第二十一話: 下層へ、階降る一行

 予想を遥かに上回る広さがあったケオニたちの玄室に、更なる下層が存在するのだと言う。

 ここまで案内してきた女性ケオニたちに身振り手振りでうながされ、僕たちは回廊の突き当たり、その床に口を開けている下り階段へと足を踏み出した。


「ギーギア、ゲヒア」

「ん、付いていけば良いんだろう?」

松悟しょうごさん、段差に気を付けてください。荷車の底が当たるかも知れません」

「おっと、了解したよ」


 階段と言っても幅や高さはこれまで通ってきた回廊とさして変わらない。

 学校、役所、デパート……まぁ、何でも構わない。適当に下り階段を想像してもらい、それを縦横|五メートルほどに修正してくれたら、僕たちが見ているのと近い光景になるだろう。

 手すりも付いていない無骨な作りではあるが。


 一度、踊り場へと降り立ち、ぐるっと回って元の方角へ向き直ると、更に階段を降っていく。


 気付けば、先導する女性ケオニのお供二人が、いつの間にやら手提てさげの角灯ランタンを手にしていた。

 そう言えば、この階段の中では、周囲の石材から発せられる光が少しだけ弱まっている。

 まだ灯りが必要なほどではないものの、徐々に薄暗くなってきていることを感じ取れた。


「みゃあ!」


 広く長い階段を気に入ったのか、一足早く階下へ向かっていったヒヨスが先の方で一声鳴く。

 ほどなくして階段を降りきってみれば、そこは木製の大扉によって先を閉ざされていた。


 回廊の全体を塞ぐほど大きな両開きの扉だが、左右を合わせて巨大な一枚板から作られているらしく、美しい木目を途切れることなく残す美術品めいた大扉であった。


 と言っても、おそらく普通の木材ではあるまい。

 僕らが暮らしていた岩壁の玄室でもそうだったのだが、この不思議石材と共に使用されている木材は、僕らが想像するそれとは異なる性質を備えているのだ。

 石材と同様、精霊術はまったく効かず、ナイフでもかすり傷一つ付かない。もちろん、壁から取り外すのも不可能だ。いつから存在するのか不明だが、自然に朽ちることもないのだろう。


 いや、これは余談だったな。目前の大扉もそうであるかなんて分かりっこない。先走りすぎだ。


 僕たちが扉の前に降り立ち、足を止めると、先頭の赤毛ケオニが懐から布にくるまれた何かを取り出した。やや細長いそれは、包みをほどいてみれば、どうやら動物の角か?

 何が起こるのかと見守る僕らを背に、赤毛ケオニはそれを両手で掲げ持ち、先端を口に当てる。


――ぶぉお~おおおおおっ!


 なるほど、正体は角笛つのぶえか。

 次いで、赤毛ケオニの吹き鳴らす音色に合わせ、お供の女性ケオニたちも音を出し始める。


「「ゲーア、ギィギギーイ! ゲア、グレイシュバーグ! ゲア、グレイシュバーグ!」」


 突如、開催された演奏会だが、正直に言えば、音楽としては特に心を打たれるものではない。

 そもそも民族音楽などではなさそうだ。

 一定のメロディーと言葉を正確な音で繰り返すだけの……ああ、呪文や祝詞のりとが近いだろうか。


「わふっ」

「おおっ、扉が……」


 女性ケオニのそうする音に合わせ、正面の大扉がゆっくりと左右へ開かれていく。

 誰の手も触れてはおらず、扉の周囲に動力らしき機構も見当たらない。

 察するところ、特定の音に反応する自動ドアなのだろう。


 扉の向こうは相当暗く、まだどうなっているのかよく見えない。

 僕らよりも前に女性ケオニたちがいるため、何らかの危険があるとも思えないが、自然、やや緊張の面持ちで扉が開いていく様を眺めてしまう。


 やがて大扉が完全に開ききって動きを止めると、女性ケオニも歌を終え、最後に赤毛ケオニが余韻を響かせながら笛を吹き終えた。


「ギギ……グアーハ、ギッ」


 お供を引き連れて回廊の端へと移動した赤毛ケオニが、僕たちにジェスチャーを寄越よこす。


「お前たちの案内はここまで。後は僕らだけで先へ進め。そういうことか?」


――ククッ……その通りだ、異世界より迷い込みし者たちよ……。


「またあの声っ……」

「ぐっ、頭に響くっ!」


――さぁ、く参るが良い。我がもとへ辿り着ければ、そなたらをの地より解放してやろう。

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