第十三話: 甘い悦楽に蕩ける男
「先生、気持ち良いですか?」
「あ、ああ。気持ち良い……かな」
「本当ですか? 遠慮していませんか? 物足りなければもっと強くても平気ですよ?」
「いや、正直、初めてだからよく分からないんだが、これくらいで良いと思う」
「それでは続けましょう」
――トントン、トントン、トントン、トントン……。
芯まで暖まってほぐされた風呂上がりの
これは法的に許される行為なのだろうか? 異世界だから裁かれることはないとは思うのだが、おそらく婚姻関係にあるわけでもない肉親以外の異性に許されるギリギリのラインを攻めている、そんな感がある。
いや、なんなら罰を受けたって一向に構わない。
頑張って良かった。生きていて良かった。明日からも頑張ろう。
――トントン、トントン、トントン、トントン。
「すみません、少し疲れてしまったので、そろそろ揉む方はいかがでしょう?」
「揉むっ!? な、なぜ?」
「あ、揉む方は苦手でしょうか?」
「いや、嫌いな人間はいないと思う。それも初めてだから分からないが」
「くすっ、私も初めてですから、先生のご期待に添えるかどうか自信はありませんけれど」
「美須磨なら大丈夫だ。よろしく頼む」
「
――もみもみ……もみもみ……。
優しく丁寧な絶妙な力加減で柔らかな部位が寄せられ、広げられていく。
手のひら全体で
どうやら僕は
――もみもみ……もみもみ。
「はい、お粗末様でした」
「……ありがとう。信じられないほど楽になったよ」
「それは何よりです。思いきってさせていただいた甲斐がありました」
「ああ、
涙さえ浮かんでいたかも知れない目を
雪山探索から帰還し、玄室に戻ってきたところでいきなり
世のお父さんは、一年にたった一日しかない記念日に、子ども達から肩叩きをしてもらうため、
「幼い頃、施設の先生にしてあげて喜ばれた記憶もあるけど、これは納得だなぁ」
「施設の先生ですか?」
「ん? ああ、僕は学園がやってる養護施設の出身でね」
「そうでしたか……。あの、すみません」
「そのことで苦労したわけではないから気にしなくて良いよ。それに、異世界では関係ないさ」
僕のいた当時は養護施設と呼ばれていた、現在で言うところの児童養護施設である。
今ではもう公的に使われていない“孤児院”という俗称で認識している人もいるだろう。
まぁ、いろいろあって、僕は物心ついたときから中学校を卒業するまで施設で育った。
戦後、学園の出資により設立された施設でいろいろと関係も深いのだが、それも良いか。
中学卒業を機に施設を出て、高校・大学はどうにか一人暮らしをしながら奨学金で通うことができたため、手伝いや顔見せに行くことさえ滅多にしなくなっていた。今更ながら、もっと何か恩返しをしておきたかったなどと思ってしまう。
……おっと、話題を変えようか。
「ところで、持ち帰ってきた果実はもう見てみたかい?」
「はい、一応、まだ氷漬けのままにしてあります」
「木材の方も助かるが、まずは果実が食べられるか調べたいところだな」
遭難時などのサバイバル下において、植物は手に入れやすい貴重な食材であるが、見た目では食べられるかどうか、そもそも安全かどうか、素人には判断が難しいために要注意である。
ちなみに、植物ではなく動物の場合、少なくとも地球上においては、火を通して食べるならば陸棲の動物で毒に
というわけで、
「パッチテストですね」
「よく知っているな。医学用語だったか? 僕の周りではそのまま可食テストって言ってたよ」
やること自体は簡単だ。
何か異常があっても問題になりにくい身体部位――利き手じゃない方の上腕や背中の
これで
対象部位をよく水で洗い流した後、何も問題がなかった場合は同じことを次は唇で、それでも問題なければ舌の先で――口内で広げたり飲んだりしないように――行っていく。
ここまで問題がなければ、少量だけ
最後に、ごく少量だけ飲み込んで数時間体調の変化を
念のため、採集物の部位ごと――果実ならば果皮、果汁、果肉、種……でそれぞれ行えれば、より一層安心できるだろう。
「それじゃ一つ解かしてみるぞ。
生活拠点の玄室から続く大きな部屋、門を入って左側に並ぶ二つの扉のうち手前側に位置する作業室へ、収穫してきた氷の果実を凍ったままで持ち込み、検査を始める。
「見た目はアボガドに似ているでしょうか」
「僕は若いヤシの実っぽいと思ったが、これは思いの外、甘い匂いだな」
「初めての匂いですけれど、まるで
緑色をした皮は硬く分厚そうで、一見すると未成熟のようにも見える。
しかし、果実を覆う氷が解けていくにつれ、凍っているときには感じられなかった甘い匂いが一気に広がってきた。
ねっとりとした強い匂い。熟した果実であることは間違いないのではなかろうか。
果肉も見てみようと上の方を切ってみれば、スイカを思わせる水気たっぷりの実が
色は青、食べ物としては
が、
「
「落ち着いてください。最低でも果肉とお
そこから一時間弱を掛け、皮膚と唇・舌に触れても何も問題が出ないことを確認した僕たちは、いよいよ
僕は果肉を、美須磨は果汁を、それぞれ銀のスプーンで薄くすくい上げ、ゆっくり口へと運ぶ。
「「……!?」」
これは! 果実の王様と名高い、あの……!?
特有の、強い癖がある
毒見だということを忘れて思わず飲み込みそうになってしまい、慌てて息を止める。
そのまま
「うん、驚いた! やっぱりドリアンの味だ!」
「ドリアンとは、こういったお味なのですか?」
「いろいろと違いはあるが、言うなれば、ドリアン味のプリンかゼリーといったところかな」
「とても濃厚な甘さです。明日の朝に食べられたら良いのですけれど」
「これで
可食テストの結果がどうなるにせよ、
この後、持ち帰った氷樹の枝も調べてみたが、表面の雪と氷を払って乾かしてみれば、伐採の折に受けた印象の通り、表面の樹皮だけでなく中心までスカスカした質感を持ち、非常に軽く、弾力性に富んだコルクのような木材だった。
どうやら、氷樹はなかなか有望な植物素材と見て良さそうである。
翌朝、比較的浅い眠りから
味もさることながら、ボリュームが凄い。久しくなかった満足感。
さほど食にこだわりがなさそうな美須磨にも気に入られたように見える。
鼻を
「ははっ、しばらくは周辺の氷樹林を巡る日々が続きそうだな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここに、僕らの活動方針は定まった。
一戸建て住宅には及ばないが、ちょっとしたマンション並みに整った拠点がある。
肉と果物――当面の食料を確保できる
後は、物資を集めてライフラインを確保し、いずれ人里を目指して行動範囲を広げていく。
やるぞ! 二人で生きるんだ!
************************************************
ここから序幕の前編へと続きまして、次回は序幕後編の続きとなります。
少しばかり話が飛びますので、ご注意ください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます