◆閑話: 世界の果てを目指し 後編 @冒険者たち

「おぉーい! 先になんかあるぞ!」

「おおう! すぐ行く!」


 野伏のぶせりに呼ばれ、魔術師と二人、足早に追いついてみりゃ、俺たちが歩いてきた雪山の稜線からやや脇へ降った辺りに神殿でよく見る擬宝珠ぎぼしみてえな形の大岩が見えた。

 それだけなら別におかしなことじゃねえんだが、地面に埋まってる根本付近にでっけえ大穴が空いてるとなりゃ話は別だ。


「これだ! 風の谷の碑文に記された神代エルフ族の詩歌しいかを研究し続けて二十年……俺の解釈はやはり正しかったのだ! このほこらが地の奉仕種族トロルの地下都市へ、そしてグレイシュ――」

「待て! 魔術師の旦那、落ち着け! なんか出てくるぞ!?」

「野伏、ちっとそいつ押さえてろ!」


――ッリ、リ!


 酔っぱらいのへたくそな口笛みてえな音を鳴らしながら飛び出してきたのは、一匹の蛇だった。

 ギトギトの油にまみれた黒っぽい胴体は、馬鹿げた長さがあり、大岩の中から四メトリも伸びてきていながら、まだ尻尾の先が見えやしねえ。

 太さも俺の腕と変わらねえぐらい、宙を飛ぶみてえな勢いで噛みついてきたところをすかさず盾で受けりゃ、身体からだがのけぞり、腕が痺れるほどの威力があった。


 って、なんだぁ!? 盾の端っこが溶けてやがる! しかも鉄の部分じゃねえか!


「コイツ、ただの蛇じゃねえぞ! 溶解の毒持ちだ! 中級……いや、上級だと思っとけ!」


――ティエリ、リ! ティエリ、リ!


 蛇に似合わず、後退するみてえに大岩の近くまで引っ込み、とぐろを巻いて鎌首を持ち上げたヤロウは、こっちを威嚇いかくするには迫力不足の口笛を吹き鳴らしている。

 俺は腰に吊された剣を抜き、技能スキル【筋力増強】を発動し、攻撃の機をうかがっていく、が。


「はなせっ! 俺を祠に入れろ!」

「ほ、ほこらぁ? こりゃ、たぶん巣穴か何かだって! いいから落ち着いてくれ、旦那!」

「おおお! マア・キアス! 創世のことわりを読み解きし具現者のうたに応えよ、大地! 願いたてまつるはぶて穿うがつ穂先なり! いざ顕現けんげんせん!」


 んの、バっカヤロー! いきなり魔法ぶっ放す気か!?


 いきなり後ろで始まった魔法術の詠唱に肝を冷やし、その場から急いで後退あとずさる。

 すると、入れ替わりに俺がいた辺りの雪面から何本もの岩のやりが突き出し、ふらふらと鎌首かまくびを揺らしていた大蛇へ向かって一斉に撃ち込まれた。

 持ち上げられた鎌首だけでも二メトリはある巨体がドスドスと串刺しにされてゆき、その度、ぬらぬら光る黒っぽい肉片が周辺へ吹き飛んでいく。

 槍が飛び去った後には、半身を横倒しにしてピクピク震える蛇の死体だけが残された。


「あぶねえじゃねえか! 威力は褒めてやるが、やるなら一声掛けてからにしろ!」

「そんなことはどうでも良いわ。急ぐぞ、俺に付いてこい」

「あ、魔術師の旦那! 待ってくれ! まだ――」


 瞬間、ぞぶり……と、魔術師がどろっとした何か――泥の波?に飲み込まれた。

 野伏のぶせりの制止を振りきって駆け出した奴が、雪面に横たわった……違う、そうじゃねえ。潰れて広がっていた粘液・・・・・・・・の側へ近付いていったとき、いきなり麦酒エールの泡が弾けるみてえに盛り上がったそいつに覆い被さられちまったんだ。


――りっ、り!


「や、やべえぞ! 早く旦那を助けねえと……。どうするよ? 剣闘士?」

「いや、ありゃあ、もう駄目だな」


 もう蛇の形なんざ留めてねえソレの正体は、アホかと思うほどでっかいスライムだった。


 スライムってのは、見た目はどろどろに溶けたチーズかぬかるんだ泥かってな具合で、床でも壁でも這いずりまわり、何でも飲み込んで体ん中で溶かしちまうっつう気味の悪いモンスターだ。

 だが、どんだけでかかろうが半メトリにもなりゃしねえし、飲み込んだ獲物が溶けるまで相当時間が掛かるらしく、生きたままじゃネズミだって溶かしきれやしねえ。

 大して害もありゃしねえ雑魚ざこモンスターってんで冒険者の語りぐさになってる奴なんだがよ。


 目の前のスライムは、それほど大柄じゃないにせよ魔術師の身体からだを完全に飲み込んじまってる。

 肉料理の皿に残った油を塗りたくったみてえにテラテラ光る真っ黒な丸鞠まるまり。だが、よく見りゃ、うっすら透き通ってて中にいる魔術師の様子がどうにか見て取れた。

 何枚も身に着けていた分厚い毛皮のコートは、このわずかな間にあらかた溶かされちまってる。しかも、あらわになった皮膚が赤黒くただれてるのが分かる。指の先は骨が見えてきていた。

 ……てか、魔術師のヤロウはもうとっくに動いちゃいねえ。


「依頼主が死んじまったらおしめえよ。とんずらするぞ」

「おお、分かった! そんなら俺がけんせ――」

「ん? どうした、のぶせ……り……」


 前にいるスライムを警戒しつつ、いきなり黙っちまった後ろの野伏のぶせりを見やる。


 そこに、絶望の光景が広がっていた。


 視界の端に映ってるスライムは確かに魔術師を身の内に収めたまま、なのに、なんで、野伏のぶせりの奴までスライムに飲み込まれてんだ?


――ティエリ、リ!


 また口笛を鳴らしてやがる。


――ティエリ、リ! ティエリ、リ!


 うるせえな、いちいち呼ばなくても見えてんだよ。


――ティエリ、リ! ティエ、リ! ぇリ、リ! り、り! リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リ、リリリリリリリリリリリリ……!!


 いつの間にか、雪の下、岩の隙間、そこら中からスライムが湧き出てきている。

 前にも、後ろにも、左右を見ても、俺は……何匹ものスライムによって既に取り囲まれていた。


「魔術師の奴をぶっ殺してでもとっとヽヽヽと引き返すべきだったな。ホントによう……ろくでもねえ依頼を受けちまったもんだぜ――」


 それが、上級冒険者パーティーのリーダーだった剣闘士の最後の言葉となった。




                        閑話: 世界の果てを目指し 【完】


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 ……ハッピーエンドじゃなくてすみません。

 ぽっと出のキャラと悪役の方々には申し訳ないと思っています。

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