第二十六話: 野営、あの夜の流れ星

 オギャリイ城爵領の中心となる城下町は、エルキル男爵領の北北東、羽車ばしゃに揺られてまるまる一日の距離があり、間に他の集落などは存在しないため、二泊の野営を挟む旅程となる。


「モントリーを走らせ続けたら二刻(約四時間)くらいで着いちゃうらしいけど、羽車じゃね」


『少人数ならともかく、今回は羽車三台に徒歩の護衛まで引き連れた大所帯だしな。更に言うと、乾期の盛りで【火ノ刻】の暑さは殺人的。大分だいぶのんびりとしたペースになるのもやむなしヽヽヽヽか』


 昼間の暑さが嘘のように冷え込む大草原サバナの夜、現在の時刻は【森ノ一刻(午後八時頃)】。

 精霊術【環境維持(部屋用)ルームエアコン】の暖房を効かせた羽車を降り、皆で焚火たきびを囲んで食事中である。


 と、頭上の夜空に赤く大きな流れ星一つ、後ろへ長い尾を引きながらまっすぐ飛んでいった。


「ねえ、シイリン、今のも星神さまかなー?」

「うーん、どうかしら。あ、これは前に読んだ書物に書かれていたんだけど、数多あまたの星々は――」

「司祭さま、どう思う?」

「あのような流星は、伝令神メンミルの命を受け、戦女神アーララのもとへ向かう小神とされます。ファルーラは星の神に興味があるのですか?」

「うん! また会えるといいねー」


 ファルーラだけに限らず、皆、先日のとある事件を思い出したのだろう。

 自然、話題もくだんに関連したものへと移り変わってゆく。


『そう言えば、アレには心底、驚かされたな』


「今回、こうして買い出しに付いてくることになったのも、元はと言えばアレが原因なんだよね」


 目前の焚火に当たっていても感じられる肌寒さに身を小さく震わせ、背にしたモントリー――愛羽あいばイーソーのふかふかの羽根に深くゆったりもたれかかる。


 そうして思い返すのは、数日前の【聖浄の星祭りサン・テグジュペリ】を震撼しんかんさせた驚くべき奇跡についてだ。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あの宴の夜、吟遊詩人がうたう「創世のうた」に耳を傾けた後、僕は家族と共に過ごしていた。


――シャン!


 そんな鈴の音が鳴り響いたのは、一家団欒だんらんを四半刻(三十分ほど)も味わった頃だったろうか。


 神殿の門より現れた巫女みこミャアマが、月と星をかたどった飾りといくつもの小さな鈴を付けた錫杖しゃくじょう――祭楽器クレセントをひと鳴らしすると、後から祭儀用の豪華な礼装をまとうアドニス司祭がいつも以上に秀麗な姿をあらわとした。


「「「「「はぅ……」」」」」


 村の女性たちが目をとろけさせ、その場へ膝から崩れ落ちていく……のはさておくとして。

 吟遊詩人は演奏を止め、好き勝手に騒ぐ村人たちも口をつぐみ、徐々に腰を下ろしていく。


 やがて、多くのテーブルが並ぶ祭り会場における空白地――開けた一画にしつらえられた、学校の朝礼台めいた小舞台へと登ったアドニス司祭は、皆の視線を一身に集め、おごそかに口を開く。


「今宵、臥所ふしどにありて天になき月の女神レエンパエマよ、その清閑せいかんを司りし数多在あまた まします星の神々よ」


 思わず聞き惚れてしまうアドニス司祭のバリトンボイスによる祝詞のりとが広場にあまねく響き渡る。

 その左腕が大きく斜めに振り上げられ、右手は口元へ添えるような形で胸の前にかざされた。

 朗々ろうろうとした声、大きな手振り、その様はどこか舞台上のオペラ歌手を思わせる。


「授かりしかて万謝ばんしゃを。解き放たれし魔素まそつつしんで世界へお返したてまつる。我らが祈念とあわせどうぞ受け取りたまえ。人生が遙か四方よもの果てまでも全くすくやかくあらんことを。その聖心みこころに違わぬよう、人世じんせいが遙か四方の最果てまでも安くたいらけくならんことを。星芒せいぼうもって、しか聖覧しょうらんあれ!」


 祈りの句は軽く五分ほども続いた後、一際高らかな声によって結ばれる。


 ふと気付くと、祭りの熱気にどこかよどんでいた空気がえもいわれぬヽヽヽヽヽヽ爽やかさに満たされていた。

 大勢の人が非日常の喧騒と酒食を為したことによって溜まってしまった魔素が払われたのだ。


 少なからず魔樹や魔獣を留めているこの村は、普段から割りと魔素の濃度も高めだったりする。

 とは言え、不思議物質・魔素を集めすぎれば、何かと困った事態を招きかねないのも事実。

 具体的には、魔獣モンスターが集まりやすくなったり、最悪、突然発生したりすることまでありえる。

 よって、このような祭りの締めには司祭の祈りが欠かせない。


 だが、そのときだ!


 天空を駆ける無数の流れ星、一筋だけが消え去ることなく不自然に軌道を曲げたかと思えば、この場の一同がどよめく間さえ与えず、強烈な光を発しながらまっすぐ地上へ向かってきた。

 落ちくる星の光は一瞬で頭上を覆い尽くすほどとなり――。


 瞬き一つ、全員の咄嗟とっさつむった目が開かれたとき、元の夜闇と共にそれはそこにった。


 誰も彼も、酔っぱらいや幼児たちでさえ声を上げることを忘れ、それ・・を仰ぎ見た。


 アドニス司祭と村人たちの間、見上げる位置に浮いている光り輝く人の形・・・を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る