ハンドレッド・オンライン ータナハンド攻略ー

のにあ

第一層 始まりの街 ファルカ

第1話 一人の冒険者

「ふっ・・・ほっ」


 と声を上げながら、俺はこのゲームが始まった時に所持していた片手剣の<<ソード>>を振りかざす。ゲームのサービスが開始される今日に至るまで、振ることは愚か持つことさえなかった剣の感触はたどたどしい。その剣の先では、薄く紫色に光るゲル状のモンスターが切り刻まれながらも原型を保とうとしている。


 正式名は<<ルッピ>>。このエリアに出現するルッピはレベル1で、他のゲームで例えるならばスライムやク〇ボー並と言えるだろう。そのスライム並のモンスターと何度か攻防を繰り広げながら、タイミングを見て腰を深く落とし、手のひらを外側に反した。すると、スキルの発動モーションを感知した剣が黄色く光を放つ。その合図を視界の隅で捉えた俺は、スライムに視線を戻し、力いっぱいに剣を振った。


「っりゃ!」


 先程の戦闘で覚えた片手剣の基本技<<スラッシュ>>。通常の斬撃にスピードを上乗せし、直線の斬撃を対象にお見舞いする技だ。右斜めから入る斬撃をモロに食らったスライムは、ブワッ!と水中から上がってきた空気が破裂するような音と共に、光の粒子となって消滅。経験値の取得を知らせる画面を見つつ、ぎこちない動作で腰の鞘に剣を収めると、ふぅっと小さくため息をついた。

 続けて、パッパパー♪とレベルが上がった事を告げるラッパの音が鳴り響いた。ゲームのメニューウィンドゥを表示させるために、親指と中指を合わせパチンとならし、宙に現れた半透明の四角い画面を押しながら、小さくぼやく。


「やっとレベル5か…ルッピとファウムだけじゃ上がらなくなってきたな」


 顎に手を置きつつ、ゆっくりと視線を上げる。一面に広がる草原には、紫色のモンスター<<ルッピ>>と芋虫型のモンスター<<ファウム>>が点々としている。その先には、切り立った崖を繋ぐ大きな一本橋がかかっていて、更に先には巨大な棒状の塔が薄っすらと光って見える。あの場所がきっと上の階に繋がる場所なのだろう。そして橋の先には恐らく、一筋縄ではいかないモンスター達が生息しているに違いない。東には夕日に照らされ仄かに紅く染まる草原がなびいている。


 メニュー画面に視線を戻し時間を確認すると、時刻は夕方の六時、このゲームのサービスが開始されてからおよそ九時間が経っていた。


「一旦戻ろう。アイテムの整理もしたいし、それに…」


 橋を背に、街に向かってゆっくりと歩き出した俺は、このゲームを始める時ある約束をした友人の事を思い出していた。十万人限定でアーリーアクセスが開始された仮想VRMMORPG《Hundred Onlineハンドレッド オンライン》。通称「HdO」。プレイヤー達は剣技と魔法を駆使し、百階層になる巨大な塔<<タナハンド>>を攻略していくというよくある内容だ。今となってはさほど珍しくもないとされるフルダイブ型のVRゲームだが、このゲームは意外な形で注目を浴びた。


 それは、この大規模な仮想空間のゲームを開発した企業の<<ホリガー>>が今までVRのゲームを開発していた有名な企業とは違い、いわゆるポッと出の会社だったという事だ。五感の全てを機械に委ねるという行為は、フルダイブが浸透した今でも不安の声が大きく、好感度の高いレビューや大手だからという信頼が購入の決め手になっている。当然、突如発表されたHdOに関しては論外という意見が多く、わずか十万のアーリーアクセス権ですら枠が空くほどだった。


 しかし、とある動画を皮切りに一気に注目度が上がると、あっという間に枠は埋まったのだ。それは、インフルエンサーによる実際のゲームプレイ動画だった。それまではたいした情報もなく、所詮はガワだけだとか、⚪︎⚪︎のパクリだなどと言われていたのだが、実際の動画を見るなり、あれ?よく出来てね?意外と面白そう。という評価に変わっていったのだ。


 そして、その動画の情報を割りかし早い段階で入手した俺と友人の正人まさとは、まだ枠の空いていたアクセス権にすぐに応募し、ゲームの参加権を入手した。


「やったな、飛佐登ひさと。」

「あぁ、お前とやるのが楽しみだよ。種族は何にするんだ?」

「俺は無難に人間ヒューマンかな。お前は?」

「俺も、かなぁ。武器は何使うんだ?」

「う〜ん、そうだなぁ。」


 と、他愛もないやり取りを交わし、最後にどこで落ち合うか、互いの名前は何かなどを話し合った。そして……。


 二〇四五年五月二十一日(日)午前九時、サービスが開始されてから九時間が経った今も、彼からの連絡はない。教え合っていたキャラクターの名前で検索もしてみたが繋がらず、アバターの見た目もこれといった特徴もなかったので正直わからない。現実世界リアルの方でも連絡はしてみたが、音沙汰はなかった。


 …………。


 俺は、既にこのゲームの世界にワクワクしてきている。早くも一層が攻略されたアナウンスがワールド中に流れた。だとすれば先ほど見た柱は、ニ層へ繋がるゲートで間違い無いだろう。ここでのんびりしている間にもゲームはクリアに向かっていっているのだ。このまま待っていても彼が現れる保証はどこにもない。となれば、道は一つしかない。正人には悪いが、自分一人でゲームを進めて行こう。


 街の手前にある城壁までたどり着いた俺は、そう決意し、門を潜った。

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