―― 第三章: 二人で踏む雪原にて ――

第一話: 雪の尾根を巡る二人

火の精霊に我は請うデザイアファイア、燃えろ」


 火の精霊術【火球ファイアボール】を次々と撃ち出しながら獲物を追いかける。

 前方を走っているのは真っ白な小動物――ウサギだった。

 一見すると普通のウサギなのだが、動き自体が非常に速いことに加え、雪に覆われた景色へと溶け込む自然な保護色により見失いやすく、足下あしもとに深く積もった雪の中へ飛び込んで逃げようとしたりもするため、ぐんぐん距離を離されてしまう。


 しかし、向かっていく先や飛び込んだ雪の周りへ絶え間なく火の玉を撃ち込んでいくことで、どうにかギリギリで逃さずに済んでいる。

 とは言え、それもそろそろ終わりが近い。


「追い込む!」


 一声大きく叫び、僕はウサギの進行方向正面と左側一帯に連続で火の玉を撃ち込んでいく。

 燃え上がる火と瞬時に解けた雪によって逃げ道を塞がれたウサギは、残った右前方へ向かって思いっきり飛び跳ねる。

 が、突然、空中で血飛沫ちしぶきを上げたかと思うと、「キュッ!」と小さな鳴き声を残し、そのまま雪面に落ちて転がったきり、後はもう動くことはなくなった。


 直後、ひゅん!という小さな音が風を切り裂くと、ウサギがいる辺りから何かが飛び上がり、行く手に目をやれば、直前まで誰もいなかったかと見えた右手の方に白い毛皮をまとった一人の少女の姿。

 その手には大きめの短刀ダガーが握られており、持ち手の底――柄頭つかがしらからは細い紐が垂らされている。たった今、目の前でウサギを仕留め、その手へと舞い戻っていった武器だ。


「お見事! みす、月子……くん」

「くすっ、松悟しょうごさんも追い込み、お見事でした」


 言うまでもないだろうが、もちろん彼女は美須磨みすまである。

 その身を包む灰色の斑模様まだらもようを散らした白い毛皮は、あのストーカーのものであり、生前見せた能力からは数段落ちるものの、雪原で慎重に気配を消している限り、ほとんど透明と言って良いレベルでの隠れ身を可能とする魔法の迷彩服として生まれ変わっていた。

 更に、巨大グマの毛皮と同様、【環境維持(個人用)ポータブルエアコン】との相性も良く、このおかげで僕ら二人同時であっても、三時間以上の洞外活動ができるようになったのである。


 そして、彼女が手に持つ大振りな短刀ダガーは、ストーカーの牙を加工した物だ。

 完全な状態でまるまる二本手に入った牙は、それぞれ刃渡り三十センチ近い曲刃の短刀となり、揃って美須磨みすまが所持することとなった。そのうちの一本には彼女ご自慢の巻き取り式ワイヤーが結ばれ、武器を紛失する心配なく必殺の威力を誇る投擲とうてきが可能となっている。

 そう、先刻、飛び上がったウサギの首を切り裂いた一撃である。


 ちなみに、美須磨みすまは一本を――最初のうちは二本とも――僕に受け取らせようとしたのだが、これまで使い続けてきたヤンキー産サバイバルナイフと借り受けているスコップとの交換という建前をもって、徹底的に固辞させてもらった。

 なんとなく、あの魔法の毛皮と一対の短刀は、彼女にこそ相応ふさわしいと思えたのだ。


 閑話休題。


 僕は仕留められたウサギを拾い、彼女のもとへと向かう。


「そろそろ獲物も十分だろう。一旦戻らないか?」

「はい、それにしても今日は大猟でしたね」

「ストーカーを倒したからかもな。おそらく山のヌシみたいな存在だったんじゃないかと思う」

「もしかすると、あの大きなクマもそうだったのかも知れませんね」

「ありえない話じゃなさそうだ。どちらも二頭目と出くわす気配はないし、あれ以来、明らかに小動物の姿が増えてきている」


 そんな話をしながら、僕らは雪原の中で一際ひときわ目立つ岩の小山へと到着する。

 僕の胸ほどの高さに盛り上がった小さな岩山は、周囲に点在する他の岩と比べると、まったく雪を被っておらず、明らかに不自然な代物しろものである。


地の精霊に我は請うデザイアアース――」


 当然、それは僕らが作っておいたもの。

 採集物や獲物を積み込んでおく雪舟そりの一時的な隠し場所だった。

 請願せいがんによって岩の覆いを解かれ、現れたその荷台には、氷果ひょうか氷樹ひょうじゅの枝、先ほど狩ったものと同じ種類のウサギ、ウズラに似るがクチバシに歯を生やした野鳥……などが満載まんさいされていた。


 僕たちは現在、下山する準備を調ととのえながら春の訪れを待っている。

 精霊たちとの親和を深め、精霊術の効果を高める。同時に物資を集めて道具を作る。

 ストーカーを倒してから既に一週間が経つ。

 それらは順調に進められつつあった。

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