第7話 呪い

 次の日の朝、 目が覚めた。 身体を起こすとジークの憎たらしい顔が目に入り不機嫌になる。


「おぉ、 おはよう。 身体は大丈夫か?」

「最悪に決まってんだろ」

「大丈夫みたいだな。 人を殺す覚悟は出来たか?」

「……」


 昨日の事を思い出す。 黒焦げになった身体、 潰れる頭、 飛び散る血。 まだ夢見心地なのだろうか、 不思議と罪悪感は無かった。


「まぁまだ分かんねぇよな。 その内慣れるさ」

「……」


 人を殺すことに慣れる。 そうはなりたくないものだ。

 その行為を認めてしまったら、 何か大切なものを失ってしまう気がする。


「で、 今からなんだけどさ」

「ん、 ああ」

「お前魔物ヒューム見たことないだろ? ギルドに行って魔物ヒューム狩りしようぜ。 今依頼が出てるらしい」


 魔物ヒューム。 宴の時に肉を食べたが、 あれは確かに美味かった。 あれがまた食えるのか。


「分かった、 ところでウルは今どこに?」

「あいつなら居間で朝食中だ。 お前も来いよ。 食べるだろ?」

「勿論」

「んじゃあ、 行くか」


――居間――


「おぉアリス、 おはよう」


 昨日の事など何も無かったかのように、 ウルは朝食を摂っていた。 新聞を片手に、 パンに齧りいている。


「おはよう」


 俺も席に座り、 マイが作ってくれたという朝食を頂く。 パン、 サラダ、 スープ、 あとはコーヒー。

 いいなぁメイド。 くっそ羨ましいぞ。 雇う金どころか家すらも無いが。


「で、 さっきアリスにも話をしたんだが」

「ん、 何だ」 


 俺は耳だけジークの方に傾け、 朝食と戦っている。


「ギルドに行って依頼取ってくる」

「そうか」

「『ルドレ』に魔物ヒュームが出たんだと」

「何体だ? あいつらどこからか沸いて出てくるからな」

「今現在で三十体確認されてるらしい」


 手が止まる。 三十って。 多くないか?


「三十、 まあまあな数だな」

「ああ、 『ルドレ』の自警団は全滅だそうだ」

「変異種は?」

「今の所だが、 まだ発見なし」

「じゃあ何とかなるだろう」


 「……あのさ、 変異種ってのは?」

 

 分からん事は聞いておかんとだな。

 二人は顔を合わせて。


「んー…… 魔物ヒュームの進化系的な……?」

「知らん」


 お前らも分からんのか。


「まぁ見れば分かるさ。 魔物ヒュームは単体じゃ雑魚だが、 群れたら地味に厄介だからな。 変異種に出会ったら、 全力で殺すか逃げるかのどちらかだ」

「やっぱ変異種ってだけあって強いのか?」

「何をしてくるか分からんからな。 色んな種類の変異種がいるんだ。 くっそ力強いのとか、 足速いのとか」

「万が一を考えて逃げるって事か」

「そゆこと。 まぁ食ったらギルドに行くぞ」


 俺たちは朝食を残さず平らげ、 紫電城を後にした。


――テレサのギルド――


「紫電さん。 お久しぶりですね」

「おいーっす。 何か『ルドレ』に魔物ヒュームが出たらしいじゃん。 それ受けようかと」


 ジークは受付にいる女性にそう言うと、 ボードに貼られている用紙に目を通す。 これが依頼書なのだろうか。 何と書かれているかさっぱり読めない。

 雑に貼られている依頼書の中から一枚を取り、 受付嬢に渡す。


「本当ですか、 ありがとうございます! 危険な依頼なので誰も受けて下さらず困ってたんですよ!」


 チラリと彼女は俺を見る。 


「えっと、 そちらの方は……?」

「あぁ、 こいつはアリスだ。 『ドミニア』から来た。 ウルも来てるが、 今外で煙草吸ってるよ。 あいつは依頼受けられんからな」

「神官様は副業出来ませんもんね」


 今更だが、 俺が召喚されたあの場所は『ドミニア』というらしい。 『ドミニア』『テレサ』、 んで『ルドレ』か。


 「ちなみに依頼内容ですが、 『ルドレ』の調査兼住民の救出となっております。 調査とありますが、 あちらで気付いたことがあれば教えて頂けるだけで結構です。 成功報酬は金貨二枚です」


ふむふむなるほど。 と、 ジーク。


「で、 今『ルドレ』はどんな感じになってんの?」

「……凄惨です。 ほぼ全滅と言って良いかと」

「それって……住民誰も生きちゃいないパターンは?」 

「『ルドレ』の長からの依頼なので、 数名は生存してると思われます」

「確かに。 変異種はあれから報告は?」

「今のところはまだありません。 今回はパーティで受注されますか?」

「俺とアリスだからな、 パーティになるな」

「となると、 パーティ名が必要ですがどうされましょう?」

「『サーガ』で良い。 また新しく作ったら書類に時間取られるからな。 名簿にアリス追加しといてくれ」

「畏まりました。 では『サーガ』のお二方、 気をつけて行ってらっしゃいませ」

「おう」


 外で待っていたウルと合流し、 俺たちは『ルドレ』に向かう。 

 『ルドレ』はここから北に真っ直ぐ歩けば到着するらしい。 一時間もかからないそうだ。 

 林の中を抜けていく。 情報が行き届いているのだろう、 すれ違う人はいない。


「そういやさ、 魔物ヒュームってどんなやつなんだ?」


 特徴くらいは聞いておかなくては。 


「んー何て言えば良いんだろ。 二足歩行だよな」

「そうだな」

「背は俺らより少し小さいくらいか、 あと全体的に黒い」

「あぁ、 確かに黒いな」


 猿をイメージする。 黒い猿。 そんな感じか。

 ジークは思い出したかのように。


「あ、 魔法使うぞ」

「……まじで?」

「まじまじ。 複雑な魔法は使わんけど。 メインは爪で引っ掻いたり噛み付いたりだ。 とにかく群れて行動するのが多い」


 黒猿の大群が一斉に魔法を唱えてきたら……それはそれで十分脅威な気もするが。


「あとは何か……よく分からん声を出す。 まあ魔物ヒューム同士で会話してんだろうな。 生憎俺らには何言ってるか分からんけど」


 先導していたジークが足を止めた。 目の前は崖。


「アリス見てみろ、 ここが『ルドレ』だ」


 崖下を見下ろすと、 1つの……集落があった。

 広場を囲うように家が建っており、 その広場の中央には火が上がっている。 影が数体、 不用心にのそのそと歩いているのが見えるが、 あれが魔物ヒュームか。


「一体一体こっそり殺せれば楽なんだが、 あいつら直ぐ仲間を呼ぶからなぁ」

「夜まで待ってたら助かる住民も助からん。 出来るだけ隠密にやる。 バレたら皆殺し。 これで行くぞ」

「どうする? 別れてやる? 念の為俺はアリスと行くけど」

「そうだな。 俺は単独で動く。 アリス、 死ぬなよ」


 そう言うと、 ウルはいつの間にか手にしていたロープで崖を降りた。 手慣れてるな。 俺たちも後に続く。 


――ルドレ――


 崖を降りると、 ウルの姿は見えなくなっていた。


「さぁて、 まずは拠点だな」


 そう言うと、 ジークは目の前にある民家に入る。 俺も後に続く。 木造の平屋。 中には誰も居ないようだ。


「とりあえずここで良いか。 救出した住民はここに避難させよう」


 ジークが扉に手を翳す。 すると、 扉はほんのりと紫色に光り出した。 窓にも同様に施していく。


「これで魔物ヒュームは入って来れない。 まぁ壁ぶち破られたら意味無いけど」

「魔法便利すぎるだろ」


 窓から外を覗くと、 先程の炎が見える。 何か、 人影のようなものが磔にされ燃やされている。 


「まぁな。 んじゃ、 準備出来たし行くぞ」

「おう」


 俺は扉を開けた。 すると目の前には――――少女。  

 少女は驚き、 目を丸くしている。 赤い瞳。


「ん? ここの住民だよな? 危ないからこっちおいで」


 すると少女は何か言おうと大きく口を開け――――

 頭に雷が落ちた。 少女は黒く焦げ付き、 プスプスと煙を出しながらその場に倒れ込む。 少女だったものはピクリとも動かない。


 ジークが俺の胸倉を掴む。


 「アリスお前何やってんだ!もう少しで仲間を呼ばれる所だったぞ!!」

「いや今の……女の子……人間だったろ……?」

「はぁ!? 何言ってんだお前」

「いや、 だってさ……」


 辺りが騒がしくなる。


「何だ今の音は!」

「こっちだ!」

「おいこっちだ! 敵がいたぞ!」

「メアリー! お父さんメアリーが!!」

「化け物め! 殺してやる!!」


 大勢の人間に囲まれる。 


「お、 おいジーク。 これって……」

「やっぱこうなるか。 面倒臭ぇな……」


 ジークは右手に雷を纏う。 紫色の雷がバチバチと音を立てている。


「お前さ、 これでもこいつらが人間に見えんのか? 黒い身体、 訳の分からん言語、 どう見ても魔物ヒュームだろうが」


 困惑する。 何故なら俺にはどう見ても人間にしか見えないからだ。

 俺は彼らに向かって叫んだ。


「おい! 女の子の事は謝る! 何かの勘違いだ! まずは話し合おう!!」


 話が通じないのか、 聞こえないのか、 そもそも聞く気が無いのか。 彼らは涙を流し、 悲憤慷慨している。

 

「だから無駄だっつってんだろ!!」


 ジークが彼らに向けて雷を落とす。 一瞬にして彼らは黒い塊となった。 煙を出し、 着火している者もいる。


 俺はその場に立ち竦み、 口を開く。


「なぁジーク、 俺には今の奴ら、 人間にしか見えないんだが……」

「はぁ? まだ言ってんのかお前は」


 呆れた、と言うようにジークは煙草に火を付ける。


「身体黒くないし、 言語も理解できたぞ」

「何だって……?」


咥えていた煙草がポタリと落ちた。

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