最終話: 空気を読まないヒョウと……転帰

――じーっ。


 泣きじゃくる月子に胸を貸していると、ようやくヌッペラウオを細切こまぎれにするのに飽きたのか、ヒヨスがいつの間にやら戻ってきており、抱きしめ合う僕らのことをじっと眺めていた。

 なんとなく照れくさくなって僕が顔をらすと、その動きを違和感としたのか月子が泣きみ、頬をらす涙をぬぐいながらゆっくり少しずつ身を離していった。


「にゃっ」


 呑気な声で鳴き、カーゴに頭を突っ込んでくるヒヨス。

 ふと、岩屋の入り口の方へと目を向ければ、光の玉の大爆発で吹っ飛ばされた際、窓から放り出されていった物資の多くが集めてこられていた。

 なるほど、やけに戻ってくるのが遅かったのは、せっせとこれを拾ってきてくれていたわけか。

 朝が来て明るくなったら、軽量化のために下ろしておいた荷物を回収しようと考えていたので、そのとき、ついでに散らばった物資も拾い集めて回る気でいたが、手間が大分だいぶはぶけたな。

 マイペースでちゃっかりしてるかと思えば、意外と気遣いもできるから、こいつは憎めない。


「ありがとな、ヒヨス。おつかれ」

「――すんっ……、おかえりなさい、ヒヨス」

「にゃっ! にゃっ!」


 僕らに褒められながら撫でられ、大喜びのヒヨスだが、その様子からすると足下あしもとに倒れているベアきちの状態には気付いていないようだ。

 次第にその興奮が収まってきたところで、僕は表情を引き締め、話を切り出すことにする。


「みゃ?」

「ヒヨス、よく聞いてくれ。ベア吉が――」

「みにゃあ!」

「「……!?」」


 僕が言葉を続けるより早く、ヒヨスはいきなり長い尻尾でペシン!とベア吉の亡骸なきがらをはたく。


「なっ! なんということをするのですか、ヒヨス!」

「死体を痛めつける趣味でもあるのか、お前は!?」

「……にゃあ」


 僕たち……特に月子の剣幕けんまくひるみ、ヒヨスは両前脚の間に頭をうずめて小さな声で鳴くも、なお尻尾でたすったすっヽヽヽヽヽヽとベアきちを軽く叩いた。


「ヒヨスっ! そこへおすわりなさい!」

「おい! いくらひと月足らずでも一緒に育った兄弟にそれはないだろう! こんなに傷ついた姿を見て何も思うところはないのか! こんなに火傷やけどを……火傷を? ん? おや?」

「みゃあああ~っ! みゃあああ~っ!」

「……そんなに鳴いても許しませんよ。もう決めました、お湯責めです。艶々つやつやになるまで――」

「ちょっと! ちょっと待ってくれ、月子。なにか変だ」

「変なのはこの子です! 前々からしつけなければと思ってはいましたけれど――」

「いやいや、ちょっと待ってくれ。ベア吉の様子がおかしいんだ」


「え?」と、ヒヨスを責める手を止め、ようやく月子がこちらへ向き直ってくれる。

 サイドドアから身を乗り出すようにしてベア吉の状態を確かめていた僕は、彼女を手招きし、「これを見てくれ」とその異変を指し示した。


「……これは!?」

「ああ、僕の記憶違いじゃないと思うんだが」

「どうしたことでしょうか。治ってきて・・・・・いますね。間違いありません」


 明らかに異常なことが起きていた。

 先ほど、月子が言っていた通り、ベア吉はもう息をしていないし、心臓も動いていないようだ。しかし、赤くただれていた全身の火傷痕やけどあとが、水ぶくれやケロイドを残すこともなくえ始めていた。

 もちろん、それは生前に起きていたことではない。

 ヌッペラウオを仕留めて戻ってきたとき、既に死亡していたときの状態と比較しての話である。


 しかも、よくよく観察してみれば、ほんのわずかずつではあるものの、今、この瞬間にも火傷の状態がじわじわと回復してきてさえいるのだった。


 更に、月子の言葉によって、予想だにしなかった事実も判明する。


「そんな……まさか……これは、地の精霊の働きです」

「精霊術なのか?」

「いえ、私たちの精霊術でも再現できない地の精霊の力。ヒヨスの透明迷彩カムフラージュや空中歩行のような、ベア吉の身に備わった固有の能力ではないかと思います」

「再生能力……死から蘇ることもできるというのだろうか」

「それは分かりません。ただ死体の傷が治るだけで終わるのか、蘇生さえも可能なのか」


 興奮気味で推論を重ねる僕たちの横でヒヨスが長い尻尾を伸ばし、ベア吉の鼻面をくすぐっている。


「にゃあ」


 その鳴き声に応えたのかという絶妙なタイミング。


――っふ……。


 ベア吉が、かすかに、息を漏らした。


************************************************

 前話で悲しんでくださった方に賛否あることは承知の上で、この物語はこれで良いと信じます。

 次回からは第五章「グレイシュバーグの胎にて」となります。

 いよいよ物語が大きな節目を迎える……予定です。


 ここまでのお話で何かしら良いと感じていただけていたら★★★評価など、どうかよろしくお願います。

 作者にとって重要な栄養源となっております。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330663201292736/reviews


 これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。

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