第三十一話: トラベル気分とトラブル気質

 オオスズメが駆ける。

 両の翼を広げ、道行く歩行者を驚かせ、石畳をザッシャ! ザッシャ!と強く蹴り出しながら、町の大通りを全力疾駆する大きな鳥は僕の愛羽あいばイーソーだ。

 背中に僕と大人二人を乗せながら苦にした様子もないのは流石さすがモンスターと言うべきか。


斥候せっこう、まだ見つからないの?」

「ひひ……いくら俺が耳長好きでも、そう簡単なこっちゃないぜ、この広い町中の雑踏ざっとうじゃあよ」

「町の衛兵が見付けてくれたらいいけど……あ、スピード緩めた方がいい?」

「こんまま頼まあ。建物たてもんの中、深いとこにいたらお手上げだが、まずは辺りかっかさってこうや」

「まったくもう、どこ行っちゃったんだよ、ファル……」


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ファルーラが姿を消したのは、まだほんの十数分前のことである。


 宿で一服し、旅疲れを癒やした僕ら一行は、本日の用事を片付けるため数組の班に分かれた。


 ノブロゴ翁と従士たちは、この地を治める領主・オギャリイ城爵のもとへ挨拶に向かう。

 ジェルザ以下【草刈りの大鎌おおがま】の数名も、護衛と顔見せを兼ね、彼らと城まで同行する。

 アドニス司祭と巫女みこミャアマは神殿関係の用事で出掛けるとのこと。今日は戻らないそうだ。


 そして、宿に残った僕とファルーラは、大鎌の斥候を始めとする数人の大人たちに付き添われ、この城郭都市モットスの観光に繰り出したのだった。


 ただの民家一つ取っても、開拓村や幼少期を過ごした北の町とは趣が異なる。

 いくらか発展した我がエルキル領でも見られない様々な商品を扱う大店おおだな、そこかしこの露店が陳列させている珍品の数々、それらは買い物をせず眺めるだけでも十分に楽しめた。


 そんなこんなで、僕も大分だいぶ浮かれていたのだろう。

 露店の前でしゃがみ込み、品物を物色していたとき、引かれた手に反応するのがわずかに遅れた。

 それは、隣にいたファルーラが不意に立ち上がり、繋いだ手を引いた感覚だった。


 しかし、その感覚は一瞬のうちに消失し、振り向いたとき目に入ったものはまばらな雑踏のみ、伸ばした手の先にいたはずの幼女もまた忽然こつぜんと消え去っていたのである。


 すぐそばにいた大人たち……しかも、警戒・探査行動のエキスパートとされる職能ジョブ斥候せっこうを持つ中級冒険者の目さえもかいくぐったのは、どんな魔法マジックによるものか……いや、今は考えまい。


 慌てて周囲を探すも、幼き妖精の取り替え子チェンジリングの姿は見当たらず、今に至るというわけだ。



 イーソーに跨った僕ら三人は、店舗と露店が立ち並んだ商業通りを探し終え、そこはかとなく風紀の悪そうな歓楽通りへ進んでいった。

 と言っても、まだ明るい時間帯なので、開いているのは飲食系の屋台くらいのものだが。


『食べ物の臭いが漂うこの通りは、いかにも、あの子が誘い込まれてきそうだ』


「そろそろ僕はまた上に登って見渡してみるよ」

「待った! 俺も一緒に行くぜえ。この先はみちが細くて入り組んでらあ」

「ホントだ。イーソーに走ってもらうより屋根の上からの方が探しやすそうだね」

「ひひっ、一番早えのはボンが空飛んでくことなんだけどなあ」

「なるべく町の中で精霊術を使わないようにって言われてるんだよ。目立つ使い方はちょっと」

「……おい、俺はこいつイーソーでアンタらの下を追いかけていけばいいんだな」

「分かってるじゃねえの。頼むぜえ」


 イーソーから降りた僕と斥候は人目に付かない路地裏へと踏み込む。


風の精霊に我は請うデザイアエアー、跳ね上げろ」


 精霊術【高飛びハイジャンプ】ならば、二人まとめて二階建ての建物まで跳び上がるのは苦でもない。


「ひひひ、精霊術は使わねえとかなんとか言ってたか?」

「目立たなければいいんだよ」


『緊急事態だからな。でも、騒ぎになったり、衛兵にいぶかしがられたりしないよう気を付けろよ』


 一二いちにメートルほどの間隔で軒を連ねる建物の屋根から屋根へと僕たちは跳び移っていく。

 その間、僕は風の精霊術によって周囲の音と声を集め、ファルーラの痕跡を探し続ける。

 だが、こういった状況で頼りになるのは、やはり斥候スキルだった。


「お、やっとこ感ありヽヽヽだぜえ! 可愛い耳長ちゃんの気配……んんんんむ、あそこだ!」


 と、地上五六ごろくメートルはある現在地より更に上方……斜め上を斥候が指し示す。


 丘の斜面に広がっているこの町は、段々状に下から上へ、いくつかの区画エリアに分かれている。

 僕らの宿【幸運のターコイズ亭】があり、先ほどまで観光をしていたのはその下層エリアだ。

 家屋の屋上から見ても、一つ上の中層エリアまで高さにして軽く十数メートルはへだたっていた。


「あっ、見えた……って!?」


『あれは、まさか』


 仰ぎ見れば、水平方向にも百メートルほど離れた中層エリア、確かに小さな姿があった。


 大きな風船のようなものにぶら下がり、ゆらゆらと空中を流されながら。

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