第6話 生贄

「今からこいつとアリスを殺し合わせる」

「……ほう?」

「こいつさ、 人を殺した事が無いんだろ? それなら俺らで初体験を奪ってやろうぜ。 要は慣れだろ。 一人殺せば百人も千人も一緒だって」

「……なるほどな。 その考えにも一理あるか。 やらせてみよう」


 一理ねぇよ。 何を言っているんだこいつらは。 やらんって。

 ジークは俺を指差し、 スキンヘッドの男に言う。


「おいお前、 こいつを殺せばここから逃がしてやる。 俺は絶対に嘘はつかん。 約束する。 ほれ」


 どこから出したのか、刃渡り十センチ程度のナイフをスキンヘッドの足元に落とし、 男に嵌められた首輪を優しく外す。

 男は直ぐにナイフを拾い、 それを握る。 手は震えていたが、 その目はじっと俺を睨んでいた。


「これでアリスが死んだらもうこの話は無しだ。 ウル、 三年後、 世界が滅びるのを仲良く見てようぜ」

「という訳だアリス。 頑張れ」


 こいつら本気で言っているのか。

 ウルは煙草に火をつけた。 ふーっと一服。


「アリス」

「?」

「前」


「――――っ!」


 男はナイフをこっちに向け、 走り出した。

 まじかよ。 とはいえ、 こっちは祝福ギフトを貰っている。 軽々しく避けた後、 二人を睨む。

 あいつら……あいつら、 呑気に煙草タイムだと。


「頑張れ! ほら! そこだ! 刺せ!」


 ジークはスキンヘッドを応援している。


「おい! こんなこと辞めよう! 俺は殺す気がない! おい!! ナイフを下ろしてくれ!」


 聞こえていないのか、 男は聞く耳を持たず、 ナイフを振り回している。


「あー無理無理。 俺以外の声は聞こえないようにしてるから。 会話なんざ無駄だ。 諦めて殺せー!」


 いつの間にか帰って来ていたメイドから、 茶を汲んで貰っている。 この野郎。


「――――っ!」


 男は左掌をこちらに向け、 炎の玉を吐き出した。

 忘れていた。 ここは魔法があるんだった。

 避けることが出来なかった俺は、 両腕でガードをする。 両肘から下部分、買ってもらったばかりの服が燃える。


「アリス、 お前それ俺の金で買った服だからな」


 ウルが小言を言うが、 俺は聞こえないフリをする。

 男の攻撃は止まらず、 俺の命を狙ってくる。 ナイフ、 炎、 ナイフ、 炎。 やるしかないのか。


「だあぁぁぁぁ!!!」


 俺は右手に氷を纏い、 槍形に伸ばし、 それをスキンヘッドの横腹に突き刺した。 男は膝をつき、 蹲った。


「おっ、 チャンスだ! やれやれ!」


 五月蝿いギャラリーを無視し、 俺は氷を解除する。

 まるでダイヤモンドダストが散らばるように、 それは霧散した。


「なんだぁ……?」


 ジークはもう終わりかと、 つまらなそうに言う。


「……もう、 いいだろ!」

「あー?」

「こいつはもう動けない! これで終わりだろ!」


 ジークは煙と一緒にため息を吐いた。


「はぁ……馬鹿かお前は。 そいつ、 教団だぞ」

「それがどうした! 教団でも人間だろ!」

「いや違う違う、 俺が言いたいのはそうじゃない」

「?」


 え、 知らないの? と、 ジークはウルを見て言った。 ウルは興味が無いと言うように、 そっぽを向いている。


「神官であるウルもそうなんだが、 教団にいる人間は全員……治癒魔法ヒールを持ってるぞ」


 その言葉を聞き、 俺は振り返っ――――


 背中に、 沸騰するような熱を感じた。

 男のナイフは俺の背中を突き刺してた。 男の腹に空いていた穴は綺麗に塞がり、 しゅぅぅと、 煙が出ている。

 赤く濁った血が、 ポタポタと地面に滴る。


「――――っ!」


 俺は男を突き飛ばし、 片膝をつき、 その場に蹲った。

 ナイフがカランと音を立てて地面に落下する。

 クソが。 痛いなんてもんじゃない。 額から脂汗が流れ出る。 血は止まることを知らず、 段々と地面を赤く染めている。

 やっぱあいつ馬鹿だろと、 ジークの笑い声が聞こえる気がする。 治癒ヒール持ちとか聞いてねぇよ……。


「さぁて! アリス君、 ここで朗報だ!!」


 ジークは顔をニヤニヤさせながら。


「朗報……?」


 痛みで顔が歪む。 何でも良いから早く治癒ヒールを掛けてくれ……。


「マイ!」

「はい」

「一人追加だ!!」


 !?!?!?


 マイが手を翳すと、 そこからもう一人スキンヘッドが現れた。 刀を持って。 ジークが新たに出てきたスキンヘッドに耳打つ。


「おい、 そいつ殺したら出してやる。 約束約束」


 スキンヘッドBの目が光った瞬間、 俺は理解した。

 あぁ、 こいつらは、 最初から俺を殺す気なのだと。 どうせこいつには人なんか殺せない、 それならばいっその事殺してしまえと。


 ……もういい。 やってやるよ。

 俺は、 蹲っているスキンヘッドAの頭を凍った足で勢いよく踏み潰す。 男はピクリとも動かない。

 ……そこのハゲも殺す。 おジークもおウルも殺してやる。


「おぉ! やれば出来んじゃん! 行け! ハゲB!」


 ジークは嬉しそうに俺に向けて指を差すと、 男Bが走ってくる。 が、 男Bの両足を地面と一緒に凍らせる。

 うつ伏せに、 派手に転倒したその頭に氷柱を落とす。 この男ももう動かない。


「まだまだ! マイ! あと三人だ!」

「はい」


 刀を持ったハゲ頭三人が出てきた。

 Cが襲い掛かる。 殺す。 Dが襲い、 殺す。 E、 殺す。


「マイ! 残り全部行け!」

「はい」


 俺は無心で、 殺す。 殺す。 殺す。 殺した。



 はぁ……はぁ……疲れた……ちくしょう。

 周りを見渡すと地面は一面、 赤く凍った大地が出来上がっていた。


「良くった! 上出来だ! 初体験は痛かったか!?」


 ジーク、 お前今日イチ良い笑顔してるぞ。

 俺は息も絶え絶えに、 ジークに氷の槍を向ける。


「次は…… お前だろ…… ジーク」

「お、やるか? まぁそれも別に良いんだけどさ」

「はぁ……?」

「お前、 血を流しすぎだ。 ちょっと寝て頭冷やせ」


 ジークは人差し指を出し、 俺の額に触れる。

 その瞬間、 バチン!と、 脳天に雷が落ちた。




――――――――――




「どうよウル、 作戦成功だったろ?」

「お前……いつかアリスに殺されるぞ」

「それはしゃーなしだろ」

「まぁ……な」

「ウル、 後でこいつに治癒ヒールよろしくな」

「……おう」

「マイ、 収納よろしく」

「はい」


 手を翳すと、 アリスは光に吸い込まれて行った。

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