第四十七話: 震撼する開拓村

――ズズズズズズズゥゥゥー……ン!


『……はぁ、毎朝、毎朝、よくも飽きずに来るもんだ』


「参っちゃうよ。おかげでダンジョンにも行けやしないしさ。牧羊樹ぼくようじゅ、増やしたいのに」


『例年通りなら、乾期の訪れまであと二ヶ月強、こんなことにわずらわされている暇はないからな』


「僕たちが何をしたって言うんだか!」


『そこは、まぁ、奴にしてみれば住居不法侵入なんだろうが、実害は無かっただろうになぁ』


 延々、ぼやきながら、遥か彼方かなたへ飛び去っていく鳥のジャンボの姿を睨む。


「ルーっフーっ! おつかれさまー! もう来なくていいよー!」


 珍しくプンプンヽヽヽヽ怒った様子を見せながら両手を口の横に当ててファルが叫んだ。


「うえええええん! もぉ地震やだあああああ!」

「本当に、いつまで続くんだろうねえ……」

「だいぶ生活も良くなってきたと思ってたら、イナゴからこっち、不運続きだものねえ……」

「おぉーい! 今日は溜池ためいけそばみたいだぞ!」

「ギャア! 水車小屋が傾いちまってる! 誰か手伝ってくれーい!」


 しばらくして轟音と地揺れが落ち着くと、村中が騒然とし、人々が慌ただしく動き始める。


 遺憾いかんではあるが、この光景もすっかり見慣れたものとなりつつあった。

 なにせ、僕らがダンジョンから帰還して以来、毎朝、お決まりの出来事なのだから。


 この、巨鳥ジャンボによる空爆・・は……。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 連日、一日の締めとして行われる会議においても、議題はやはり空襲のことが主となる。


「今朝の岩は七メトリ(約八・四メートル)と小さめだったんで、さしたる被害は出てません。南の溜池でつつみが少し崩れたくらいでしょうかネ」

「あらあら、まあまあ……」

「村の中にだけは落とさんでくれておるな。狙いが甘いのか、手心のつもりか、判断できんが」

「ショーゴちゃんが言っていた通り、意外とナイコーンちゃんのおかげなのかも知れませんわね」

「でしょ? あの鳥、ダンジョンで追いかけてくるときも微妙に躊躇ちゅうちょしてた気がするんだ」


 鳥避とりよけ、それもあの角無しウサギナイコーンを村に留めている理由の一つだった。

 いくらなんでも、あれほど巨大な鳥のジャンボにちっぽけなウサギが見えているとは、まして恐れるとは思えないが、仮にほんのわずかでも効果があるのだとしたら儲け物と言えるだろう。


 領主マティオロ、母トゥーニヤ、僕、ノブさん、村の顔役たちと冒険者【草刈りの大鎌おおがま】――お決まりの面々が今夜も集会場に集まり、あれこれと話し合いを続ける。


「ともあれ、被害は決して小さくない。いいかげん、どうにかやめさせたいところだ」

「まずいのは! ルフが頻繁に飛ぶことで、大幅に乾期の訪れが早まることもなんだよ!」

「ええ、由々ゆゆしきことに、アレが来るようになってから雲が目に見えて散らされてってマス」

「あらあら、それは困ってしまいますわ~」


 この辺りでは乾期の訪れを知らせる風物詩と言われているルフ――鳥のジャンボだが、それは単に奴がこの時期に活動を開始するという事実だけに由来した呼称ではない。

 実は、あの巨大な飛翔体は、明確な意志をもって、空に浮かぶ雨雲を散らして回るのである。


 とは言え、平時なら飛ぶ頻度はせいぜい週に一度、ゆっくり大草原サバナを乾燥させてゆくところ。

 それが今は毎日、爆撃用の大岩を抱えて力強く飛ぶのだから、結果はお察しというものだ。


っても、ルフは文句なく特級モンスター、天災ッスからね」

「しかも手の届かねえ空の上を飛んでると来たもんだ。ありゃあ、どうしようもないですぜ」

「……でも、来る時間がほぼ決まってて、石を落とすときは低く飛ぶでしょ? 何かやれること、あるんじゃないかな。ただ追っ払うだけならさ」

「おいおい、ボン! 低く飛ぶったってウンびゃくメトリは下らねえ高さだぞ」

「これ以上、いからせっちまったら大事おおごとだからねえ! アタシらもそこまでは付き合えないよっ!」


 毎朝、空から大岩を落とされ、食糧の備蓄がない状況で冬――乾期の訪れを早められる。

 それらは確かに、この村にとっての死活問題ではあるが、あんな奴が自重せず暴れまくれば、誇張抜きに国一つくらい滅びそうではある。皆が及び腰になるのも無理はなかろう。


「結局、ルフは打つ手無しか……。では、次! 二度目のダンジョン行きについて詰めるぞ」

「そんなら、まずモントリーと荷車は最低でも倍に増やしたいんですがね」

「昨日も言ったが、人数が増えりゃ護衛しきれなくなるぜ? それに大勢であの湖を渡れるか?」

「群れたモントリーを襲うものなぞ多くはあるまい。不安ならば――」


 巨鳥の空爆からダンジョン探索に、議題は次から次へと尽きることなくげられていく。

 この日の夜も、遅くまで集会場の明かりが消えることはなかった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 夜明け前、普段起きる時間よりずっと早く、辺りも真っ暗な【山ノ一刻(午前三時頃)】。

 屋敷の不寝番をしているノブさんの目を盗み、僕は子ども部屋の小さな窓から外へ飛び出す。

 今はスコールも止んでいるが、空は厚い雲に覆われており、気温がかなり低い。


『おい、楽天家。やはり誰かには言っておいた方が良いと思うぞ。マティオロ氏やノブ爺さん、ジェルザさんでも、案外、ちゃんと話せば協力してくれるんじゃないか?』


「うーん、まだ効果があるかどうかも分からないし、一度、やってみてからにするよ」


 大人たちに話せば絶対に反対されるだろうと思い、誰にも言っていなかったが、僕には一つ、鳥のジャンボに対して試してみたい策があった。


「よし! これの扱いには大分だいぶ慣れてきたし、そろそろ次の段階に進もうかな」


 現在いま、僕の背には身の丈を超える長さの赤いマントが羽織はおられている。

 艶々つやつやとしたビニールっぽい質感を持ち、精霊術【風浪の帆ホバーセイル】の風を受けて水平方向へはためくそれは、ダンジョンで手に入れた【ブラッドアノマルルスの皮翼ひよく】という素材だ。


「行っくよー! せーの!」


 という掛け声に合わせ、僕は風の精霊術によって全速力で垂直上昇する。

 五メートル、十メートル……一瞬で数十メートルの高さを超え、なおも高速で上昇していく。

 あっという間に高度は五六百ごろっぴゃくメートルに達し、分厚い層を成す雨雲の中へと一気に突っ込んだ。


「……っと、この辺りで良いかな」


『奴が飛ぶのは決まってこれくらいのはずだ。周り中が雨雲だし、ちょうどいいんじゃないか? 一応、雷には注意しておこう。それにしても、気流が凄まじい。マントがなければもみくちゃにされてただろうな』


「まだなんにも加工していないのに、風の精霊術と相性抜群! 【環境維持エアコン】にも対応してるし。これは人気の素材っていうだけのことはあるよ。欲しいなあ。パパ、くれないかな」


『ははっ、勝手に持ち出したことは絶対バレないようにしないとな』


 強力な風属性素材――この赤マントが、上手くすれば僕らの勝利の鍵となるはずなのである。

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