第三十九話: やったか? 羽根と角
僕の振るったスコップは、自分でも驚くほど
「ぷきゅっ!」
クリーム色をした毛玉が、目の前で二つの影に分かたれ……下草の中へと落ちていく。
――ざわっ!
「シェガロ!」
「バッ――!!
「おいおいおいおい……冗談じゃねえぞっ!」
いや、確かにうっかりしていたことは認めるにしても、今のは貰い事故のようなものだろう。
日頃から地の精霊術により刃を
『ああもあっさり切れてしまうとは、
「うーん、まぁ、やっちゃったものはしょうがないよね。……とりあえず
「待ちな! まず森を出る! そこで様子を見るんだ!」
全員、もはや脇目も振らぬ様子で木立の間を駆け抜け、見渡す限りの草原へ飛び出していく。
そして、休みも取らず息を荒げたまま、周囲の深い草むらを刈り
僕は一人、離れた場所で空中に浮き、周辺警戒をしつつ事態の推移を見守る。
不幸中の幸いと言えるだろう、見渡す限り、辺りに他の敵の気配はなさそうだ。
「もしも、狂化が始まっていたら――」
「分かってる。僕が一人で別方向へ飛んでいって全部引きつけるから」
「くっ……ぐぅむむむ……頼んだぞ! だが諦めるな! パパが絶対に何とかしてやる!」
「うん、頼りにしてるよ」
「……来た!?」
まだ姿は確認できない。
しかし、森の中より、深い草むらをガサガサと揺らしながら、何かが進み出てきていた。
それはすぐに草を刈っておいた前方三十メートルほどの距離にまで辿り着き――。
「あたま……さわって?」
のっそりと、長い毛に包まれた全身を現したのだった。
「ひいいぃぃぃ! 出たあ! や、やっぱり復讐ウサギだあああ!」
「もう盾なんてしまっとけ! キレた奴らァ、射程二十メトリ以上、バカ威力の
「群れの規模によっちゃ……どうにか百くれえまでなら……もし、千を超えるなら……」
その姿を目にした途端、従士見習いが悲鳴を上げ、冒険者たちの間に
「あたま……」
「おっ、おん? なんか……こう、ちぃとばかし様子おかしくねえか?」
「確かに、発狂は……してねぇっぽいなぁ」
「アッハ! 後続の気配もなさそうだね! 安心しな! あれ一匹だけだよっ!」
どうやら、僕らを追いかけてきていたウサギの群れに関しては、上手く
現れたのはたった一匹、少なくとも昂奮している様子などはまったく見られない。
「さわって?」
「と
そう、それは、先ほど僕が一刀の
落ち着いてみれば一目瞭然、特徴的なアレが、しかるべき場所に存在していない。
出会い頭、スコップの刃により根元から斬り落としてしまった、あの長い
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
左手の方向、ざっと百メートル向こうに望む
あれから一刻(約二時間)ほど経つが、辺りの様子は、拍子抜けするほど落ち着いていた。
「……あたま、さわって?」
それさえ除けば。
「あいつ、まだ付いてきてるね」
「何が狂化の引き金になるか知れん。放っておけ」
結局、現在に至るまで、あのウサギ自身を含めてモンスターの暴走は起こっていない。
ひょっとして角を切るくらいなら問題なかったのでは? そう思い、
「そいつはねえなあ。あの角は良い素材になるらしくてよ。過去にいろいろ試した奴はいんのよ」
「……
「まっ、結論としちゃあ、たとえ角だろうと手傷を負わせたら奴らは発狂するんだとよ」
「えー、みんな、戦闘中はガンガン角を叩いてませんでしたか?」
「そりゃ、おめえ、当然、ポッキリいっちまわねえよう気ぃ付けてたぜ」
「
『考えても仕方なさそうだ。今回は運良く怒らせずに済んだ……そう思っておくとしよう』
「詳しく検証したりするには、あまりにもリスクが大きすぎる生き物だしね」
背中越しに振り返ると、力なく鳴きながら、とぼとぼと歩く角無しウサギが遠くに見える。
「あたま……あたま、さわって?」
「もう付いてくるなって。怒ってないなら森に戻りなよ。角を折っちゃったことは謝るからさ」
聞こえるはずも、通じるはずもない言葉をなんともなしに掛けてみたり。
「キャー……ア! キャー……ア!」
遠くから響いてきたこの高い声は、
そちらへ目を向ければ、傾き始めた太陽を背景に、あのクサイドリたちが空高く旋回していた。
「お? あのハーピィども、なんか小綺麗にしてやがんぞ」
「ひひっ、ああしてりゃ見てくれは悪くねえよなぁ」
額に手をかざして遠くの小さな影を凝視しつつ、
「あの鳥、ハーピィって言うんですか?」
「おう、あんなんでも下級モンスターよ。大抵はもっとずっと小汚ねえんだわ」
「町や村の
「へえ」
確かに、あんなのが頭の上を飛んでいたら、おちおち食事もしていられないだろう。
「……とどめ刺しておいた方が良かったかなぁ」
「ん? まぁ、ダンジョン中じゃ大した害もない奴らだしな。わざわざ相手にしなくて構わんぜ」
「自分らより数が少なくて弱そうな相手だけしか襲わねえからよ」
「ああ、なるほど」
『やっぱり、あの三羽だよな? もう
ちょうど数も合う。僕が単独で闘い、高温スチーム
「キャー! ケラケラケラケラ……」
いや、別に情けを掛けたのではなく、ましてや、女の姿に
殺したとて何が得られるわけじゃなし、そうする必要はないと判断したまでのこと。
「あたま……さわって?」
結果的に見れば、それがあのウサギを怒らせずに済む
何はともあれ、
この木立はいずれ改めて再調査してみたいところではあるが、今回はここまでだ。
【紅霧の荒野コユセアラ】探索二日目も
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます