第2.5話 召喚師

 男は涙を流しながら三人の有志の首を刎ねた。

 それらの首から吹き出た血液で、 大人一人は入れるだろう大きな魔法陣を描いた。

 完成したそれを囲うように、 まだ灯のついていない蝋燭を一本ずつ丁寧に、 一寸の狂いも無く立てていく。 等間隔に整列されたそれらは、 彼がどれほど真剣で几帳面なのかを伝えているようだった。


 爪の伸びた人差し指を口元に当て、 ふっと息を吹く。 指先には緑色の炎が浮かんだ。 蝋燭に火を灯していく。


 私は少し離れた場所で、彼の所作を食い入るように見ていた。 全ての蝋燭に火を灯し終え、 その場に座り込み両手を合わせて祈る。 神を殺すために、 神に祈っている。


 召喚師だった父はこの日、 一人の男を召喚した。 男は直ぐに意識を失い、 昏睡状態に陥った。 召喚された者は皆こうなるんだと、 父は私に説明してくれた。


 二人で手を繋ぎ、 帰路に着く。

 二人で夕飯を済ませ、 食器を洗う。

 二人で風呂に入り、 布団に入る。


 父は私の頭を撫でながら言った。


「お前ももうすぐ七歳だ。 そこから三年後、 十歳になればお前も召喚師の見習いだ。 その時が来ればお前に大事な話をしなくてはならないな」


 大事な話。 まぁいいや。 その時が来たら教えて貰える。 寝よう。


 ――――その時は未来永劫訪れない。


 まだ鳥の囀りも聞こえない時間、 慌ただしい物音で私は目覚めた。 父が外出の準備をしていたのだ。

 まだ眠い目を擦りながら父に何かあったのかと聞く。 男が目覚めたそうだ。


「行ってくるから。 お前はまだ寝ていなさい。 夜には帰ってくるよ」


 分かった、 いってらっしゃい。

 私は再度シーツに潜り、 眠りについた。




――――――――――




 翌日になっても、父は帰ってこなかった。 召喚された男が何処で休んでいたかなんて聞かされていない。 村中を駆け回る。 父を探す。 見つからなかった。

 そろそろ日が落ちる、 また明日探そう。


 もしかしたら帰ってきているかもと、 少し期待していたが、 家に着いてもやはり父の姿は無い。

 私の両足にはいくつもの傷が出来ていたが、 気にしない。


 その日の晩、 村長が家を尋ねてきた。

 ここまで走ってきたのだろうか、 彼は息も絶え絶え、 額には汗が滲んでいる。


 隣町の教会、 召喚された男はそこで目覚めたそうだ。 父は男の覚醒に間に合い、 説明する機会を得た。


 ――――が、 直ぐに帰ることが出来ないと聞かされた男は激高、 教会にいた十四名の内、 父を含む十三名が撲殺した。


 撲殺……凶器を一切用いず、 全て素手で犯行は行われていたそうだ。

 唯一の生き残りは神官見習いの少年。 別室で寝ていて気が付かなかったと。


 私は目の前が真っ暗になった。


 気が付くと私は自宅前に立っていた。 村長が送ってくれたのだろうか、 どうやって帰ってきたのかは覚えていない。

 帰宅するなり、 私はベッドに倒れ込んだ。

 シーツに残っている父の香りを肺に入れ、 泣いた。




――――――――――




 どれほど泣いていたのだろう。 外は明るくなっており、 カーテンのついていない窓からは光が大量に差し込んでいる。

 窓の外を見る。 私の心とは裏腹に、 雲ひとつ無い青空が澄んでいる。


 突然、 入口のドアが開いた。 もしかして泥棒? 枕を抱き、 私は恐る恐るドアの方を見る。 そこには――――


「おーっす。 食おうぜ」


 少年が立っていた。 あの、唯一の生き残りが。

 銀色の鍋を抱えて。


 この日は私の七歳の誕生日だった。

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