雑談、情報交換などを行っている。しばらくはここが溜まり場になるのだろう。
掲示板にはニ、三件の書き込みがあった。クエストの開始場所や出てくるモンスター、対処法等が書いてあり、それらをメモにまとめていると、突然後ろから声がした。
「あれ、君は昨日の。お友達は見つかった?」
声の方を振り向くと、茶色いロングヘアにウェーブがかかったローブ姿の女性が立っていた。黄色い瞳に、ローブの上からでもわかる膨らみ。大人の女性を連想させる落ち着く声色は間違いなく昨日声をかけてきたプレイヤーの一人だ。
「……いや」
「そっか。残念だね……それで、今は何をしているの?」
「仕方がないから一人で進めようと思って、強い武器が貰えるクエストの情報を集めてるんだ」
ふ〜んといいながらジリジリと近づき、すぐとなりで掲示板を覗き込んでいる。綺麗な横顔だな、と思ったが当然口には出せない。そもそもこれはゲームであって、アバターの見た目は設定でいじったにすぎない。
彼女はしばらく掲示板を覗いていたが、やがてこちらを振り向き両手を叩いた。
「よし、じゃあ一緒にクリアしよう」
「え?でもこのクエストの報酬は剣だから、君には必要ないんじゃ?」
「でも、一人じゃ難しいんでしょ?だから、手伝うよ」
たしかに難易度を考えれば彼女の言う通り一人でクリアするのは難しい。かといって広場の連中に声をかけられるほど俺も柔軟ではない。昨日のうちにカルにも声をかけたが、「いや、俺もう持ってるし」と黒剣を見せびらかされた挙げ句断られた。どうやらあのちょび髭は人をおちょくるのが好きらしい。
ただ、このクエストをやるにあたって一つ問題がある。黒剣が手に入るクエスト「この想いを託そう」は開始レベルが九なのに対して、俺のレベルは五しかない。このクエストを受けるためには昨日と同じようにフィールドで狩りをするか、他のクエストでレベルを上げなければならない。その事を説明すると、「実は私も足りないんだ。でもこのくらいなら他のクエストをやったり狩りにいけばすぐ上がるよ」といい、パーティ申請を出してきた。
選択権はないのね……と思ったが、俺自身も今後ずっと一人でゲームをプレイしていくつもりはない。それに魔法使いのスキルやパーティでの立ち回りなんかも見ておきたいと思っていたし、ここは素直に受け入れた方が良いだろう。承諾のボタンを押すと、視界の左上に小さくHPゲージが表示された。その横に小さく表示されている名前に視線を送る。<<クリスティーナ>>と書いてあり、これが彼女の名前らしい。視線を戻すと、相手も同じ事をしていたらしくちょうど目と目が合う。
「えっと、よろしくね。ラスタ君。私の事はティナって呼んでね。」
「ラスタでいいよ。こちらこそ、よろしく」
こうして俺達は、このゲームで初のパーティプレイをすることになった。
相談の結果、クエストは一人でもやれそうなので連携も兼ねて狩りに行く方針となった。この時点でのお互いのレベルは俺が五に対してティナが七。パーティでの経験値は分配式のためルッピ等の雑魚を倒していては旨みがない。なので今回は一本橋を超えた先、東側に広がる荒野地帯を目指す事にした。荒野地帯には獣型のモンスター<<クイート・ウルフ>>が生息している。ウルフは動きが速く攻撃も鋭いため、単独での討伐が難しくパーティ向けと書いてあった。練習にはうってつけと言う訳だ。
ティナは氷と雷のスキルをメインに上げているプレイヤーだった。この階層はウルフをはじめ、地属性のモンスターが多いので魔法使いは弱点の火属性から取得していくのが一般的らしいが、パーティを組む時に魔法使いが全員火属性しか使えないのでは意味がないと考えての事らしい。スキルの振り直しが出来ない現状で先の事を考えているのは素晴らしい事だが、それだと今の段階ではパーティに入りづらいと言うのも頷ける。
そんなやり取りを交わしつつ、俺達はウルフの生息する荒野地帯までたどり着いた。
「じゃあまずは俺がタゲを取ってこっちに誘い込むから、ティナは魔法をお願い」
「うん、任せて」
「確認だけど、魔法はプレイヤーには当たらないんだよね?」
「エフェクトは出るみたいだけど、大丈夫だよ」
「わかった」
それから少し歩くと、視界にニ体のウルフを発見。まずは後方のティナに合図を送り、新しく新調した剣<<ブレイド>>をゆっくりと引き抜く。ブレイドはソードと違い鍔がないが、その分軽くなっているため扱いやすくなっている。動きの速いウルフに対しては重量のある剣より戦いやすいはずだ。
一体だけを誘き寄せるため、小石を拾い上げ<<投擲>>スキルを発動。命中はしなかったが、音に気付いたのかこちらに向かってくる。<<クイート・ウルフ>>は全長ニメートルの大きな体格に鋭い牙、橙色の毛をしたモンスターだ。表示されたレベルは八と格上だが、今回のメインアタッカーはティナで、俺のやる事は敵を引き付けること。
タゲを取ったのを確認し、もう一体に見つからないように後退。打ち合わせをした場所まで来たら後ろを振り向き、ティナの合図を確認。視線を前に戻し、剣を握り直す。するとウルフは足を止め、前足を二度蹴った後、小さく唸りながら頭を低く構えた。
何かくる。
そう感じたと同時に、ウルフは目にも留まらぬスピードでこちらに向かって突進してきた。
「しまっ……」
こちらの思考と相手の攻撃が重なったことで対処が一手遅れてしまう。慌てて右に回避したが、体制を崩してしまい両手と膝をついた。更に相手を見失ってしまい、視線で捉えた時には既に前足を蹴っていた。
また突進が来る。起きなくては。
急いで態勢を立て直そうとする俺の肌を、身震いするほどの冷えた空気が風に乗って通りすぎる。次の瞬間。
「フロストダイバー!」
後方から大きな声が発せられ、それと同時に鋭く尖った氷が地面から生え、足元を凍らせる。ウルフは足を取られ身動きできずに踠いている。
続けてドンッ!と雷のような爆音が鳴り響く。一回、二回。
音が鳴りやんだ時にはもう、ウルフは光の粒子になっていた。そして視界に経験値とゼニー獲得の画面が表示される。
「ラスタ、大丈夫?」
駆け付けたティナの声で我に返った俺は、自分までもが雷に打たれたかのように倒れたまま固まっていた事に気が付いた。
「あ、ああ。ごめん、ちょっと動揺してた。……それにしても凄いな。ほとんど一撃じゃないか」
「ううん、ラスタがタゲ取ってくれてたからだよ。私一人だと、足を止められなかった時に対処出来ないしね」
ティナの魔法は、二つを組み合わせる事で真価を発揮する。まず最初に氷魔法の<<フロストダイバー>>を発動し、相手の動きを封じて状態異常<<凍結>>を付与する(確定ではないが)。これにより、相手の優先属性が水属性に変化する。
この状態で続け様に放った雷魔法<<ライトニングボルト>>をヒットさせると、強制的に弱点となりダメージが跳ね上がるという戦法だ。
当然ながらウルフに対しては元々の弱点である火属性の魔法を打てばいいし、この方法は手数もSPの消費も倍にはなってしまうが、現状では最善の戦い方だと言えるだろう。
ゆっくりと身体を起こすと、視線の先には先程の爆音に釣られ、もう一体のウルフが近づいていた。
「よし、この調子でどんどんレベル上げよう。次はあいつだ。」
後ろからはイキのいい声で「おー」という掛け声が聞こえてきた。
その後も、同様のやり方でレベルを上げ、俺がレベル八、ティナは十になった。あと数体、ウルフを倒せばクエストを受けられるレベルになる。そうしたら一度街に戻り、クエストの準備をしようと話していた。
すると、北の岩陰から四人のパーティが出てきた。編成は片手剣持ちの男剣士が三人、女魔法使いが一人。あの方角にはクエストで入る洞窟があったはず。恐らく、これから俺たちがやろうとしている黒剣のクエストを攻略してきたところなのだろう。
近くに敵がいないのを確認し、四人のうちの一人が話しかけてきた。
「君達も黒剣クエストをやりにきたのか?」
「もう少しレベルを上げたらやる予定です」
男の問いに答えると、「そうか」といいつつもその顔はどこかニヤついている様に見える。しかもその視線は俺ではなく、ティナの方を向いている。
「いや、まあ。せいぜい頑張って。そうだ、一つだけアドバイスをしておこう。」
そういうと、男は右手の人差し指を大きく上げながら叫んだ。
「魔法は、ここぞという場面で打つ事!」
「ちょ、ちょっと!」
その言葉に最初に反応したのは、メンバーの女魔法使いだった。彼女は耳を赤くしながら、男の指を下げんと腕にしがみつく。よく見ると、彼女の耳は人間よりも長く尖っている。間近で見るのは初めてだが、これは
「どういうことですか?」
その言葉に問いを投げたのは、魔法使いのティナだった。
「言葉の通りさ。答えてあげたいが、どうもティンゼルが嫌みたいなんでね。まあやればわかる」
ティンゼルというのは、あの魔法使いの妖精族だろうか。金髪に長く尖った耳、華奢な体型はまさしく神話に出てくるエルフだ。しかし、このパーティでの扱いを見るとただの子供に見えてしまう。
言葉の真意についてはよくわからなかったが、他にも「洞窟内では各個撃破がオススメ」などのアドバイスを頂いた。一番有り難かったのは、「ウルフの突進は右回りで旋回するから左に避けると視認する時間を稼げる」というアドバイスだ。今まであまり意識していなかったがこの後の狩りにも役立てられる。
彼らと別れた後、俺達は再びウルフ狩りをはじめた。アドバイス通りにする事で攻撃の隙が生まれ、自分の剣技の練習もする事ができた。今度会った時には礼を言いたいと思う。名前は聞けなかったが、ティンゼルが目印になってくれるだろう。
そして、無事にクエストを受けられるレベルになった俺達は一旦街へ戻ることにした。
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