第4話 十五年

 ギルドと呼ばれる建物の前に立つ。

 俗に言う冒険者ギルドだ。 ウル邸から徒歩二十分程度歩いたところに、 そこはあった。 某狩りゲームの集会所があるだろ? あんな感じだ。

 ギルドの依頼は、 個人で依頼を受けても良いらしい。 数名でパーティを組むのが基本らしいが。


 ギルドに入る。ミスティは外で待っていると。

 酒(?)を飲んでいたガタイの良いオッサンはこちらを見ると驚いてすぐに目を逸らした。 今正に口説かれようとしていた魔女のような風貌の女性は、 隣の軟派男を無視し、 俯き、 戦慄している。


「神官様、 ご無沙汰しております」

 受付の女性が出迎え、 丁寧に頭を下げる。 はいはい、 とウルは返事。


「今日はこいつの身分証登録に来たんだけど」

「畏まりました。 ではこちらに記入をお願いします」


 受付嬢が用紙と鉛筆を俺に渡した。 先端は鋭く尖っている。


「代筆は?」

「可能です」


 流石に日本語は使えなかった。 文字が全然読めなかったので、 ウルに代筆を依頼した。

 任せろだと。 頼もしいぜ兄貴。


「じゃあ質問して行く。 分かる範囲で良いが、 出来るだけ答えるように」


 了解しました。


「名前は?」

「アリス」

「年齢は?」

「十七」

「想像していたより若かったな。 出身は?」

「日本」


 ウルの手がピクリと止まる。 少しの沈黙の後、 何も無かったように続ける。


「現在の住所は?」

「ない。 強いて言うならおたくのお家」

「だよな。 まぁ俺の家の住所を書いておこう」

スラスラと理解不能な文字を書いていく。


「兄弟は?」

「いない」

「両親は?」

「どっちもいない。 父は俺が二歳の頃、 母は七歳の頃に……ってそんな事も聞くのか?」

「いや、 俺が気になっただけだ」

「……」


 こんな感じのやり取りを五分程続けた。


「これで終わりだ。 ほれ、 出してこい」

 紙と鉛筆を渡される。 カウンターで待っている受付嬢にそれを渡す。


「ありがとうございます。 ではこのままお待ちください。 身分証は直ぐに出来ますので」


 了解しましたー。 その場で待つ俺は、 作業で忙しいだろう受付嬢に一つの疑問を問い掛けた。


「ここに来た時、 皆俺の事を見て怖がってたんですけど……俺何かしました?」

「いえ、 恐らくは皆様はアリス様ではなく……」


 受付嬢はちらりと見る。 目線の先には……ウル。

 なるほど、 怖いもんなぁ。


「優しい方なんですけどね。 静かな方ですから、 あまり分かって貰えなくて」

「優しい……?」

「あ、 できました」


 そんなこんなしている間に身分証は完成したそうだ。 一枚のカードを受け取り、 見てみる。 成程分からん。


「これでいつでもご依頼が受けることが出来ます。 採取から魔物ヒュームの討伐まで。 基本的にどの国のギルドでも使えますので、 無くさないよう大切にお持ちください」


 ありがとうございました、 俺とウルは外で待っていたミスティと合流し、次の目的地であるテレサに向かった。




――――――――――




「着いたぞ。 テレサだ」


 林の中を抜け、 俺たちはテレサに到着した。

 これは何とも……一言で言えば、 賑やかな町。

 アスファルト舗装は勿論されていないが、 地面は程よく整備されている。


「とりあえずここだな」


 ここは……服屋だな。 服を着飾った顔のないマネキンが腕を組んで立ちすくんでいるのが外から見える。


「じゃあ後は頼んだ。 先にジークの家に行ってるから、終わったら向かえ」


 ウルはミスティに小袋を渡し、 一人で行ってしまった。

 では行きましょうか、 と彼女はドアを開け店内に入る。  俺は黙って後ろをついていく。


 店内は明るく、 三体のマネキンが様々なポーズのまま固まっていた。 その内一体は右腕が取れており断面は赤く染まっている。 左腕は変な方向に曲がっていた。


「いらっしゃいミスティ、 久しぶりね。 その隣は……アリス様? お越しいただき、 ありがとうございます」


 そういうと彼女は深く頭を下げた。 胸元の隙間からチラリと見える谷間に、 俺は気づいていない振りをする。

 キティと名乗る彼女はこの服屋の店主だそうだ。 赤い髪と目。 ほんのりと紫に塗られた唇からは妖艶さを醸し出している。

 どうやら彼女も昨日の宴には参加していたらしい。 声を掛けてくれても良かったのに。


「それで今日はどうしたの?」

「アリス君に服を。 ずっとお兄ちゃんのお下がりというのも何だし」

「そう……。 それなら私はここで待ってるわ。 アリス様、 何かありましたらいつでもお声かけを」


 ミスティに選んでもらった服に着替え(もちろん試着室で)、 ミスティは先程ウルから受け取った袋の中から銀色の硬貨三枚を取り出し、 キティに渡していた。


 少しだけ、 ほんの少しだけだが俺たちは他愛も無い会話を交わし、 店を後にした。




――――――――――




「次はここです」


 服屋を後にし、 次に向かった先は――――喫茶店のように見える。


「ここ?」

「パルフェを食べます」


 ミスティは急ぎ足で店内に駆け込み、着席。 ゆっくりと進んだ俺は遅れて向かいに座る。 テーブルには既にお冷が二つ置かれていた。

 既に注文は済ませているそうだ。 仕事早いな。


「この後はジークの所に行く予定なんですけど、 その前にちょっとお話をしましょうか」


 俺はミスティの話を黙って聞く。


 かつてサーガという冒険者パーティがあった。

 ウルが神官修行で世界を回っている途中、 道中出会った人たちと結成したらしい。ジークもその一人だそうだ。

 で、 色々あって三年前に解散。 理由はリーダーが行方不明になったからだと。


「お待たせいたしました。 パルフェでございます」

店員が話を割るように入ってきた。


 注文していた、パルフェなる物が目の前に置かれる。


 こ これは……


 背の高い透明な容器に、 アイスクリーム(恐らく)や生クリーム(多分)。 見た事の無い色をしたフルーツ。

 元の世界で言う、 パフェだった。


「おいしーい! やっぱりパルフェだね」


 何がやっぱりなのか。 刺されている匙で一口大を掬い、 口に入れる。 口中いっぱいに、 甘酸っぱい果実の味が広がり、 その後に押し寄せてくるクリームの甘みが俺の舌を包み込んでいく。 久しぶりの甘味に、 俺の心は震えていた。


 確かにこれは美味い。 認めよう、 これはパフェであると。

 

 俺たちはしばらくパフェ――――パルフェを満喫し、 綺麗に貪り尽くした後、 会話を続けた。


「そう言えば二つ名ってのがあるんですけど」

「ほうほう。 雷帝とか死神とかそんな感じの」

「基本的にはご自身で付けることは無いんですけど、 アリス君は何か希望あるのかなーって」

「いや、 別にありません。 ミスティにも二つ名が?」

「私はそのまま、召喚師なんです。 召喚師ミスティ」

「良いじゃん。 シンプルで分かりやすい」

「アリス君にも、 いつか二つ名が付けられるかもしれませんね。 これは冒険者にはとっても光栄なことなんですよ」


 転移者アリス、 そんなんで良いよもう。

 ふと、 気になったことを一つ。


「ウルにも二つ名はあるのか?」

「えぇ、 今は神官なので呼ばれることはありませんが当時はありましたよ」

「どんな?」


 彼女は言う、 自慢げな表情で。


「魔王」


 一瞬、 思わず吹き出しそうになるが、 ここで笑ったらミスティに怒られそうなので押し殺した。


「そうか……魔王か……」


 それはそれは、 大層悍ましい名前だ。 ギルドの客たちはそれでビビってたとか……?


「ちなみにジークにも?」

「ジークは紫電と呼ばれていました」


 紫電。 かっけぇ……


 店を出て、 俺たちは魔王の待つ紫電城へと向かった。

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