第4話 女性蔑視

 そんな中において、マスクを外す人が少なくなった理由の裏付けとして、

「全国で、性犯罪が急激に増えた」

 ということである。

 それは、強姦などの凶悪犯もであるが、痴漢や盗撮、ストーカーのような犯罪まで増えてきた。全般的に増えてきたのであって、その理由を、警察では、理解できないでいた。

 しかし、一部の心理学者や、フェミニストなどには分かっていたようで、

「自分もそんな中の一人ではないか・」

 と思うようになっていた。

 自分は、今年37歳になる独身男性なのだが、名前を、

「岡崎史郎」

 という。

 これまでに結婚しようと思ったことがあかったわけではない。好きだった人もいたし、実際に結婚寸前くらいまで行ったこともあった。

 相手の両親にも、自分の両親にもお互いを遭わせて、

「二人がその気なら、別に反対はしない」

 ということで、実質上の了承も得ていたのだ。

 そんな中で、順風満帆に見えた結婚だったが、なぜか、急に彼女が拒否しだしたのだ。

 その理由を最初は分からなかった。

「俺の何が気に入らないんだよ。このままだったら、結婚なんてできないぞ」

 と言ったのは、彼女が、

「マリッジブルー」

 に罹っているからだと思ったからだ。

 だが、どうやら、そんな単純なことではないようだった。

 もし、マリッジブルーであれば、自分が悪いという思いから、少しは、

「こちらに対して悪い」

 という思いがあってしかるべきだからである。

 しかし、彼女にはそんな思いは一切なかった。

 どちらかというと、

「俺のことを憎んでいるかのようだ」

 というくらいに思えてきたのだ。

 鬱陶しいという感覚なのか、それとも、毛嫌いしているのか分からなかったが、その思いはひどいものに感じられた。

 しかも、彼女はノイローゼに罹っているようだった。内容は分からないが、躁鬱症に近いような気がした。

 急に怒りだしたり、泣き出したりと、その状態は、情緒不安定を通り越して、自律神経が失調しているようにさえ思えてきた。

 ただ、分かっているのは、

「誰かを憎んでいる」

 ということであった。

「確かに、自分を憎んでいるのは間違いないようなのだが、彼女が本当に憎んでいるのは、もっと、この俺よりも身近な人間だ」

 ということを感じるからだった。

 というのは、

「人を憎むということは、どういうことなのかを考えてみると、人によって、その態度は違う」

 と言えるだろう。

 彼女の場合は、本当に憎んでいる相手を凝視できないタイプなので、誰を本当に憎んでいるのかということは、正直分からない。

「きっと勘の鋭い人でも分からないことだろう」

 と感じた。

 岡崎は、自分が好きになった相手が、そのような性格だということが分かると、いつもであれば、

「そんな女、こっちから払い下げだ」

 とばかりに、自分のプライドを優先させる方だった。

 しかし、彼女に対してはそんなことはなかった。

「これが惚れた者の弱みというものだろうか?」

 と感じたが、どうもそうではないようだ。

 人を好きになるということはどういうことなのか、ハッキリと分からなかった。

「少しでも一緒にいたい」

 と思うことなのか、それとも、

「一緒にいない時間でも、相手のことが気になって仕方がない」

 という思いを抱くことなのか、いろいろ考えてみたが、

「それぞれに、自分の信憑性、信頼が得られれば、それが正解なのではないか?」

 と感じたのだった・

 しかし、岡崎の場合は、そうではなかった。

 彼女と一緒にいたいという思いも、ひと時も忘れられないという思いも確かにあった。しいて言えば、

「同時に感じることができなかった」

 という思いはあったが、

「聖徳太子じゃあるまいし、同時に数人の話を聞くことと同じではないか。そんなことができるわけはない」

 と考えると、

「同時に」

 と考えたことが、あまりにもバカバカしいことであるかということに気づいたのだった。

 では、

「彼女を簡単に諦められなかったというのは、それだけ彼女に惚れていたということだろうか?」

 と考えたが、そうではない。

 そして、

「年齢を重ねないと分からないことなのかも知れない」

 と感じ、30歳を過ぎて、少ししてから分かった気がした。

 それは、

「後悔をしたくない」

 という思いからであった。

 一度は好きになった相手である。一時の感情から、嫌いになってしまうなど、実に滑稽なことではないだろうか?

 つまりは、

「人間というのは、年齢を重ねるにしたがって、どんどん後悔をしていく動物らしい」

 ということだ。

 人間の命には、いや、どの生き物にでもであるが、寿命というものがある。それがいつ尽きるのかということは、誰にも分からないが、ハッキリしていることは、

「日一日と、死に近づいている」

 ということである。

 しかし、若いうちはその意識はない。

「まだまだこれから成長していくんだ」

 という思いがあるから、成長することが楽しみで、

「死に近づいているなんて、何とも縁起でもない」

 と言われるに違いない。

 ということは、若い人には、先はまったく見えていないということだ。

 そのために、不安になることもたくさんあるが、楽しみなことも多いに違いない。

 だが、何が楽しみなのかというと、

「人が自分のことを嫌いになると、不安が大きくなり、逆に好きになってくれると、これ以上の愉しみはない」

 ということである、

 両極端になるのは、女性の本能なのかも知れない、身体的にも不安定で、男性とは明らかに身体の構造も違うからだ、

 ただ、これは女性が男性に感じていることも同じであり、

「男の人はいいよね。毎月、生理で悩まされることもないし、子供を産むという生みの苦しみも味わうこともない。だから、性欲のままに生きる動物なんじゃないかって思うくらいだわ」

 と、彼女が言っていたことがあった。

 ちょうど、精神的に不安定になりかかっている頃であり、

「私は、あなたとは違うの」

 ということを、頻繁にいうようになったのも、その頃だっただろう。

 その時に、ちょっとは、

「おかしい」

 と感じたのだが、それ以上深くは感じなかった。

 それだけ、まだ好きだという気持ちがあったからであろう。

 男は、女性に対して、

「何かあっても、楽しかったことを思い出して、すぐに正気になってくれる」

 という思いを抱くものだと感じている。

 しかし、女性は違うものらしい。

 というのは、女性が感じることとして、

「好きになると確かに猪突猛進になるけど、次第にちょっとしたことで、不安に感じることができると、その思いは躊躇なく深まってくるものだ」

 と感じているようである。

 しかも、女性は精神的にも忍耐するもののようで、自分が苦しんでいることを、

「決して相手の男性に知られないようにしなければいけない」

 と感じるようだ。

 つまり、嫌いになる前から、相手に悟られないように、態度を変えないようにしようとする。それはプライドなのか、それとも、忍耐なのか分からない。

 だが、男の方が、

「ちょっとまずいんじゃないか?」

 と気づき始めた時には、女性からすれば、

「時すでに遅し」

 なのである。

 男が何を言っても、もう振り向くことはない。完全に覚悟は決まっているのだ。

 だから、よく言われることとして、

「女性が態度に出し始めると、その時はすでに覚悟は決まっているから、男の方とすれば、どうすることもできない」

 ということである。

「そんなに嫌なら、早いうちに言ってくれれば、こっちも直したのに」

 と男性は楽天的にいうが、もう女性の中で、大きなヤマ場は通り過ぎているのだ。

 だから、その時点では、

「結界の向こうにいる相手を追いかけている」

 ということになり、追いかけている相手が見えているとすれば、

「それは、幻でしかない」

 ということである。

 幻というのは、蜃気楼とは違うものなのだろうか?

 蜃気楼というものは、実在するものであって、ただ、その場所にいるわけではないものが、光の屈折具合におって、見えないものが見える。それが蜃気楼である。

 しかし、幻と言われるものは、実際に存在しないものが見えた場合にも、そう言えるだろう。

 見えていないものが妖怪であったり、幽霊であったりする。

 ちなみに、妖怪と幽霊の違いは、

「幽霊というのは、人間が形を変えたものであり、妖怪は、人間以外のものが形を変えたものだ」

 と言っていいだろう。

 そういう意味でいえば、

「元が何だったか?」

 というだけであって、実際には。似たようなものだと言ってもいいのではないだろうか?

 だから、相手の女性が結界の向こうにいるのであれば、見ている幻は、蜃気楼ではなく、幽霊や妖怪の類、一種の、

「生霊のようなもの」

 と言ってもいいだろう。

 だから、実在しないものをあたかも存在しているかのように思えているからこそ、いくら追いかけても捕まらないのだ。

 相手も、結界の向こうから、こちらを見ている。見えているのかいないのか、分からないが、きっと見えているのだろう。

 そして、冷めた目で、上から目線で、こちらがあたふたしているのを、あざ笑っているのかも知れない。

「こっちは、修羅場を潜り抜けたんだ」

 という思いからだろう。

 つまり、もう覚悟はとっくの昔に決まっていて、後は、手のひらの上で、転がすだけだということなのであろう。

 結局、

「交わることのない平行線」

 を描いてしまったことで、結局、二人は別れてしまうことになった。

 お互いに、最初は、探り合いをしながらの付き合いだったことから、

「結構慎重につき合ったのだから、大きな失敗はないだろう」

 と思っていたが、ひょっとすると、その探り合いが、相手に不信感を抱かせたのかも知れない。

 彼女は別れてから、会社を辞めてしまい、二度と岡崎の前に姿を現すことはなかった。だから、その真意を確認のしようもないのだ。最初は、

「せめて理由を聞かせてほしい」

 と思っていたが、ある瞬間を境に、

「そんなの知ってどうするんだ?」

 と思うようになった。

 それがいつなのか分からないのだが、本当は、

「次のためにも、知っておきたい」

 というのが本音なのだろうが、実際に、もう疲れてしまって、

「どうでもいい」

 と思うようになったのだ。

「反省なんかいつだってできる」

 という思いがあり、反省をすることが大切だなどという当たり前の理屈が、分からなくなった。

 これは、

「バカになった」

 というわけではなく、

「感覚がマヒしてしまったのではないか?」

 ということではないかと思うのであった。

 ただ、その頃は、

「男と女で、感じ方が違う」

 という意識と、

「身体の構造が違う」

 ということを、それぞれの頭で理解はしていたつもりだった。

 しかし、その二つを一緒にして考えることはなかった。一緒に考えれば分かるはずだと冷静になれば分かるくせに、マヒしてしまった感覚では、分かりっこないのだった。

 そんなことを考えていると、

「やはり、別れるべくして別れたんだろうな?」

 と思った。

 しかし、

「二人が出会わなければよかった」

 とは思わない。

 結果として別れることになったのだが、好きだったという思いに間違いはないし、彼女もそうだったのだろう。何と言っても、結婚するという意思はあったのだから。

 そこまで考えてくると、

「結婚を考えた時点から変わっていったのだろうか?」

 とも思えた。

 本来であれば、結婚を考えた瞬間から、劇的に何かが変わらなければいけなかったのではないか?

 それが分かっていないということが、今度の場合の一番の間違いであった。それを、

「甘かった」

 という一言で片づけていいものかどうか、そこは難しいところであるが、やはり、何かを感じなければいけなかったことに変わりはないに違いない。

 結婚ということになると、何が一番大切なのかを考えなければいけなかったのだろう。

 彼女はそのことに気づいたが、男の方が、まったく考えようとしない。それまで頼りにしていた分だけ、男に覚悟がないと分かると、

「裏切られた」

 と感じるのかも知れない。

 もしそうであったとすれば、その時点から、明らかに二人はすれ違ったのであって、彼女は自分のプライドと女性としての性から、

「相手に自分の気持ちを悟られないようにしよう」

 と思ったのかも知れない。

 マスクを外すことによって、性犯罪が増えるという理屈も、ゆっくり考えれば分からなくもない。

「抑えていた性欲が爆発する」

 というのが、一番の理由だ。

 だから、パンデミックが収まっても、女の子は怖くてマスクを外せないのだ。

 そういえば、パンデミックの最中、ラジオで不謹慎なことを言っていた人がいたのを思い出した。

 リスナーから来たハガキにこたえる形だったので、それほど悪気はなかったと思われるのだが、相談として、

「今は宣言が出ているので、表になかなか出られなくて、悶々とした生活をしている」

 というようなことではなかっただろうか。

 そこに答えた内容として、

「今は我慢しておけばいいよ。そのうち、女の子がお金がなくなって、可愛い子でも、風俗で働くようになる」

 というような内容ではなかったか。

 正直、リスナーに答えたという意味では、言い方の問題はあっただろうが、その後、その人はテレビ番組の、

「降板要求」

 を放送局に要求するグループがあったり、その降板のために、署名を集めている人もいたりと、

「本当に必要なのか?」

 とも感じた。

 もっとビックリしたのは、同じパンデミックの時、日本オリンピック会長が、

「女性は話が長い」

 というような言い方をしたので、それがm女性蔑視だということで、大問題になり、結果、委員長を辞任するということにまで発展したことがあった。

 最初に聞いた時、ちょっとした違和感は確かにあったが、ここまで大げさに、一人の人間を叩き落すまでのことだったのかと思うと、実に、

「日本って、平和なんだな」

 と、思わずにはいられない。

 これが、男女平等のつけなのかも知れないと思った。

 前者の発言も、

「本当に女性蔑視になるのだろうか?」

 と感じるのだ。

「では、風俗で働いている女性は、皆、恥ずかしい職業に就いているとでも言いたいのか?」

 と思うのだ。

 借金のために仕方なくという人もいれば、目標を達成させるために、お金が必要だという人もいるだろう。そういう人は、きっと、誇りを持って仕事をしているはずで、

「風俗で働く女の子にかわいい子が増える」

 と言った言葉に対して、

「じゃあ、今働いている子は、可愛くないというのか?」

 という文句であれば、出てきても当たり前だと思うが、風俗で仕事をしようとしている人の話をして、

「女性蔑視だ」

 というのであれば、それは筋が違うのだと思う。

「お前は、何様のつもりなんだ」

 と言いたい。

 それは、委員長を辞めさせた連中だって一緒だ。話が長いということを、悪いと言ったわけではない。話が長いから、自分が大変だと言っただけで、それをいかに捉えれば、話が長いという言葉を女性差別だというのだろう?

 冷静に考えれば、それくらいのことは分かりそうなものなのに、それを分からないのは、きっと、

「集団意識のなせる業」

 なのだろう。

 一人で、集団で攻め立てれば、攻められている方が悪いと思う。それが、一種の集団意識というものではないだろうか?

 特に最近は、女性差別など叫ばれているので、余計に、ちょっとしたことが大事件になったりする。痴漢などの冤罪が増えるのも、同じことではないだろうか?

 これらの裏の問題において、すべて、根っこは一つのところで、一緒なのではないだろうか?

 そんな状態において、今まで嵌めていたマスクを外すというのは、恐ろしいものだ。

 女性の中には、

「今まで、人に自分の気持ちを読まれなくて済んだのに、今度は読まれると思うと気持ち悪いから、マスクを取る気にはなれないわ」

 と言っている人もいるが、それは正解である。

しかも、もっと深い意味で、リアルなところで恐ろしいものを回避できるというわけである。

 それが、男の欲望からの回避である。

 確かに、心を読まれるのは、精神的にきつい。しかし、男は心というよりも、最期には身体なのだ。

 特に、それまで抑止してきた性欲が爆発すればどうなるか。本当に恐ろしい。

 パンデミックになる前であれば、

「性欲が溜まってくると、風俗で発散させればいい」

 と思っていた人が、

「三密を避けないといけない」

 ということで、風俗にさえいけなくなってしまう。

 女の子から、

「また来てね。待ってるわ」

 と言われても、さすがに今のこのご時世では、そう簡単に行けるわけはないし……。

 そう考えると、はけ口がまったくない状態である。

 そうなると、下手をすると、見境のない人が出てこないとも限らない。

 マスクをしているので、いくら性欲が溜まっているとはいえ、相手の顔も分からないのに、襲うというのは、と考える。

 そもそも、襲うということは、密着するということである。同じ密着するんだったら、風俗に行くのと何が違うというのだろう?

 その方がよっぽど平和ではないか。

 しかし、ストレスが弾けてしまうと、抑えが利かなくなる。ある意味、

「風俗では、もう我慢できない」

 という妄想に駆られる人も出てくるだろう。

 ここまで抑えたんだから、今までと同じ発散方法では、我慢できるはずもない。そうなると、犯罪だと意識していても、身体がいうことを利かないという人も出てくるに違いない。

 そういう意味では、ラジオで話をしていた人の言葉は、実に的を得ているわけで、ある意味、

「犯罪抑止」

 というものに、一役買っていると言ってもいいだろう。

 そのことに気づかないのは、言い出しっぺが女性だからなのかも知れない。

 女性蔑視だと言って、男性をやり込めようというのは、ある意味、

「私たち女性というのは、特別な存在」

 ということを、暗にほのめかしているようにも思える。

 つまり、

「女性蔑視」

 などという言葉はきれいごとであり、

「風俗嬢という人たちを犠牲にして、男性をやり込めたい」

 というだけではないだろうか?

 でなければ、前述のように、女性が商売として行っていて、法律上、正規の職業なのに、それを、女性蔑視というのは、矛盾しているというのではないだろうか?

 それとも、

「自分だけが、特別な存在だ」

 とでも言いたいのだろうか?

 ある意味、

「何様のつもりなのか?」

 と言ってもいいくらいである。

 そんなことを考えていると、実際の男性の目だけではなく、女性の視線も怖い気がする。女性が女性の視線を怖いと思うのは、マスクをしているから、

「心を読まれない」

 と思っているからだろう。

 とにかく、風俗嬢の話に対して、敏感に反応し、枕詞のように、女性蔑視という女は、

「私だったら、死んでも風俗なんかで働かない」

 と思っているに違いないのだ。

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