第5話 ジークという男

「ミスティ様と、 アリス様ですね。 お待ちしておりました。 奥で旦那様がお待ちしております」


 ずっしりと重厚感のある門が開き、 その中から出てきた彼女はそう言った。

 その姿は……どこからどう見ても……メイド。


 俺たちは紫電城もとい、 ジーク邸へと到着していた。

城……とまでは行かなかったが、 余程裕福なのだろう、    中々、 いや、 とんでもない豪邸だ。

 ジークとは、 一体どんなボンボンなのだろう。 中に案内され、 廊下を歩く。 高級そうな壺が置かれており、 壁には大きな絵画が飾られていた。


「旦那様。 見えられました」


 メイドが扉の前でノックをすると、 それは待っていたかのように開いた。

 部屋の中では、 ジークと思われる男とウルがテーブルを挟んで、 ソファに対面越しに座っていた。 テーブルの上には灰皿、 吸殻が数本。

 男がこちらに気づくとそのまま口を開いた。


「来たか。 俺はジークだ。 宜しく」


 男は座ったまま。 ウルの隣を指差した。


「まぁ座りなさいな」


 従い、ウルの隣に座る。 ウル、 足当たってるって。

 ミスティはジークの隣に座る。 メイドはジークの後ろで待機、 いつでも直ぐに命令が聞けるように。


「早速だが、 今後について話をしようか。 今から三年後、 神がこの世界を滅ぼす。 その前に俺たちが神を殺す」


 ……アバウトすぎんだろ。 俺はジークに質問を投げ掛ける。


「神ってのは、 俺の想像してる神で合ってるのか? 創造神とか破壊神みたいな」

「あぁ正にそれそれ。 神は何千何億年前か分からんが、 この世界を作った。 百年くらい前、 急に現れて世界を滅ぼすーって言ったらしい。 そういう言い伝えがある」


 言い伝えとな……


「それ、 信憑性は?」

「証拠って言えるのかは疑問なんだが、 神様が現れたその日から、 世界は赤く染まったらしい。 魔物ヒュームも現れなかったんだと。 それまでは海も空も青かったらしいぜ」


 まぁ全部言い伝えだけどな、 とジークはふっと笑う。

 確かに空も海も赤い。 魔物ヒュームとはまだ出会ってはいないが、 その内遭遇するのだろう。 何せ全てが言い伝え、昔話だ。 イマイチ信頼に欠ける。


「正直な所、 真偽は分からんが万が一に備えてやれる事はやっておくべきだと思うが」


 ウルがトントン、 と煙草の灰を灰皿に落とす。

 まぁそれしかないか。


「でもさ、 神ってどうやって殺すんだ? 実在してるかどうかも分からないんだろ?」

「それについてはウルが知ってるさ」


 ちらりとウルの顔を覗く。 あっ、 面倒臭そうな顔をしてる。


「まぁ俺は神官だからな。 ある程度の情報は把握してるつもりだ」


 あ、 やっぱりその神様を信仰してましたか。


「信仰はしていない。 成り行きでそうなっただけだ」


 そうでしたか。


「これは言い伝えと言うか、 教団内で噂されている話だが」


 煙草に火をつける。 退屈なのだろうか、 ミスティはジークの肩を枕に寝ている。


「この世界には六つの聖遺骸、 パーツが存在する。

頭・胴体・左右の手足だ。 それを全て揃えれば神様に会えるんだと」

「んでもそれも結局は言い伝えなんだろ?」

「ああ。 だが……聖遺骸パーツは確かに存在している。 揃えれば会えるというのは分からんがな」

「ちなみにそれは何処に?」


「マイ」

「はい」


 マイと呼ばれるメイドは一体どこから取り出したのか。 テーブルの上に三つのアタッシュケースがドスンと置かれ、 それが一つずつ開かれた。


「これだ。 右腕、 左足、 胴体」


 それぞれは、 木乃伊ミイラのように干からびている。


「あとの三つはこの世界にある各教団支部にあるはずだ。 マイは収納魔法持ちでな、 こいつが死なん限りは誰にも奪われない」


 フラグのように聞こえるが黙っておく。


「で、 その残り三つの聖遺骸パーツを持ってくれば六つ揃い、 神に会えるって訳か。 思ったより簡単そうだな」

「ところがそうはいかないんだ」

「?」

「教団ってのは神を信仰してる。 どっちかってと神側の人間。 世界が滅びる方を選んでんだ」


 うわぁ……中々ドロドロしてらっしゃる。


「だからさ、 教団に会って聖遺骸パーツ下さいが効かない訳なのよ。 俺らが神殺そうとしてんのバレてるし」

「まぁそれはそうだろうな。 どうすんの?」


「皆殺し」


 急にウルから放たれた言葉に固まる俺。

 それはもう決定事項のように。 ウルが続ける。


「今までそうして来たからな。 これからも変わらん。 教団連中には俺たちが聖遺骸パーツを奪いに来る事は伝わっているだろう。 道中は恐らく魔物ヒュームも出る。 そいつらも全て殺していく」

「ちゃんと保管されてれば良いけどなぁ。 どっかに隠されてたらもう分からん」


 ジークは煙で輪を作り、 遊びながらそう言った。

 人を殺し、 魔物ヒュームを殺し、 神を殺す。

 殺人など勿論したことのない俺は何も言えず、 ただ固まっている。

 ウルは、 そんな俺の心を見透かしたかのように。


「この旅で生きていくには、 殺しは絶対だ。 誰も殺さない、 皆で仲良く、 そんな事は考えるな。 お前が死ぬぞ。 既に教団にはお前の事も伝わっている筈だ」


「……あのさ」


 俺は口を開く。


「何で俺を召喚したんだ?」

「ミスティから聞いたろう。 本当に偶然だ」

「その召喚は、 本当に必要だったのか?」


 お前らパーティ組んでたんだろ。 メンバー呼んで何とかしろよ。 何故俺が。 見ず知らずの人間たちのために。 命を狙われ殺人を犯して。 そこまでする義理はない。

 そう言いたかった。


「……六つの聖遺骸パーツを揃える際、 他の世界の人間が居なくてはならない」

「それも、 言い伝え?」

「……そうだ」

「俺にもさ、 その、 殺人を犯せと?」

「必要とあればだが恐らく、 いや、 ほぼ確実にそうなる」

「いや……ほら、 そんなん……無理に決まってるだろ……」

「……」

魔物ヒュームは異形だろうからまだそんなに抵抗は無いだろうけど流石にほら、 人はさ……」

「……」


 弱虫、 意気地無しと思うならそう言ってくれ。

 俺には出来ない。 普通に考えて無理だろ。


 するとウルは煙草の火を消し、 立ち上がる。 火は完全には消えておらず、 吸殻にはほんの少しだけ火種が残り、 煙が糸のように上がっている。


「頼む。 この世界を守るため、 俺と一緒に来てくれ」


 頭を下げた。 ウルが。 ジークは驚き、 固まっている。


「お、 お前でも頭下げるんだな……」

「当たり前だろう」


 宴の際にも頭は下げていたが、 そんなものとは比べ物にならない程に必死なのは伝わって来た。 しかし、 頭を下げられたからといっても無理な物は無理だ。


「アリスさ」


 ジークが口を開く。


「この旅、 辞める? 俺は別にそれでも構わんぞ。 折角聖遺骸パーツ半分集めたけど。 全部揃ってもさ、 お前がおらんと神に会えんのなら続ける意味が無いわ」


 ミスティが目を覚ます、 何事かと目をキョロキョロさせている。


「旅するのを辞めたとしても既にお前の事は知られてるんだぜ。 今後教団からずっと命狙われるけどさ、 お前それずっと逃げ続けるとか出来ると思う? 無理じゃね?」

「それは……そうだけど」

「じゃあどうすんのさ。 黙ってやられんのか?」

「それは――――」


 その時、 マイが急に何らかの気配を感じ、 ピクリと動いた。


「旦那様」


 突然、 後ろから話しかけられたジークは驚く。


「うおっ、 何だ、 どうした」

「何者かがこの屋敷に侵入しました。 恐らく教団の手先かと」

「数は?」

「二十です」

「ガードはどうした」

「分かりません。 気配がありません」

「多分……やられてんだろなぁ。 マイ、聖遺骸パーツ隠しとけ」


 はい、 と、 メイドはアタッシュケースに、 青白く光る右手を翳す。 瞬時に三つのアタッシュケースは光の中へと消え去った。


「んじゃ、 ちょっくら行ってくるわ」


 そう言うと、 ジークは部屋の外へ出た。




――――――――――




「いやー、 おまたせおまたせ」


 暫くするとジークが帰ってきた。

 お疲れ様でしたと、 メイドが直ぐさま近寄り、ジークの汚れた頬をハンカチで拭いている。


「んで、 さっき思いついたんだが」


 何事も無かったように、 話を続けるジーク。


「アリスちょっと来いよ、 ウルも。 ミスティはもう帰って良い。 マイ、 送ってあげな」


 全員が従う。 ガーンという顔をしているミスティを後目に、 俺たちは別の部屋に案内された。

 廊下は……人間だったのだろうか、全員黒焦げになっていて判別が付かない。 紫電、 その言葉を思い出した。


「アリスお前、 これ見ても吐いたりはしないんだな」


 ジークは嫌味たらしく言った。


「ふーい、 おまたせ」


 部屋の奥にはスキンヘッドの男。 まだ俺と同い歳くらいか。 首輪で繋がれている。


「こいつ、 さっきの侵入者の一人」


 教団の者というわけか。 下を俯きガクガクと震えている。


「ウル、 俺は決めたぞ」

「何をだ」

「今からこいつとアリスを殺し合わせる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る