第二十六話: 声二つ、離ればなれの小夜曲

 月子とヒヨスが消失し、僕らの一行パーティーが分断された翌日の正午。

 まぁ、昼も夜も知れない地下なので正確な時間は……って、このフレーズも言い飽きたな。


 僕とベア吉は高らかに『よろこびの歌』を歌っていた。

 モンスターを呼び集めてしまうことも覚悟しつつ、風の精霊術によって歌声を増幅してやれば、大音量で周囲に響きわたった後、遙か遠くより美しい歌声となって返ってくる。


「よし! 月子たちは無事なようだ……が、随分ずいぶん遠そうだな。あっちからの報告は難しいか」


 この方法を思いついたおかげで、僕たちはようやくお互いの無事を確認することができていた。

 転送の罠があるため、たとえ近くにいることが分かったとしても合流は果たせない。しかし、こうして連絡手段が確立されてしまえば、後はもう話は早い。


『メジルシハッケン! ユックリススメ!』


 風の精霊との相性が良いため、より遠くまでクリアな音声を届けられる僕が、ひとまずとしてメッセージを送る。音を遠くへ送るのに対し、受け取る方は難しく、一方通行になってしまうが。

 内容は、たった今、遂に見つけることができた目印について知らせるものだ。


 僕たちは瞬間移動させられる度、近くの壁に吸着性のある皮膜――モンスターの素材だ――を貼り付けて印と番号を記し、手持ちの粘土板に地図を刻んでこのフロアの攻略を進めていた。


 散々、あちこちへ転送させられた挙げ句、以前に印を描いた地点まで戻ったのがつい先ほど。しかし、その印の下に、僕たちのものではない印と番号が新たに記されていたのである。

 言うまでもなく、後からやって来た月子が残していったものだろう。

 元の番号は相当前の小さい数字だが、新たな番号は比較的直近の大きい数字だった。つまり、この地点から彼女たちと同じように転送していくことができれば、合流を果たせる可能性が高いだろうというわけだ。


 途中で未発見の転送罠に掛かってしまえばやり直しなので、まだ喜ぶには少々早いけどな。


 ちなみに、足下あしもとには月子が作成した地図――きっと写しだろう――も残されていた。

 流石さすがの気遣いに感心しながら、後で自分たちの地図と統合させることを頭の隅に刻んでおく。

 もちろん、彼女たちが辿ったここから先の道筋は不明だが、これでフロアの半分以上が埋まり、相応に転送罠の場所も明らかになったため、攻略は大きく前進したと言える。


「ベアきち、ここからは間違っても別のブロックに足を踏み入れないようにな」

「わふっ」

「よし、ひとまずこの場の転送罠は一つだけのはずだ。先へ進もう」


 この大迷宮で大きな音を響かせてしまえば、一体どこから湧いてきたのかと思えるほど大量の敵が数分もしないうちに押し寄せてくる。

 この場もそろそろ離れなければ危険だろう。


 ……と思った矢先、左脚のふくらはぎに何の前触れもなくズクン!という鈍い痛みが走った。


 咄嗟とっさに右足で地面を蹴って前方へ逃れ、元いた場所へ目をやれば、床に小さな虫の姿。初めて見る奴だ。一見すると青っぽい色をしたサソリ……小さいとは言っても十センチ以上もあり……特徴的なのは、頭上高く持ち上げられた尻尾の先から更に伸びている細く長い糸だろう。

 渓流でよく見られる毛針釣りフライフィッシングのように、前後へ休むことなく振り回されている糸の先端には、毒々しい赤い色に染まった畳針たたみばりを思わせる太く長く鋭い得物えものが備わっており――。


「……あれに……刺されたわ、け……か……」


 まずい、身体からだが思うように動かない。即効性の毒だ!


「わふぅ!」


 すかさず走り込んできたベア吉の鋭い爪が一閃!

 サソリの釣り師アングラーは尾を切り飛ばされると同時、あっさり踏みつぶされてしまう。


 ひとまず窮地きゅうちを脱した? いいや、既に僕の肉体は指一本動かすことさえ難儀する全身麻痺におちいりつつある。


みずのせいれいでざいあ・に、われはこううぉーたー、きずぐちをきよめ……うぉっしゅ……」


 体内の水分少量と共に汚れなどを吹き飛ばす水の精霊術【洗浄ウォッシュ】をかろうじて発動できた、が。


――ダメだ。毒の回りが早い。


 どのみち、僕が扱える水の精霊術では、毒をすべて排出させるなんて芸当は無理である。

 ふくらはぎにいた小さな傷口から黒く濁った大量の血が噴き出し、一瞬で気化していくが、既に体内へ入り込んでしまった毒にまでは手が出せない。


 この場に月子がいれば、こんな毒程度、きっとなんとかしてくれた。

 いや、そもそもヒヨスがいてくれれば、あんなサソリに不意打ちされることもなかっただろう。


 徐々にかなくなってきている耳が、近付いてくるモンスターの群れによる騒音を拾う。


「にげ、ろ……べあきち……」

「ばわっふぅっ!」

かぜの……せいれいで・ざ・い・に……われは、こうあ・え・あー、おとを、たからかに、ひびかせ……」

「ぼぉおわっふぅ~っ!!」


 満足に動かない舌を震わせるようにして願った最後の風の精霊術。

 その意をみ、ベア吉は即座に大音声で遠吠えを上げてくれた。

 月子たちへの警告と救援要請SOS、おそらくヒヨスならば意味が分かるだろう。


 そして、ベア吉は僕をかつぎ上げて荷車の中へ放り込むと、積まれていた鉱物素材から鎧を生成、黒岩の鎧装がいそうとなって回廊を駆け出した。

 僕を積み込んだ荷車を力強くきながら、押し寄せる無数のモンスターを跳ね飛ばしていく。


 目的の転送罠へ向かって真っ直ぐに。

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