第三十八話: 兎にも角にも脱する一行

 同属を一匹でも殺されたが最後、近隣にむすべてが発狂、手を下した者に復讐ふくしゅうげるまで止むことのない捨て身の集団暴走スタンピードを始めるという魔獣アンガーウサギとの戦いが続く。


「名前はアルミラージだっってっだろうがよ」


 深い下草の中から散発的に飛び掛かってくる数匹をさばき続けるマティオロ氏には余裕がうかがえる。

 愛羽あいばのモントリーを操りながら羽上ばじょうで長剣を振るい、長い角による突撃を危なげなく受け流すバリィ

 隣に騎羽を並べたノブさんも上手くウサギをあしらっている。流石さすがに余裕はなさそうだが。


 彼らの後方には同じくモントリーに跨った村の若者たち三人の姿もあった。

 こちらは揃って身を縮こまらせているだけなのだが、狙われにくい位置取りと味方のフォロー、騎乗しているモントリー自体の強さと賢さのおかげで意外となんとかなっているようだ。


「あたまさわって!」

「チュチュン! チュン!」


『この調子ならまだしばらくは問題なくしのげそうだな』


 ならば、と僕は周囲でより多くのウサギを相手取る冒険者たちの頭上へ向かう。


「ジェルザさん!」

「ああ! ボンか! 無事だったようだね!」

「ご心配をおかけしました。何か手伝えることはありますか?」


 鬱蒼うっそうとした木立こだちの中にぽっかり数百平方メートルほど開けた広場でみんなは戦っている。

 どうやら、自然に倒れた数本の大木が、周りの草木をなぎ倒したことで生まれた空間のようだ。

 深い草藪くさやぶも彼らのトレードマーク・草刈り鎌によって刈られ、戦いの場バトルフィールドが構築済みである。

 そこに魔術師さんと神術師さんを除いた四人が広く展開し、十匹近いウサギを引きつけていた。


 熟練の中級冒険者である彼らは、全員がマティオロ氏にまさるとも劣らぬ手際の良さだった。

 しかし、敵の数が多く、ほとんど休む間がないためだろう、皆が皆、少なからず手傷を負い、だいぶ疲労が溜まってきている様子も見て取れた。


「しばらくウサギが近付けないように……土の壁とか――」

「ハッ! アンタは休んどきな! その手は不測の事態に備えて取っとくとするよ! 魔術師!」


 ジェルザさんのその掛け声に応じ、後方に控えていた魔術師さんが魔法術の詠唱えいしょうを始めた。

 同時に、普段の粗暴な態度からは想像しがたい、まいを思わせる繊細な身振りと足取りを交えつつ、虚空へ複雑な文字を描くかのように魔術杖が振るわれていく。


「オーキヒ・ピリビ! 創世のことわりる者の解を聞け。来たりてつどえ、微睡まどろみの雲。安らかなる忘我ぼうがの園へといざなわん」


 詩吟めいた、舞踊めいた、オーケストラの指揮者じみた、そんな詠唱が完結し、魔術師さんの声と動きが止まった瞬間、彼の前方十メートルほど先の空間にもくもくと煙がき出してきた。

 周囲に立ちこめているあかもやより余程ハッキリと目に見える水色の煙は、瞬く間にその一画を覆い尽くす。


「あたまさふぁ……ぷぅ」


 すると、その中からガサガサいう草擦くさずれの音に被さってドサッ! ドサッ!という物の倒れる音が立て続けに上がっていった。

 見れば、深い草むらの中で動かなくなっているウサギを三匹ばかり確認することができた。

 そこで改めて周辺を見渡してみれば、同様に草むらの中で、そして地面や倒木の上で動かなく……いや、ぷぅぷぅヽヽヽヽと小さないびきヽヽヽをかきながら眠りこける何匹かの姿も目に入ってくる。


姐御あねご、眠りは今ので打ち止めでさァ」

「上等!」


 なるほど、包み込んだ者をまとめて深い眠りのふちへ落とすという魔法術【睡の雲オーキヒ・ピリビ】か。

 姉のクリスがしきりに覚えたがっていたので僕も名前だけは知っていたが、これは確かに強力だ。

 ウサギを傷つけることなく数減らしをするのにもってこいの効果と言えるだろう。


「あとは神術師! 首尾は!?」

「……聖水が足りぬ。もう十分」

「遅い! 起きっちまうだろうが! 三分でやんな!」

「……へい」

「ボンクラども! 完成と同時に下がるからね! 最後だからって気ぃ抜くんじゃないよ!」


 後方でモントリー騎羽きば団にじゃれついている二三匹にさんびきほどを含めても、もはや飛び掛かってくるアンガーウサギの数は十に満たない。

 このまま戦い続けていれば増援がやってくる可能性もあるにせよ、戦況は落ち着いてきたか。


「どおっせい! こんだけ減らしときゃ、逃げんのも楽にならあ」


 立ち木の枝から飛び掛かってきたウサギの重い一角突撃を、両手で構えた盾によって受け止め、脇へと放り投げた射手いてさんが口元に軽く笑みを浮かべながら言う。


 そうこうしているうちに、敵対者の侵入を防ぐ神聖術の結界【聖浄結界ポフ・アラハシス】が張り巡らされた。

 神術師さんを中心として一辺五六ごろくメートルのきらめく立方体が現れたかと思えば一瞬で消失し、同時にその範囲内にいたウサギが――睡眠中のものを除き――まとめて外へと弾き飛ばされる。


「今! 総員退却!」


 ジェルザさんのその掛け声に応じ、冒険者たちは一斉に回れ右、深い下草をザザシャアっ!と掻き分けながら後方へ向かって走り出す。

 すぐに五羽のモントリーに乗った騎羽きば団とも合流、全員で木立こだちの中へ駆け込んでいく、が。


「あたまさわって!」

「あたま!」

「あたまさわ――」


 広場の中央付近に依然として――誰の目にも見えないものの――残されている神聖術の結界を迂回うかいしながら、なおも相当な数のウサギどもが、背後の草むらの中を追いかけてきている。


「シェガロ! 何か足止めはできるか!? 嫌がらせ程度で構わん」

「やってみる」


 みんなの頭上を飛びながら、僕は追っ手に対し、いくつかの精霊術を請願せいがんしていった。

 粘液、突風、土壁……範囲や即効性を重視すれば強度が落ち、どれもすぐ突き破られてしまう。

 それでも立派な足止めにはなっており、彼我ひがの距離は徐々に広がっていく。


『よし! これくらい引き離せば、もう追いつかれないだろう』


「あいつら、走るのは速くなさそうだしね……って、火の精霊に我は請うデザイアファイア、燃える刃を成せ」


 前方へ視線を戻し、進路上に大きな弧を描いてぶら下がっている太いつたをスコップで焼き切る。

 と、密集した樹冠じゅかんにより頭上を覆われているために薄暗い景色の先、明るい光が見えてきた。


「もうすぐ森を抜けるよ!」


 スコップを右下方へ振りきった体勢のまま、そんなジェルザさんの声を耳にした、そのとき!


 前方左手にそびえる太い樹のかげから何かが飛び出し、僕は反射的にスコップを振り上げる。


「あたまさ――……ぷきゅっ!」


 聞こえてきた鳴き声の意味が理解できたのは、スコップの刃を完全に振り抜いた後だった。

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