第五話: 二人と土笛の音

 今、吹雪ふぶきの中で僕らは戦っている。

 迫り来るは、視界を埋め尽くさんばかりの巨体を誇る怪生物。

 この世界にやって来て、何種類かの生き物を見てきた僕たちだが、ここまでの大きさ、いや、こんなにもおかしな生態を持った奴は初めてである。

 それは、まさしく怪物モンスターと呼ぶべき存在だった。


「つ、月子くん! 一旦距離を取って仕切り直そう」

「待ってください! もし、此処ここがしてしまったら……」

「落ち着くんだ、君らしくもない」

「でも!」


 いや、得体の知れない相手とやり合うのは避けたい。

 逃げてくれるなら、それはそれで……。

 どうすれば良い? どうするべきだ?


 僕は行動の選択肢すら上手くまとめられず、空で渦巻く黒雲が落ちくるかのような圧力をもって押し寄せる巨大かつ異形の怪物をただ呆然と眺めてしまう――。



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 場面は変わり、時間が少し戻る。


 僕たちは雪舟そりきながら雪原を巡り、あらかじめ数ヶ所に埋めておいた箱罠はこわなを確認するかたわら、道中で野草や鉱石などの採集を行っていた。

 もちろん、僕と美須磨みすま、二人一緒の洞外活動である。


 美須磨が作り上げた石英ガラス製の箱罠は、大きな透明の箱にえさを入れ、深く積もった雪中に埋めておくことで、周辺を訪れる生き物を捕らえるというものだ。

 当然、箱は入ることはできても容易には出られないような構造となっている。

 この罠によって捕まえることができたのが、モグラのように雪中を掘って生活しているらしき奇妙な鳥――余すところなく美味おいしく食べられるギザ歯のウズラであった。

 平均して二日に一羽くらいれるこの鳥は、もはや僕らの食卓に欠かせない食材と言って良い。


 今日も最初に見に行った罠で一羽掛かっており、幸先さいさきの良いスタートにほくそむ。

 しかし、そこで急速に空模様が悪くなってきた。


「残念ですけれど、このまま吹雪ふぶきになってしまいそうですね」

「まぁ、吹雪ふぶいていても採集くらいはできなくもないが、無理することはないか」

「そうですね。空荷からにというわけではありませんし」


 つるはしに似たお手製の登山杖――砕氷杖ピッケルを片手で突いた美須磨みすまが元来た方角へと向き直り、足下あしもとの先を確かめながら歩き始める。

 その彼女の後ろから、雪舟そりいて付いていくのが僕だ。


 歩き出して間もなく、いきなり辺りが暗くなり、風が強く吹き出したかと思えば、土砂降どしゃぶりの雨かと思える勢いで牡丹雪ぼたゆきが降り始め、ほんのわずかな間に本格的な吹雪となってしまった。

 僕らの身を守る【環境維持エアコン】は、そう易々と強風や冷気を通すことなく、身にまとったクマとストーカーの毛皮は共に水を弾く抜群の撥水はっすい性を誇るものの、まとわりつく雪を払うのに労力をついやされるのはしんどいし、何より、視界が悪くなるのだけは如何いかんともしがたい。

 ヘタをすれば、すぐ前を行く美須磨の姿も見失いかねないため、気を抜くことができない。


――リ……リ……。


風の精霊に我は請うデザイアエアー……」


 突然、耳へと飛び込んできた奇妙な音。

 僕は、あのストーカー対策で身に染みついた反応により、反射的に精霊術【探査の風プローブゲイル】を放つ。

 瞬時に巻き起こった旋風つむじかぜが、吹雪をも押しのける勢いで周囲を一掃していく。

 しかし、三百六十度、辺りを見回しても特に変わった物体や反応は見られない。


松悟しょうごさん、先ほどの音はこれが原因のようです」


 数メートル前を先導していた美須磨が歩を進め、砕氷杖ピッケルで雪面を指す様子を見せる。

 近付いていって雪面に目をやれば、そこには雪で巧妙に隠され非常に見えにくくなっているが、左右へ七メートル以上、幅にして四十センチにわたり、底が深そうな裂け目が口を開けていた。


「これは、クレバスか……。まるで落とし穴、相当深そうだ」


――リ……リー……。


 どうやら中へと吹き込んでいく風が、こんな土笛オカリナのような音を響かせているらしい。


「これは……もしも立ち止まっていなかったら、気付かず落ちていたかも知れない」

「ええ、あぶないところでした」

「風のに感謝だな」


 まぁ、こういった危険な地形を警戒して、先導する美須磨みすまが水と地の精霊にうかがいを立てながら進んでいるので、おそらく直前で気付きはしたと思うけれども。


「あー、でも行きでは確かこんなとこを通らなかったな。道をれてしまったのか」

「そのようです。気を付けていても方角がずれてきてしまいますね」

「こんな雪では仕方ないさ。最悪でも岩壁の方へ向かってさえいれば大きな問題はない」

「はい、それではけて進み――」


――かたん……ことっ……り、りー……。


 と、会話をしていた僕らの耳にまた別の異音が飛び込んでくる。

 そして、その音に対してわずかに身をこわばらせた瞬間。


――ぇっリ、リ!


 クレバスの奥から何かが飛び出してきた。

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