第2話 始まりの街 ファルカ
アバターの設定を完了したプレイヤーが最初に訪れる街で、特徴の一つとしては中央に大きな噴水がある。すぐ横には情報交換や取引の出来る掲示板が設置されており、噴水を囲うように武具屋、鍛冶屋、宿屋、道具屋が四方に建造されている。更にそれらを囲う城壁とその外周には、教会、案内掲示板、鍛治師ギルドや騎士団ギルドが建っている。案内掲示板ではゲームの操作方法やスキルの使い方、掲示板の使い方など基礎的な知識を身につけることが出来る。
ファルカは一層の北西に位置する。そのためフィールドに出るには街の東側か、今俺が通っている南の門を潜る必要がある。門を潜ると、視界の右上に表示されている
門番を尻目に視線を戻すと、白いレンガ基調の街並みが街灯の橙色に照らされ綺麗に輝いている。その光景は昼間とはまるで異なり、異国の風景を連想させる。
しばらく歩くと、中央の噴水に人だかりが見えてきた。中心には十人程度のプレイヤーが立っていて、周りの連中は皆何かを語りかけている。ここからは聞き取ることが出来ないが、先ほどのアナウンスと状況から推測するに一層のボスモンスターを倒したパーティを称賛しているのだろう。周りのプレイヤーも含め、特に変わった装備をしている者はいない。剣士ならば木製のウッドプレートに、剣や斧などそれぞれが好きな鉄製の武器。魔法使いなら布製のローブにロッドといったところか。流石に初日から目立った装備をしているものはいない、ということは単純に人数で押し切った感じだろう。
「ん?あれは……」
湧き上がる会場を横目に、近くの道具屋へ入ろうとした俺は一つの違いに気付いた。討伐パーティの中央に立つ人物、リーダーだろうか。防具は周りと同じだが、彼が背中に装備している剣……あの形状は片手剣か。碁石のようなツヤ、黒々とした輝きを放つ見た目は、まるで磨いた宝石のようだ。一人だけという事は、ボスドロップなのか。それともクエスト品か、性能は……。
「いや……」
俺は気になる衝動を抑え、その場を後にした。いらないプライドだとわかってはいても、あの場に行って聞き出すほどのコミュ力を持ち合わせてはいない。これ以上考えても仕方のないことだ。気になる感情を押し殺し、俺は道具屋のドアを開けた。
「らっしゃい!」
中へ入ると、威勢の良い挨拶が飛んできた。声の主は道具屋の亭主で、頭上にはNPCである事を示す黄色い表示でザラバンと書いてある。店の敷地は十畳と小さめで、壁にいはいくつか棚が置いてあり、中央には大きなテーブルがある。地下に続く階段もあるようだが、今は封鎖されているようだ。ザラバンの他にもプレイヤーと思われる人物が二人。一人は俺が入店した際に外の騒ぎにつられて出ていった。外見はわからなかったが、フードを被っていたので恐らく魔法使いだろう。もう一人は背中に斧を背負ったちょび髭の男で、身長が高い。一瞬だけ目があったが直ぐに棚の方に視線を戻した。それなりに混み入っているのを覚悟していたが、外の騒ぎのおかげか店内は落ち着いている。ゆっくり出来るのはありがたいが、早めに済ませてしまおう。
少しだけ店内を見渡したあと、アイテムを売却するためにザラバンの元へ向かった。
「材料の売却をお願いします。えっと、コレとコレ……と。」
今日の昼間からフィールドで稼いだドロップ品を一つずつ具現化し、テーブルに並べていく。主にルッピとファウムが落とすものでどれも高くはないが、所持金と合わせれば今使用している武器を一段階上げられるはずだ。あの黒い剣の入手方法が気になるところではあるが、流石に今は手には入るまい。
並べ終えたアイテムの合計金額は六百二十一ゼニー。はした金だが、今は贅沢を言っていられない。
「待ちな、にぃちゃん。あんた、街のクエストはもうやったのか?」
売却ボタンを押そうとした指を、突然誰かに掴まれた。
「はっ?えっ?」
突然の出来事に動揺しつつ声の方を振り返ると、すぐ隣には店内にいたちょび髭の男が立っていた。
「クエストがまだなら……コレとコレは取っておいた方がいい。それから……」
男はテーブルの上に並んだアイテムをいくつか指差しながら、話を続けようとする。
「ま、待ってくれ。あんた誰なんだ。」
俺は慌てて男から離れようと一歩引き下がった。処理の終わっていないアイテムがキャンセル扱いとなり、全てストレージに戻っていく。
「おっと、わりかったな。俺の名前はカルナムプトっていうんだ。呼びにくかったらカルでいいぜ。お前さんは?」
ちょび髭の男はそう言うと右手を差し出してきた。馴れ馴れしい感じではあるが、どこか真っすぐな声の響きには不思議と嫌悪感を抱かない。
「……ラスタだ」
「ラスタか、よろしくな」
穏やかに笑うちょび髭の男カルと握手をすると、説明を交えながら再びアイテムの売却を行った。カルは親切にも街のクエストに必要なレベル、使うアイテム等の説明をしてくれた。それらの情報をメモリストに書き出しながらも、俺は疑問に思っていた事を投げかける。
「あんた、このゲーム始まってまだそんなたっていないはずなのにやけに詳しいな」
「九時からグルっと回れば、このくらいは朝飯前だろ。……ははん、アイテムの量を見るにお前さんはクエスト嫌いの狩り優先タイプか」
「……半分あたりだ」
俺もカルと同じで、サービス開始の午前九時にはゲームにログインしていた。案内掲示板で軽くチュートリアルを受け、約束した広場のベンチで友人が来るのを待っていた。途中で何人かの冒険者に声をかけられたりしたが、待ち合わせをしているという理由で全て断った。だが昼の時間をすぎても一向に現れる気配がなかったんで、痺れを切らした俺は日が沈む前に狩りへ行ってみようと決意しフィールドに出た。
「そうだったか。軽率だったな、すまん」
「いや、あんたは悪くないよ」
「詫びといっちゃなんだが、俺にもその友人探しを手伝わせてくれねーか?これでも前のゲームでは情報屋としてそれなりに名が売れてたんだぜ」
「情報屋?」
「あぁ、情報屋ってのはプレイヤーやギルド、ギルドはまだねーが……後はさっき教えたクエストやアイテムの情報とかだな。そういうのをまとめたり提供して商売するやつの事だ。この手のゲームじゃ、クラフターをする傍ら情報屋で儲ける奴もいると思うぜ」
「じゃあ、あんたが道具屋にいたのは」
「これから情報屋をやるにあたって店を開こうと思ってたんだ。だからその下見みたいなもんだな」
「なるほどな。それで情報屋のプライドが無知な俺に口出ししたくなったって訳だ」
「そういうこと。ワハハ!」
HdOには、戦闘に特化したバトルジョブの他にもクラフターと呼ばれるジョブがある。クラフターは主にプレイヤーが使用する消耗品や武器、防具が製造でき、それらを商売に利用する商店を開くことが出来る。バトルジョブとは別に経験値が設定されているため、クラフターをメインでゲームを楽しむプレイヤーもいるという。カルはそのクラフターをメインに、商売と情報屋をしながら陰でプレイヤーを支えたいと言ってきた。まだ始まったばかりだと言うのに、彼の情報収集に長ける能力には思い知らされた気分だ。
「ありがとう、色々と勉強になったよ。ところで、あんたは外の連中には興味はないのか?」
窓の外に視線を送ると、まだお祭り騒ぎをしている連中がいる。つられて外を覗いたカルは、やれやれといった態度で続けた。
「あぁ、あいつらは負け組だからな。祭り立てるような連中じゃない」
「そうなのか?だって、一層を攻略してきたんじゃないのか」
「おいおいラスタさんよ、考えても見ろ。仮にお前さんがボスを倒したとして、先に続く道が出来たとする。そしたらどうする。わざわざここまで戻ってくるか?」
「……先に行くだろうな」
「ボスは倒した。だのにここにいるっつー事は、奴らはやられた負け犬って事。本当にクリアした奴らは今頃上を歩いてるだろうよ」
言われてみれば、ここは一層。一番最初なんだ。ボスを倒したくらいでいちいち戻ってパーティなんか開いていたらキリがない。つまりあの連中はボス戦で負けて、セーブポイントのこの街で復活したところをアナウンスを聞きつけたプレイヤーが勘違いし引くに引けなくなったという事だ。だとすればあの黒剣使いは負けたのか。
「カル、あの黒剣使いは知っているか?」
「あいつか、あいつはゲイルだな。あいつとはクエストを一緒にやったが、腕はそこまででもなかったな。まぁクリアさえ出来れば手に入るんだから」
「あの剣、クエストで手に入れるのか?」
少し食い気味な態度に驚いたカルは、真意を察したのかニヤけた顔で続ける。
「あぁ、そゆことね。お前さんが興味あるのは背中の剣の方って訳だ。たしかにあの剣は強いぞ。だが、一人では難しいだろうな。初めはみんなまとめて受けるからサクッとクリア出来るが、一日経つだけで進める人数はガクッと落ちる」
「強いんだろ?ならやってみるさ」
「お前さんの腕は見たことないが、いい友好関係を築けそうな気がするよ。今後ともよろしくな、ラスタ」
「あんたも、いい情報期待してるよ」
その後、カルとはフレンドの交換をし、他のクエストについての情報や、今後の活動についての話題を語り合い別れた。
正人には会えなかったが、今後ゲームをしていく上で非常に重要なポジションになるであろう情報屋、カルという人物と友人になれたことは自分にとってプラスとなるに違いない。
明日は一番に掲示板を覗いてみよう。何か新しい情報が入っているかもしれない。そう思いながらゲームをログアウトした。
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