おはよう!Vampire!

48Vampire

第1話

朝靄が眠気を誘います。


光が輝きはじめたら、そろそろおやすみの時間です。


もう何百年も生きています。


今日は、さすがに疲れました。


どうやら彼女に別れを告げられたみたいです。



彼女と出会ったのは、西暦2018年のクリスマスでした。


BAR「バンパイア」のカウンターでその名を冠したカクテルを作っていると、少し先のテーブル席からなにやら不穏な空気が流れて来た。


「今日はもう帰るの!」


「マナミちゃん、もう少しいいじゃなか?今日はクリスマスだぜ」


「門限あるし!」

「いつもいつもそんなこと言って、今日は帰さないぜ」


帰ろうとする彼女の手を思いっきり引っ張ろうとする輩。


「大変お待たせいたしました」


ひと悶着起こしそうな雰囲気のテーブルに店の名前を冠したカクテルをトンと置く。


「おい、おい、俺はこんなの頼んでないぜ!」


「失礼いたしました。頼んだのは彼女です」


「え…」


「このカクテルは、この店の名前を冠したカクテルで、ドライ・ジンをベースにドライ・ベルモットとライムジュースをアレンジした、とても爽快感のある味の飲み物です」


「マスター、わたし…」

マナミの少し困った表情に

「マスター、余計なお世話だぜ。俺たちこれから…」


輩がマスターの目を見た瞬間、何かにとり憑かれたように呆然と立ち尽くしている。

次の瞬間、おもむろにテーブルに置かれたカクテルを掴み一気に喉に流し込んだ。

ガクンッ。

アッパーカットを食らってKOされたように膝から椅子に崩れ落ちた。


唖然としたマナミに対し

「彼氏は、少し飲み過ぎた様ですね。とてもサッパリした飲み物ですが、今回は少し違ったようです。でも大丈夫です。少ししたら悪酔いが醒めるでしょうから」


「でも…」


「酔いが醒めたら彼氏の家まで送りますから、あなたはこのままお帰りなさい」


「でも…」


「今なら門限、間に合いますよ」


ニコリとするマスターの目をマナミが視る。


「ありがとうございます」


急ぎ足でドアに向かうマナミの後ろ姿を美しいと感じた。


マスターの口元からキラリと光る白い歯…。


でも彼女はダメだ。

なぜなら多分、私は彼女に一目惚れをしてしまったらしい。


飲みたい。でも飲めない。


人間で言うと自分のウイスキーコレクションのように高価で貴重なものは、飾ってあるだけで一生飲む機会は無いのと同じだ。

しかも今の私には、全く必要のなものとなった。


確かに数百年前までは、人間のしかも美女の生き血を吸う事に固執している時期もあった。


しかしそれでは人間との共存は出来ない。

すぐに噂は広まりバンパイアの住処はどんどん狭まっていったのだ。


だから今では、そんな馬鹿なことは封印しているし、ときどき無性に美女の生き血が欲しくなる時は、特製の「美女の生き血」というトマトジュースをベースにしたノンアルコールカクテルを飲み干す事で心を抑えているのだ。


それでも彼女の生き血を飲みたいと思ったのは、おそらく彼女の事を相当気に入ったという事だろう。

そんな気持ちになったのは、何百年ぶりだろう…。


彼女の無事を知ったのは、翌日の夜、輩とキッパリと別れたという報告を彼女が店に報告に来た事で分かった。


「昨日はどうも有難うございました」


「とんでもござません。門限に間に合ってよかったですね」


「彼氏さんも無事に帰られた事だし」


「あの人は、もう彼氏じゃありません。私の事を大切にしてくれない人だと分かって、かえって良かったと思ってます。だからマスターには感謝です」


彼女が、OL3年目で只今婚活中である事は、服装や言動、態度に現れている。

ミニのスカートや濃いめの口紅も卒業し、落ち着いた感じのワンピースや清楚なブラウスにペールトーンのスカート、薄めの化粧だが華やかさは逃さない。 まさに「エレガントな女性」発展途上人である。


ある時はこんな事もあった。


「ねぇマスター、今度の彼氏どう思う?」


カウンターに座っている彼氏は少し頼りない感じがした。


「う~ん、少ししか話した事ないけど自分に自信が持てない感じだね。マナミちゃんのサポート次第だと思います」


「マスターもそう思う。でもマナミもサポートする自信はないのよ。どちらかというとサポートして欲しい方なのよ」


少ししてから彼女の隣に彼が座る事は無くなった。


またある時は

「ねぇマスター今度の彼氏どう?」


また来たか?


彼女がこの剛速球を投げてくる時は、既に結論は出てしまっている事は分かっている。


どんなボールを受け止めても投げ返しても答えは同じだった。


「素敵な彼氏ですね」

「優しそうな彼氏ですね」

「ユーモアのある彼氏ですね」

しかし翌日、彼女の横には誰も座っていなかった。 彼氏に原因があるとは思えない。

もちろん彼女にも。

世の中すべて「縁」なのだろうと思う。

どんなにイケメンでも優しくてもユーモアがあっても駄目なものはダメである。 「縁」が無かったの一言否二言で終了。


「ねぇマスター、わたしに原因があるのかな?」

変化球も投げてくる。

「ねぇマスター、わたしもう一生結婚できない!」

ズドンと落ちるフォークボールだ。

いつしか彼女はBAR「バンパイア」に一人で愚痴を言いに来る事が多くなっていった。


西暦2019年のクリスマスも当然おひとり様のご来店となった。


今どきクリスマスに門限のあるOLにつきあってくれる彼氏はいないのだろう。

いつものようにカウンターで店の名を冠したカクテルを飲んでいる彼女が言った。


「ねぇマスター、わたしの事どう思ってる?」


「んっ…」


これは…、魔球…、しかも野球盤の時代の「消える魔球」…間違いない巨人の星の星飛雄馬の…。


「ねぇマスター聞いてるの?」


「う~ん、いつも素敵な女性だと思っていますよ」


「そうじゃなくて!」


クリスマスという事もあり、周りはカップルだらけで彼女の機嫌が悪いのは十分に伝わった。

いつもなら1杯で終わるカクテルもおかわりを要求した。

「ねぇマスターってどこに住んでるの?」

はじめての問いかけに少し戸惑ってしまった。


「ここの近くですが、何か?」


「あっ~、そうそう、このビルの裏の山の手に不気味な古い洋館が立っているの知ってる?この間、マリコに聞いたんだけどその洋館に真夜中マスターに似た人が入っていったらしいの。まさかマスターの家じゃないでしょうね?」


「まさか…、私の家は純和風ですよ」


…実は、そのまさかです。


まさか見られているとは知らなかったな…これからは気をつけないと…。


「私に似たような感じの人は世の中に沢山いますよ。マリコさんもきっと勘違いしてますよ」


「そうかなぁ〜、マリコはとても目と鼻が良いんだよなぁ」


今度マリコさんが来店した時には記憶を消させてもらおう。


しかしこの急すぎる展開は、何なのだ。


「ねぇマスター、今日はマスターの家にお邪魔していい?」


げっ…MLB世界最速チャップマン級の剛速球だ。


「マナミさん、急にどうしたの?門限は?」


急に言われても純和風って言ったばかりだし、ベットは棺桶だし。


「さっきマナミの事をどう思ってるって言ったじゃない。それはマナミの事マスターの恋愛対象として見ているかどうかって事」


「う~ん、そんな事急に言われても…」


「ところでマスターって何歳なの?」


今度は超スローボール、日ハム多田野か…。


「400歳・・・、ん…、否、40歳です」


「え〜、見えない!でも全然大丈夫」


いつになくグイグイ来るマナミにびっくりしているとマナミが消え入りそうな声でポツリ。


「実は、誰にも話した事なかったけど私のママ、癌で入院しているの」


衝撃的な展開に息をのんだ。


「早くにパパを亡くして女手一つで私を育ててくれたママが…、だから早く結婚して安心させたいの」


「でもマスターも迷惑だよね、いきなりこんな話されて…」


「…」


マウンド上での投げそこないのボーク。ダルビッシュかな。


「マスターごめんね…、忘れて…」


「…」


カウンターにお代を置いて出ていくマナミ。


無情にドアが閉まる。


ドアが閉まってから5秒程度、透視能力で分かる。


彼女はドアの外で蹲って泣いている。


そんな人間の姿に最早我慢が出来なかった。


ドアを開けると涙でこちらを向くマナミの姿が目に入る。


「マスター・・・」


「マナミさんが本当に私で良ければお付き合いしていただけますか?」


「ねぇマスター、マスターはどうしてそんなに優しいの?」


「涙ふくハンカチはありますよ」


少しづつ、少しづつ彼女の涙が癒されていくのが分かった。


それから私たちは、お付き合いを始めました。


付き合いと言っても今まで通りマナミがBAR「バンパイア」に門限まで通うデートである。


しかしながらお互いの気持ちは通じていた。


まるで何年もつきあっているような感覚に陥っていた。


気になるのはマナミのママの事だったが、直ぐに手術をしたおかげで癌はひとまず取り除けたらしい。

これで結婚も急ぐ必要は無くなったのだが、後戻りも出来なくなった。

暫くしてカウンターの向こう側からカウンターの中に入りお店を手伝うようになり、春が来る頃には完全に夫婦二人三脚のお店みたいになっていた。


「マスター、ミント・ジュレップとギムレットお願いします」


「OK!」


マナミもだんだんとカクテルの名前も覚えてきた。


そんな時だった。

コロナという悪魔のようなウイルスが世界を席巻し始めた。

街中がマスク姿の人たちで溢れた。

御多分に漏れずBAR「バンパイヤ」でもだんだんと客足が減ってきた。

そう言えば昔、そんな時代もあったっけ。

鳥のくちばしのようなマスク姿の人々…、あれは確か「黒死病」だったか。

とにかく厄介な代物で戦いに勝つためには長い年月が必要だった。

数人から数十人、数百人、数千人、いったい何人の細胞に寄生すれば気が済むんだ。

私たちと同じように共存の道を歩んだ方が良いに決まってる。

「緊急事態宣言」が発令された。

客足はめっきり減り、BARなんて真っ先にやり玉にあげられるようになった。


「ねえマスター、昼間のランチ営業に切り替えない?」 ダメダメ、コロナじゃなくて別の原因で死んじゃうよ。


勿論、心の中で叫んでいた。

「マナミ、暑くなればだんだんとウイルスも減るだろう。それまで厳しくても頑張ろう」

勿論、バンパイアには予知能力は無い。

しかしオリンピックが延期となり、だんだんとコロナも落ち着きを取り戻し、GoToが始まると完全に以前と同じようにとはいかないが、少しづつ街に活気が戻りつつあった。


店は相変わらず客足はイマイチだが思わぬ副産物も生まれた。

「ねぇマスター今日も早く閉めちゃう?」

早く店を閉めた時は、マナミとの愛を確かめ合う時間となった。

思わず首筋にガブリといきたくなる時も何度もあったが辛うじて我慢した。

「時短も満更悪くないな…」


そして再びのクリスマスの頃、だんだんと感染者が増加して来た。

不穏な空気が街中に溢れる。

これはいよいよやばいな。

勿論、バンパイアには予知能力は無いが、おそらく誰でも感じられる時期に突入していた。


年が明けてすぐに2度目の「緊急事態宣言」発令。

今回は、前回よりも感染者も重症者も格段に増えている。

お店も時短どころか休業要請である。

出口の見えない長いトンネルに入り込んだようだが、出口は必ずある。

問題は、出口までたどり着くかだ。

バンパイアは全く問題ないが、人間はそうもいかない。

マナミも不満が溢れてきた。

「ねぇマスター、いよいよ昼間の営業に切り替えない。そうだ、いっその事BARを喫茶店に変えちゃうって言うのは如何?われながらいいアイデアでしょ」


「う~ん、私はBARが好きなので難しいよ」

(死んでもやだね!…ん…てゆうか死んじゃうね!)


「それにマナミと過ごせる時間が増えるんだからBARのままでいいでしょう」


「マナミは、マスターと昼間過ごしたいの。だって出会ってから今までこのBARでしか過ごしてない

じゃない」


「じゃあたまには店閉めて外行こうか?」


「そういう事じゃないの、昼間も過ごしたいの。もっとマスターの事が知りたいし、ママにも会って欲しい」


「じゃあ今からママに会いに行こう」


「…」

突然マナミが黙ってしまった。


これまでこの話題で揉めた事は何度もあったが、今回はついに終止符が打たれた感じである。


夜中に会いに行くのが非常識と捉えられてしまったのか、何度も同じ話題で揉めてあきれてしまったのかは分からないが、非常に気まずい雰囲気になっている事は間違いない。


それきり暫くの間マナミは沈黙していた。


「ごめん、マナミ。いつも言ってるように私は昼間が苦手なんだ。多分紫外線か何かのアレルギーだと思う。兎に角、今は駄目だ。そのうち医者にでも行ってくるよ」


マナミがこちらを向いた。


少し涙顔だ。


涙顔から涙声で…。


「ママまた入院しているの。心配かけるの嫌だったから黙っていたけど、癌が再発して…。だから今の時間は面会できないの」


久しぶりの剛速球。晩年の村田兆治か…。


「思わしくないのか?」


思わしくないのは、マナミの顔を見ればわかっているのについつい声に出してしまっていた。


「もう無理、私たち別れましょう。初めから夢を見ていた私がバカだったんだから…」


何も返す言葉が見つからなかった。


「…」


「マスター、ごめんね。私の事忘れて」


「…」


何か言葉を言おうとしたが発する言葉も見つからないと感じた時には、マナミは既に走り出していた。


ドアが無情に閉まる。


以前もこんな事あったと記憶をたどる。

そうだ透視能力。

必至にドアの外を見てもマナミの姿は、もうそこには無かった。

直ぐに追いかけなくては…。

しかし、頭でおもっていても足は一歩も動かなかった。

ある意味ホッとしている自分もいる。

所詮人間と暮らしていく事なんか無理だと思う。

この先マナミと付き合い、将来結婚となった場合は、私の本当の正体もわかる必要がある。

今まで騙していた事も、裏の山の手の不気味な古い洋館も、もちろん棺桶がベットでおまけに昼間に寝ている事も白日の下にさらされてしまう。


もう百年以上も前だが結婚した事もあった。

その時のプロポーズは、彼女の首筋を嚙んだ後に正体を告白した。

最初は泣き叫び、驚き過ぎて、気を失う程だったが、目が覚めると私と同じくバンパイアとなっていた。

こうして暫く結婚生活は続いたが、やはり彼女は元人間だった。

私のような生粋のバンパイアと違い、夜間の生活に嫌気がさしてしまった。

ある朝、太陽が輝き始める頃に外に出てしまい、光を浴びた途端に彼女の体は粉々になり、

跡形もなく消えてしまったのだ。

私は成すすべもなく館の中から透視能力で彼女を見送るしかなかった。

それからは、彼女もつくらずひっそりと暮らしていた。

流石に寂しくなり、世間との繋がりの為にBARを開店して今に至っていた。


また元の張合いの無い寂しい生活に逆戻りか…。

そう考えるとマナミとの充実した生活が思い出されて思わず涙が流れてしまった。

遅ればせながらマナミを失いたくない感情が沸々と湧いてきた。


「マナミを引き留めないと…」


私は、コウモリに変身して夜の空に飛び立っていった。


マナミと付き合う前だが、彼女の友達のマリコに帰宅したところを見られてしまってからは、コウモリに変身してから帰宅するようにしていた。


夜の空からマナミの姿をひたすら探す。


彼女の家の住所も電話番号もスマホすらも知らなかった事が改めて後悔となる。


バンパイアにはいくつもの特殊能力があるが、予知能力もマナミ対応GPS等は備わつていないのだ。


記憶をたどれ、記憶の糸を手繰り寄せろ。


マナミは以前「お家から海が見えるの」と言っていたのを一片の糸の先から見つけた。


海沿いを隈なく探そう。


既に海沿いの家々は、灯りが消えているところもあり、そんな状況で探すのは限界だった。


目で見るな、体で彼女を感じろ。


五感以外に身体の隅々の毛穴からも彼女を感じようとしたが、無理だった。


夜の海風が彼女の残り香までもかき消していってしまったようだ。


それでも一晩中マナミを探した。


薄っすらと明るさの変化がみられ、もう時間的に探すチャンスは無くなった。


「もう戻らないと…」


朝靄が眠気を誘います。


光が輝きはじめたら、そろそろおやすみの時間です。


もう何百年も生きています。


今日は、さすがに疲れました。


どうやら彼女に別れを告げられたみたいです。


館に帰りコウモリから元の姿に戻る。

もう何も考えられずヘトヘトに疲れたので棺桶に直行した。

棺桶に手をかけて中へ入ろうとした時に微かに感じた。  


マナミだ。


マナミが近くにいる。


真っ暗な部屋から透視能力を使って外を見る。


そこには、洋館の門扉の向こう側に立っているマナミの姿があった。


「マナミ…」


バカなのは私の方だ、彼女は全て知っていたんだ。


今すぐ彼女のもとに行って抱きしめなければ…。


棺桶を閉めて彼女のもとに行こうとした瞬間…門扉の向こう側にいる彼女の後ろから眩いばかりの太陽が…。


無情にも太陽が昇る時間となっていた。

ああ〜、駄目だ。

もう少し早く会えたら良かったのに。

何もかもが遅かった。

静かに目を閉じて再び棺桶に手をかけた時に微かにマナミの声がしたような気がした。


「ねぇマスター…」


「ねぇマスター…」


何度も私の名前を呼んでいる。


早く…。


彼女の傍に行きたい。

記憶をたどれ、記憶の糸を手繰り寄せろ。

何百年も前の頃、生粋のバンパイヤは、光を浴びても死なないと…。

バンパイアにされた人間が光を浴びると粉々になり、消滅してしまう…。

それがいつしか伝説となり流布された…。

そうか、だからあの時の彼女は…。



よし、勇気を振り絞れ!Vampire!


そして彼女のもとに行き、朝の眩い太陽の光を浴びた時に、こう言うのだ。


「おはよう!」


何百年もの間言う必要のなかった言葉を…。



私は、館のドアを開け、今まで生きる事が出来ないと信じていた世界に一歩足を進めていた。



「おはよう!マナミ!」



「おはよう!Vampire!」





        🦇🦇

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