第十二話: 領主屋敷、男爵家の人々

 母トゥーニヤと手を繋いで家に入れば、奥のダイニングスペースには大勢の人が集まっていた。

 この玄関入ってすぐに広がるリビングダイニングは、およそ|二十二畳――幅五メートル、奥行七メートル、三十六平方メートルほど――の広さがあるものの、椅子やテーブルなどが置かれ、体格の良い大人七人を含めた十数人でいればいささかの手狭てぜま感がある。

 仮にも領主屋敷マナーハウスを名乗るのであれば、流石さすがにもう少し広さが欲しいところだ。


 【草刈りの大鎌おおがま】を招いたホスト側の領主夫人である母はともかく、子どもの僕はリビングで大人しくしていた方が良さそうだな……と思った、そのとき。


「ママーっ!」

「あらまあ、元気ですね」


 母の姿を目にした姉と妹たちが、奥の方から勢いよくこちらへ駆け込んできた。

 真っ先に飛び込んできた姉――十一歳になるクリスが、まずドン!と僕の身体からだを突き飛ばし、母の胸元にぎゅーっヽヽヽヽと抱き着く。


「「まーま!」」

「はい、ママですよ~」


 その後、やや遅れてとてててヽヽヽヽと走ってきた妹たち――二歳になった双子のラッカとルッカが、慌てて身をかわした僕の脇を抜け、クリスの左右から母の両脚へとぶつかっていった。


 あぶない、あぶない……。この妹たちはまるで僕の姿が見えていないかのように、と言うか、僕の方がけることを当然のものとして動き回るため、かなりの注意が必要だ。


 どちらかと言えば父マティオロに似た容姿を持つ僕に対し、この三姉妹は母そっくりの容姿をしている。美しい銀髪を長く伸ばし、肌は日焼けしていてもなお透明感ある白さで目に眩しい。

 逆に、中身の方は、何故か揃ってマティオロ氏を思わせる傍若無人っぷりが目立つのだが。


「ほら、三人とも、お客さんの前だよ。ママを放してあげなって」

「「はあ? なんでぇ?」」

「ふふん、そんなこと言って、ママを取られて悔しいんでしょう? ほんと、子どもなんだから」


 いや、子どもは君だ。

 まったく仕方のない姉である。


 どうしても母を放そうとしない妹たちのことは諦め、僕とクリスの二人だけでリビングに残る。

 双子を抱き上げた母が奥のダイニングへ向かうと、入れ替わりに数人の冒険者がやって来た。


「嬢ちゃん、ボン、ここ構わないかい?」

「いいですわよ!」

「ええ、どうぞ」

「うへへ、そいじゃ、お邪魔するぜえ」


 このリビングスペースには、低めで小さなテーブルと数人掛けの長椅子がしつらえられている。

 そこへクリスと僕、冒険者の斥候せっこうさん、戦士さん、射手いてさんが並んで腰掛けた。


 奥のダイニングスペースへと目をやれば、非常に大きなダイニングテーブルを囲む十脚以上の椅子に、父と母と小さな双子、冒険者のジェルザさん、魔術師さん、神術師さんが座っている。

 テーブルの上には、既に大皿の料理がいくつも並べられているが、こちらの配膳が終わるのを待っているのだろう、まだ誰も手を付けてはいないようだ。


 すると、ゴロゴロと音をさせながら右手奥のキッチンより料理を載せた配膳車キッチンカートが姿を現す。

 その持ち手を取り、押してくるのはノブさんだ。


 ノブさん……いや、ノブロゴさんは、我が男爵家に仕える唯一の従士である。

 年齢的には老境の域に入るはずだが、体付きはガッシリとしており、腰を曲げてさえいない。

 それは、元野伏のぶせりという彼の経歴が多分に影響しているのだろう。

 この場にいる他の人たちとは違い、冒険者の経験などはなく、山村の狩人かりゅうどだったと言う話だが、見たところ、まったく周囲に見劣りしない歴戦の雰囲気をまとっているように思われた。


 リビングにいる僕、姉のクリス、冒険者三名。

 ダイニングにいる父、母、妹双子、ジェルザさんを含めた冒険者三名。

 ウェイター役のノブさん。

 そして、ここからは見えないが、キッチンで料理を作っているお手伝いメイドのおばさん。

 以上、十四名。

 現在、家の中にいる全員がここに揃っている。


 ノブさんの手により、僕らの前にも料理の大皿が並べられれば、ようやく朝食会の始まりだ。


「――つつしんで頂きます。家族と友と皆で分かち合える今日のかてに感謝を。ポフ・ターシュ……」


 母トゥーニヤがこの世界の女神へ食前の祈りを捧げ、神聖術による浄化を行う。


「「「「「かてに感謝を」」」」」


 その祈念きねんに続いて、僕ら全員の食事の挨拶が広いリビングダイニングの中に響きわたるのだった。

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