第二十二話: 鬼女の見送り、下層の一行

 一方的に用件だけを告げ、謎の“声”はまた沈黙してしまう。

 以後、こちらが何を言っても応じてくれないのは前回と同様である。


「とりあえず、声の主が何者かは置いておくとして……、『この地から解放してやる』と、そう言っていた」

「素直に考えるのなら、この山脈のことでしょうね」

「下山するためには何かが足りていなかったと言うのかな。行けばパスポートでもくれるとか?」

「くすっ、ハイヤーを手配してくださるのでは?」


 冗談はともかく、またカーゴでなく旅するよりは希望があるかも知れない。


「これは、お誘いに乗るしかないだろうなぁ」

「罠の可能性も低くはありませんけれど」


 確かに、僕らを異世界人と呼び、まるで意図が分からない一方的な招待を告げてくる相手など、なるべくなら関わり合いになりたくないところだ。

 だが、ここで引き返してほこらを後にしたとしても、得体えたいの知れない奴の手を逃れられるのか? それに、申し出を受けなかったことを後悔せずにいられるかどうか……。曲がりなりにも、この異世界で初めて出逢った言葉の通じる相手だ。貴重な情報を得るチャンスを棒に振るのか?


「いや、残念だけど、ここで会わないという選択肢は選べない」

「選択の余地がないというのは困ってしまいますね」

「他に頼れる者がいれば良かったんだが。最大限に警戒はしつつ、会うだけ会ってみるとしよう」


 僕たちの方針が決まったことを察したのか、二人の女性ケオニがこちらへ近付いてきた。

 そして、手に持つ角灯ランタンを差し出してくる。


「貸してくれるのか?」

「ギッ」

「そうか、ありがたく借りておこう。ここまでの案内に感謝するよ」

「ギギッ、ゲファウ」


 僕の礼に対し、女性ケオニはフンっとばかりに顔をそむけ、『別にお前たちのためじゃない、勘違いするな』とでも言いたげな鋭い声を上げた。

 なんとなくだが、感謝の意図が通じたような態度だと思える。


 借り受けた角灯ランタンは、まばゆく光るテニスボール大の石を動物の骨による細工が囲む、凝った作りだ。

 燃料を入れたり、石を交換できるようにはなっていないが、使い捨ての道具だとも思えない。だとすれば、燃料らずの永久光源? ひょっとすると不思議石材の一種なのだろうか。

 なんにせよ、光量は十分なものがあり、あって困る物ではなさそうである。


「グレイシュバーグ、ギーギオグ」


 最後に、警告ないし激励だろうと思われる言葉を赤毛ケオニが発すると、三人の案内役は扉の手前に固まったまま、こちらを見送るような雰囲気をかもし出した。

 彼女らの役目はすべて終わったということだろう。


 謎の声に従っていただけなのだとは思うが、短い間ながら彼女たちには世話になった。

 最初に出逢ったのが戦士団ではなく彼女らだったら無駄な戦闘をけられただろうに……いや、それはあり得ない仮定か。

 門番の戦士団をくだしたからこそ謎の声に認められ、僕たちはここまで案内してもらえたのだ。

 それに、今後、再びケオニ族と敵対する可能性も決して低くはない。謎の声だってまだ味方と決まったわけじゃないのだから、無闇むやみに情を移しすぎるのは危険だろう。


「それじゃ、行こうか」

「はい」

「みにゃあ!」

「ばうっふ!」


 三人の女性ケオニを後に残し、僕らは巨大な扉をくぐり抜けた。



 扉の先は、目に入る限りにおいて、特にこれまでと変わったところもない石造りの回廊だった。

 高さと幅もそれぞれ五六ごろくメートルといったところか。

 そんな回廊が正面と左右の三方向へ、ずっと遠くまで真っ直ぐ伸びている。

 やはり、いくつかの扉が壁に備え付けられており、その点でも印象はまったく変わらない。


 不思議石材によって空気が循環しているためか、におい、熱、湿気……などのよどみも感じられず、閉鎖された地下施設の割りにさほど不快感はなかった。

 そう言えば、多数のケオニが暮らしていた上階でも、あまりくさいとは思わなかったな。


 だが、やはりこのフロアにも生き物の気配はあった。


 もちろん、ケオニたちが生活している気配などは何一つうかがえない。

 たたたっ!と何かが石の床を走る音、ダンッ!という乱暴に扉を開ける音、様々な鳴き声まで、耳を澄ませば長い回廊の先より絶えずそれらが押し寄せてくる。


 どれも近くの音ではなさそうだが、間違いなく数は多い。

 そのすべてが安全な小動物だなどと考えられるほど、僕たちは楽な旅をしてきてはいなかった。


「……いやいや、道案内が引き上げるには早すぎたんじゃないか?」

「結局、邪魔者を排除しながら、どことも知れない目的地へ向かうことは変わらないようですね」


 思わずぼやく僕らの声に、当然、女性ケオニはもう答えてくれたりはしない。

 先ほどまでのように、彼女たちが無口で無愛想だからではなく……。


 背後にそびえる大扉が、僕らの通過後すぐ元通りに閉ざされてしまっていたからだ。


 もはや前へ進むしかない。

 こうして、この下層――地下大迷宮の探索が始まったのだった。

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