第十六話: 奮い起って歩む男
数日ぶりの雪原は相変わらずのどんよりとした空模様で僕を迎えてくれた。
精霊術【
パラパラと
最悪、
今回の僕は、バックパックを背負っておらず、短期決戦の構えだ。
特製の
視界の端に一瞬だけ映る
周囲は見通しが良く、生き物が隠れられるほどの物陰はない。
以前はそれだけで警戒を緩めてしまっていた僕だが、今回は違う。
「
精霊術【
返ってくる風の間隔と周囲の景色とを照らし合わせ、同時に、吹き飛ばされていく積雪の下に潜んでいるものがないか、おかしな反応はないかと注視する。
あくまでも予想でしかないのだが、おそらくあの
もしもそうであるのなら、こうして風を送ってやることで何かしら反応を見せるかも知れない。
風の精霊を使うことには、
程よい緊張感と共に
そして、決戦の火蓋は切られる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なるべく周囲に物陰がない方向を選びながら歩いていくこと、
まばらに落ちてくる小さな雪が、地面に積もった雪の上に落ちる
――……うるるぅ……ひぃぃぃー……。
「
それを耳にした僕は、反射的に全方向へ先と同じ風の精霊術【
巨大な
そして、雪面に、小さな雪山に、
だが、その返す風よりも速く、質量を持った何かが猛然とこちらへ迫ってきた。
大きい! そして速い! だが、やはりまったく姿はない!?
確かに気配は感じられるにも
なんだ、これ!? 気付けるはずないだろう、こんなもの!
気配の正体は風を切るごく
いや、既に相手は目と鼻の先、それは叩きつけられてくる凄まじいまでの圧と……殺意!
五感が得た情報を脳が処理し、思考となって両腕がスコップを水平に構えるまでの一瞬。
決して長い時間ではなかったその刹那に僕の
――ガギィ!
が、その攻撃は鳴り響く硬質な音と共にガッチリと阻まれる。
突撃してきた重量までは受け止めきれず、大きく後ろへと押し込まれはするものの、首は無傷。更に、攻撃が届いたか届く前だったかも判じえない
あっぶな! やっぱり首の防御は大事だったな。硬くしてもらっておいて良かった。
この攻防の種は、出発前に
……敵の攻撃を受ける前に燃やせる予定だったんだが、まぁ、それは良いとしておこう。
銀という金属は、本来、硬度が高いわけではなく、防具としてはさほど頼りにならない。
しかし、
ちなみに、他の部位――頭・胸・手足に着けているのは、
という思考の速度をも追い抜き、僕の手は半自動的に胸元のサバイバルナイフを抜き放つ。
そして、目の前の何か――顔を火に焼かれたまま、「ギニィャァア!」と大きな悲鳴を上げて離れていこうとしているストーカーの腹に下から突き立てる。ここまで秒も掛かっていない。
が、残念……敵が退く方が更に速かった。
後ろ向きに飛び
僕の身長を優に上回る、体長二メートルを超える白い獣……体長を超えるほど長い尾を持ち、毛皮には灰色の
だが、この獣もやはり地球で見られる種ではありえない特徴――
一万年以上昔、太古の地球に生きていたという絶滅種・サーベルタイガーを想起させるものの、当然、近縁種などではありえないということは言うまでもなかろう。
「
僕は、最も
そこは先ほど歩きながらスコップを深く突き刺しておいた場所だった。
短い
「よし! 落ちろ!」
たった今、水へと変わった雪は、そう、落とし穴の
下はあらかじめ雪をすべて液化させておいた深さ数メートルの雪穴、いや、精霊罠【
僕は水飛沫を跳ね上げて沈んでいくストーカーの姿を想像し、すかさず次の手を打つ。
「
……が、なんと、奴は真下に空いた穴に落ちることも、液化した雪に足を
なるほど、足音も足跡も残さなかった秘密はこれか。
まるでホバークラフト、あるいは風に乗って歩むかのような、地形を問わぬ浮遊移動。
なんて
――ぐるるぅ、るるぅ……ぎにぃぃー……。
頭を激しく振ることで顔を焼く火を消し止めたストーカーは、怒りに満ちた唸り声を上げつつ、その場からこちらを
ヒョウと言えば大きな猫というイメージがあったものだが、視界に移るは、どちらかと言えば猫が好きな僕であっても、まったく可愛いとは思えないほど憎たらしい面構えだ。
ストーカーは唸るのを
これもまた
……はぁ、
だが、不思議ともう恐ろしいとは思えない。
何故だろう。
ただ、さっさと仕事を終わらせて彼女の元へ帰る、今はそのことで頭の大半が占められていた。
「……まったく、これだけ苦労させられるんだから、せめてクマより
僕は重心を落として両手でスコップを構えると、ストーカーへ先端を指し向け、叫ぶ。
「それじゃ、第二ラウンドを始めようじゃないか!」
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