第十話: 見限る二人と笑う鬼

 こちらに傷一つない首元を見せつけるように顎をしゃくって哄笑こうしょうし続けるケオニたちの態度は、どう控えめに見ても悪意と敵意に満ち満ちている。


 改めて間近で見てみれば、連中の目にも理性的な色はまったく存在していなかった。

 仲間や居場所を守るため、外敵に立ち向かうといった彼らなりの道義心など感じられず、単に迷い込んできた獲物と生命いのちのやりとりができて楽しいとでも言わんばかりである。


「未開の蛮族なんてレベルじゃないなぁ。まさに知恵あるけだものという感じだ」


 月子が言っていた通り、初めから交渉ができるような相手ではなかったようだ。


「獣であっても生命いのちもてあそび、このようによろこぶことはあまりないかと思います」

「ましてや自分たちの生命いのちだからな。よっぽど不死身が自慢らしい――って、月子!?」

「はい、カーゴの守りはもうベアきちだけでも十分と判断しました」

「そうだな。君がこっちにいてくれたら心強いよ」


 未だに透明化したままのヒヨスが牽制けんせいではなく攻めに転じてくれるだけでも、こちらの有利は揺るがないだろうが、月子までそばにいてくれるなら万全ばんぜんと言って良いだろう。


 そろそろ、周囲で吹き荒れていた暴風の守りが時間切れとなる頃合いだ。

 その向かい風によって多少は足止めされていた元弓ケオニ隊が到着するまでに戦士ケオニ隊を倒してしまいたいところである。僕の頭だけでは不死身の攻略をするにはいささ心許こころもとなかった。


「――っと! ぼちぼち再開かっ?」


 戦士ケオニAが蘇った衝撃と馬鹿笑いに気を取られていたせいだろう、いつの間にかBとCも地面に落としていたはずの岩石棒を拾い直していたようだ。

 いきなり上から叩きつけられてきたCの岩石棒を慌ててサイドステップでかわす。


松悟しょうごさん、『なるべく大怪我をさせずに』という方針はもうよろしいですよね?」

「ああ、手加減していたら治っていってしまうらしいからな。……ヒヨスも分かったか!?」


 僕のその問いに返事はない。

 が、代わりに、もう数メートル先にまで迫ってきていた元弓ケオニたちが「ギャギャッ!」と大騒ぎし始め、その声の大きさにも負けない激しい打撃音が連続して鳴り響いた。


 あっちはまとめて任せておいても大丈夫そうだな。


 ヒヨスの透明迷彩カムフラージュは、周囲が雪原でなければ完全な透明化とまではいかないものの、ひとところで動かずにいる限り、そう易々と見破れるようなものではない。

 素早く空中を飛び回り、死角に身を潜めながら繰り出される尻尾攻撃を、初見のケオニたちが対応できる道理などはなかろう。


 やられる方にとっては非常に心象が悪いだろうと思い、ここまで月子のサポートにてっさせたが、友好関係を結ぶのでなければもうヒヨスに我慢させる必要もなくなった。

 戦士ケオニ隊と異なり、軽装で盾を持たない元弓ケオニ隊だ。

 いっそかわいそうに思えるほどである。



 眼前の戦士ケオニAとCが重機のような勢いで打ち付けてくる岩石棒を大きくかわしつつ、火の精霊術でちまちまヽヽヽヽ牽制けんせいし、次に僕は月子の方へと目を移していく。



 彼女が対峙たいじしているのは戦士ケオニBだ。

 僕が相手取る奴らと同様、大きな岩石棒を片手で振り回し、轟然ごうぜんと月子へ襲い掛かっていた。

 だが、何故か、その様子は他のケオニどもとはいささか異なっている。


「ゲッハアッ! ゲゲッ! ゲゲッ! ギギッゲギャー!」


 殊更ことさらに息を荒げ、大声でわめき、口端くちのはからだらだらとよだれき散らす、まるでクスリでもキメているかのような異常なテンションで月子へ迫る。

 いや、いくらなんでも昂奮しすぎだろう。なんであいつだけあんな……。

 と、よく見れば、簡素な作りのズボンからはみ出さんばかりに大きく股間が盛り上が――。


「……あぁん?」


――あのヤロウ! まさか月子に欲情していやがるのか!!

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