第八話: それは錘の一刺

 周囲を取り囲むかのように扇型陣形を成し、触手による槍衾やりぶすまや肉を溶かす腐食液で攻めてくる子バルバスの群れを相手取り、隙を見て火の精霊術で一体ずつ焼き尽くしていく僕。

 奴らの粘液状の体に火種を埋め込み、全火力をもって内部から燃やす。

 それが最も有効な攻撃だと分かった後、僕は余裕を持って――まぁ、敵群の攻撃をかわしながら奥深くまで火種を撃ち込んでいくのはそれなりに骨ではあるが――戦いを進めていた。


 だが、親バルバスに飲み込まれる美須磨みすまの姿を目にした瞬間、我知らず一切の余裕が失われる。


「月子くん! くっ、邪魔だ! どけ!」


 風の精霊術【高飛びハイジャンプ】で子バルバスの群れを飛び越すと、眼下で盛り上がった黒団子バルバスを端から吹き飛ばしてやるつもりで続けて風への請願せいがんを口にする。


風の精霊に我は請うデザイアエアー、たつま――」


――ドゴオオオオオッッッ!!


 が、それが効果を発揮するより早く、突如、親バルバスの粘体が内側より弾け飛ぶ。

 遙か上空へ向かって唸りを上げながら飛んでいく大きな何か。

 後に残るは直径二メートルの真円形にぽっかり空いた穴、その向こうに美須磨の姿はあった。


「放しなさい」


 バルバスの巨体に空いた大穴は、驚異的な再生力により見る見るうちに塞がっていくが――。


――ドゴオオオッ!!


 再度、射出された物体――円錐形の石杭によって再生した以上の体積をえぐり取られてしまう。


「それを、返してください」


 おそらく人の言葉など解しはしないだろう不定形生物は、当然ながら彼女の言葉を無視し――。


――ドゴオッ!!


 三度、身を抉られる怪物。しかし、今度の石杭は遠くへと飛び去ってゆくことなく、その場に留まったまま高速で回転し続け、粘体を絡め取り、引きちぎり、もはや再生することを許さない。

 それはドリル、いや、紡錘ぼうすい――糸紡ぎで使われるつむのようにも見えた。


「それは大切な物です。返しなさい!」


 美須磨みすまが放った怒気どきに呼応するかのように回転速度を上げ、願ってもいないだろうに少しずつ大きさをも増していく錘が、甲高い音を発し、大気との摩擦により赤熱し始めた頃。


――て……ぇり……。り……。


 はりつけを逃れようと四方へ広がり、触手をせわしそうに伸び縮みさせていたバルバスは、びくん!と全体を一つ跳ねさせたのを最後に動きを止め、やがて表面をどろっヽヽヽとした液体に変え、雪面へと流れ出し始めた。

 同時に、まだ五六体ごろくたい残っていた子バルバスたちもすべて雪上の液溜まりへと変わってゆく。


地の精霊に我は請うデザイアアース――」


 その美しく透き通った声が響き渡ると、いまだ回転し続けていた錘がゆっくりと動きを止め、先端からバラバラの石片へと変わってゆき、雪上に敷き詰められて一面の石畳を作り上げた。

 もう聞こえてくるのは吹きすさぶ風雪の音ばかり。

 そんな中、カツンカツンと足音を鳴らしながら少女は歩を進める。


 石畳の外れ、そこにそれは転がっていた。

 汚らしい粘液にまみれてはいるが、それは、純白の刃を持つ優美な短刀ダガー

 拾い上げて汚れをぬぐい、刀身の状態を確かめた美須磨は、ほっヽヽと小さな息を漏らすと、両手で胸元に抱き締める。


「それを取り戻したかったから、戦うことにこだわったのかい?」


 子バルバスの全滅を見届けてから彼女のもとへと歩み寄った僕は、そう問いかけた。


「はい、松悟しょうごさんが私にくださった大切な物ですから」


 心なしか、いつもよりも微笑みを深め、美須磨はそう言葉を返してくれる。

 そんなに気に入ってくれていたのか。

 僕は嬉しいだけじゃない不思議な感動を覚え、何故か無性に熱くなってくる顔を持てあまし、目をらして頬を掻いてしまうのだった。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そこからの帰途は順調ではあったが、予定外の戦闘により、拠点へ辿り着くことができたのは【環境維持(個人用)ポータブルエアコン】の効果時間ギリギリであった。

 やはり三時間という活動時間は極めて短い。

 今日のように予定外の出来事があれば、すぐに足が出てしまうことになる。


 これまでは、流石さすがに【環境維持エアコン】の効果が弱まるまでには帰還できるよう、十分に気を付けてやってきていたのだが、今回は明確な息苦しさ、頭痛、吐き気……といった高山病の各種兆候を感じるくらい追い詰められており、かなり危ないところだったかも知れない。

 今後、生身の洞外活動をするような羽目におちいらぬようにくれぐれも心掛けたいところである。


 さて、今回の顛末としては、戦闘の疲労と緊張に加え、前述の軽い高山病があわさった僕らは、揃って体調を崩してしまい、翌日は何もせずにゆっくり休まざるを得なかった。

 まぁ、夜にはすっかり快復したので、結果的には良い骨休めになったと言えなくもない。


 ちなみに、あの団子野郎バルバスを倒して得られた物は何一つなかった。

 ……もしも次に出くわすことがあったら絶対に相手せず、即行そっこうで逃げるとしよう。

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