第九話: 二人で観る景色
その日、異世界にやって来て以来、ず~っと頭上を覆い続けていた黒雲が、初めて散った。
うっすらとではあるが青い色に染まる大空が、僕らの目の前に広がっている。
風の強さも程良いくらい、ここが日本であっても普通に『いい天気』と呼べるだろう。
近頃の僕たちは、採集に出掛けられそうか否かを見極めるため、目が覚めたら最初に岩屋まで上がり、その日の空模様と
だから、
「良いお天気ですし、今日はあまり目的を定めずに散策してみませんか?」
二人で採集へ出られるようになり、物資を大量に持ち帰ることができる
「ああ、良いんじゃないか。これまでやれずにいたこともあるだろうし」
と言うわけで、今日は二人のんびり
一旦玄室に戻り、準備を整えた僕たちは
「……まぁ、外にいられるのは三時間程度だから、あんまりのんびりはできないんだけどな」
「ふふ、いつもの採集場所であっても、このお天気でしたらきっと新鮮な景色ですよ」
「それもそうか。せっかくだし、普段できないことをと思ってしまったが」
「あ、それでしたら、上はいかがでしょう?」
「上?」
「はい、高いところへ参りましょう」
そう言って視線を上げていく彼女に合わせ、振り返って仰ぎ見れば。
「なるほど、高い場所……か」
もう僕の中ではすっかり
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
学生時代の友人に連れていかれた
ちらりと岩壁の外――下方へ目を向ければ、ほぼ九十度の垂直に切り立った断崖。
それなりに風は強く吹いているため、開放された右手側に
岩壁を登ると聞いたとき、真っ先に不安を覚えた高山病による影響も気にせずとも良さそうだ。
まぁ、一〇〇メートルくらいなら、それほど大気圧は変わらないということもあるだろうし、【
そんなわけで、僕らは当初の予定通り、焦らず無理せず、されど意外とハイペースでここまで登ってきたのだった。
「ふぅ、結構登ってきたかな。つ、月子くん、そろそろ少し休まないか」
「それでは、
言いながら、
石造りの丸い椅子とテーブルも用意され、ちょっとした展望台の様相である。
二人、荷物を下ろし、椅子へ腰掛けると、精霊術でお湯を沸かしてお茶を
何が起こるか分からない洞外なので、警戒と緊張は切らせず、のんびり落ち着くという気持ちにまではならないが、今日は主たる目的のないお遊び登山――言わばピクニックのようなもの。
この時点で、既にやりたかったことは達成されたと言ってしまって構わない。
「それにしても、思っていたよりも楽に登ってこられましたね」
「ああ、空気の心配さえなければ、いつかは登頂できるんじゃないかって思えるくらいだ」
「ただ……思っていた通り、登ってもあまり意味は無さそうです」
「ははは、頂に近付いている気なんてまるでしないし、上空から周辺の地理を確認できるかなと期待してたけど、それも雲と
僕はテラスの外へと目を向ける。
「景色の良さだけは想像以上だったよ」
真っ白な雪に反射するギラギラとした光もまた、普段から僕らを悩ませ、精霊術による対策が欠かせない要素の一つだが、今だけはやけに
見渡す限りにおいて、やはり現在地である岩壁を有するこの
いつもとは比較にならないほど明るく晴れた空に加え、いつもの岩屋より高い場所からの展望、今までは見えなかった相当遠くの峰まで確認することができるものの、雲の高さなどと比べれば今いるテラスの標高に達するものすらなさそうだ。
前述の通り、下界の様子はろくに見て取れないが、周囲の山々の中でも一際険しそうな連峰や、逆に広々とした平野へと続いていそうな尾根がなんとなく確認でき、想像を
しばらく二人でそんな話をしつつ、ティータイムのゆったりとした時間を楽しむ。
「大して登ってはいないのに妙に達成感があるなぁ。現実離れした景色のお
さながら……いや、まさしく雲の上に浮かぶ天界の景色といったところだ。
「この世界で暮らす人々は、
「魔法があるとは言っても、中世ヨーロッパくらいの文明だと登山は一般的じゃないだろうね。ここまでの標高となると、空を飛ぶ生き物でもなかなか見られない風景なんじゃないかな」
「私たちだけの景色なのでしたら、素敵ですね」
――素敵、か。
僕はどちらかと言えば、ほんの少しの寂しさを感じてしまう。
世界から切り離されたような気になったのだろうか? こんな絶景を一人占めしていることに後ろめたさでも感じるのだろうか? 自分自身でも理由はよく分からないのだが、なんとなし、目線は遠くに向けたまま、テーブル上に置かれていた手の位置を
すると、小指の先に柔らかな物がそっと触れた。
いや、見ずとも分かる。それは美須磨の
指が触れ合ったくらいのことで、別段、二人とも妙な反応をしたりすることはない。
しかし、これだけで僕の内心にあった
本当にどういう感情なんだろうな、コレは。
「
「ああ、異世界で言うのも変な話だけど、世界は本当に広いな」
結局、僕たちは時間いっぱいまでテラスでだらだらと過ごしてしまい、ただ景色を見に行っただけで今日の洞外活動を終えることとなった。
ま、不思議と無駄な時間を過ごした気はしていないので、
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