太陽は照らし出す

第55話運命に対峙する

夜が明けていく。

星が瞬く待つ宵から、透き通るような暁に移り変わり、やがて昇り始めた朝陽が僕の目を突き刺した。痛みを感じる目を眇めて、街道の先をじっ、と眺める。


「結局、来なかったか」


フロレンスが諦念を滲ませて、そっと囁いた。

街道に人影が現れるのではないか、そんな希望が僕の中でも萎んでいくのが分かる。


「アゼリア嬢に何かあったのかもしれない。フロレンス、アスラン殿下に知らせて探ってもらえないか?」

「ああ、伝令に手紙を持たせる」


伯爵家の末娘の姿が、妹の無惨な亡骸と重なり合う。一晩中繰り返していた嫌な予感が現実になろうとしていた。

考えるたびに、後悔が胃袋の中で暴れ回って、きりきりと痛みを発する。

僕は考えを振り解くように踵を返すと、フロレンスと共に歩き出した。


「謁見の約束は?」

「夜明け前にアスラン殿下から返事があった。朝議の前に時間を取るとのことだ、ノヴァリス公爵は先に向かっているから、私たちもそろそろ出発しよう」


邸宅の門前を抜けると、待たせていた馬車に先に乗り込む。

扉に手を掛けて身を乗り出すと、僕はフロレンスに手を差し伸べた。


「行こう」


彼女は、唇を引き結んで頷いた。


「ああ」


互いの手を、力強く繋ぎ合う。

運命と対峙するために、僕たちを乗せた馬車は、大公城へと向かって走り出した。



恐ろしい予感に縮こまるかのように、今朝の城内は静まり返っていた。

立ち働く人の姿も見えず、謁見の間に続く白亜の柱の影だけが、朝陽を受けて長々と影を伸ばしていた。

婚約式の時に聞こえていたざわめきも、喜びに満ちた気配も今は遠く、代わりに満たされた静謐の中で、僕たちの靴音だけが鋭く反響する。

謁見の間の扉を守護する衛兵たちは、僕たちの姿を見ると到着を告げずに、扉を開いた。

扉の奥では、深紅の緞帳を背にした大公閣下が、悠然と玉座に腰を掛けていた。

大公閣下の黄金の眸は、天井の明かり取りの窓から降り注ぐ陽光に良く似て、眩しく、全ての罪悪を照らし出すように澄んで輝いてみえた。


「待っておったぞ、ジークヴァルト、フロレンス。大方のことは弟と両公爵達より聞いておる」

「朝からこんなに呼び出して、何があったのですか、父上。それに、ジークヴァルトがどこに居るっていうんです?」


玉座の斜め前に立つヘリオスが、苛立たしげにこちらに視線を向ける。

振り返った顔は青白く、随分と精彩を欠いた。


「ヘリオス様、ご無沙汰しております。ジークヴァルト・フォン・カンディータでございます」


見知らぬ者を眺めるように、無遠慮に僕を睨みつけるヘリオスに、淡々と頭を下げる。

再び視線を上げると、彼は青い瞳を零れ落ちんばかりに見開いて、僕を仰いでいた。

太陽に、月が見上げられる。

何ともおかしな具合だ。


「父上も、冗談がお上手だ。これがジークヴァルトのはずがないでしょう?彼はフロレンスに守られるのが大好きな、か弱いご令嬢のような奴ですよ」


せせら笑うヘリオスを貫くように、嗄れた声が響いた。


「ロザモンド当主のストラウスが、ルベルの名に賭けて彼がジークヴァルトであると証言しよう」


死者を思わせる程に窶れた男は、対峙するヘリオスを真っ直ぐに見据える。

燃えるような真紅の瞳が、彼がフロレンスの父親であることを如実に物語っていた。

痩せ衰えた長駆から陽炎のように滲み出る存在感と気迫は、ヘリオスだけでなく僕たちをも押しつぶす。

肺が嫌な具合に、軋んだ。


「これ、そう怒るでないぞ。子供たちが怯えてしまうからな」

「失礼いたしました、大公閣下」


朗らかな声で諭されると、ロザモンド公爵は軍部の長らしい重々しさで、ゆっくりと頭を垂れた。

同時に重く凝縮していた空気が、流れを取り戻していく。

縮こまっていた肺が、ようやく酸素で満たされた。

隣のフロレンスを盗み見ると、彼女の横顔には未だに怯えが滲んでいる。

僕は手を伸ばすと、彼女の背中にそっと触れた。

驚いたように目を向けるフロレンスに笑い掛けると、血の気の引いていた白い肌に、ほんの微かだが色が滲んだ。

そんな僕たちを、いや僕を、ロザモンド公爵は視線の刃で突き刺している。

何か言いたいことがあるのか、と、僕が尋ねるより先に大仰な音が響いた。

全員の視線が、謁見の間の扉に集中する。


「待たせたな、兄上。どうにも別嬪さんたちの支度ってのは長くてな、参っちまうぜ」


扉を開け放った男は、屈強な精神をそのまま形にしたように、豪快に笑っていた。


「うむ、ご苦労だったなアスラン。では始めるとしよう」


鷹揚に頷いてみせる大公閣下は、僕たち全員を見渡した。

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