第九話: 二人で脱引きこもり ~訓練~
入ってきた玄室入り口――門を元通り?岩で塞ぎ、思いつく限りの安全点検をしつつ各部屋を回り、特に風呂場に関しては厳重に調査をした後、僕たちは順番に風呂を使った。
そのご機嫌な様子は、風呂より上がった後も、ずっと鼻歌を口ずさんでいたくらいである。
だが、かく言う僕も、やはり久しぶりの風呂は
翌日……といっても今現在が朝昼晩のいつなのか、何日経ったのかも不明な地底生活だが。
目覚めた僕らは、ラフな恰好――僕はネック付きのセーター、美須磨は高等部制服――のまま、携帯食のクッキーとインスタントの紅茶を口にしつつ、これからのことを話し合っていく。
「まず、あのクマの死体を回収しに行こうと思う」
「私はあまり記憶にないのですけれど、
「ああ、これが見たこともないサイズの大グマでね。まだ残っていると良いんだが」
「それは何かと有用ですね。毛皮も爪も骨も役立つでしょうし、お肉も食べられます」
「え? クマを食べるのかい?」
「食べられないのですか?」
「いや、地球のクマなら食べられるはずだけど、適切に処理できなければ相当
「他に食べる物の宛てがないのですから、お味は二の次三の次でしょう。まだ
「氷漬けになっていたし、他の動物なんかに
うーむ、アレを食べるのか……。
「一旦話を戻して、素材回収も重要だが、何よりもまず外で活動する訓練をしておきたいんだ」
「そうですね。精霊術でどれほどのことが可能なのか」
「とにかく実際に表でも試してみなければな」
再び、フル装備の防寒具を身にまとい、僕たちは二人揃って玄室を出る。
僕の胸元には、
ちなみに、着ているのはアウトドア用の防水ダウンジャケットでフードも付いている。
手にはスキー用のしっかりとした手袋、足はごつい登山用ブーツだ。
街暮らしで普段からそんな恰好していたのかと驚かれてしまいそうだが、していたのである。
なにせ、僕らの学園は山の中にあったため、特に教職員にはそれなりの備えが必要だったのだ。
美須磨の方は、確か以前にも説明したと思うが、家出仕様の耐寒コーデである。
上半身は分厚いフード付きのダッフルコート、その内側の首にはいかにも高級そうな
そして、お
「これはワイヤーリールです。丈夫ですし、何かと便利なんですよ」
巻き取り式の
スパイ映画とかに出てきそうな道具だな。って言うか……そんなの実際に販売されていたのか。
「君、やっぱりニンジャなんじゃないのか?」
「くすっ、もう、何を馬鹿なことを仰っているのですか」
ひとまず、精霊術を使用せずに玄室を出てみることからだ。
玄室内では夕べから精霊術【環境維持】を一切使っていないのだが、体調に問題はない。
このままでどのくらい行動が可能なのかを慎重に検証していきたいと思う。
門を塞いでいる岩壁を除去し、穴をくぐれば、卵の上半分といった形の広やかな空洞に出る。
玄室の外壁周辺は、僕らが精霊術で一面を削ったり掘り返したりしたときの状態より変わっていない。もう一晩経っているにも
実は、美須磨が使う水と地の精霊術は、この
昨晩も岩塊とお湯をそれぞれの個室に運び込んでウォーターベッドを作ってもらったのだが、それが朝になってもそのままの形で残っていた。
彼女が火と風も上手く使えたら良かったのに……と、それはさておき。
心配はしていなかったが、これだけ石壁の近くならば、まだ精霊術は必要なさそうだ。
ただ、早くもそれなりの寒さは感じられる。
「多少寒くはあるが問題なさそうだ。
「私も寒さは若干、でも、
「そうか、やはり精霊術なしで行動するのは危険そうだな。無理せず行こう」
美須磨には光と闇へ【暗視】を頼んでもらい、僕は火と風に【環境維持】を頼んでいく。
やや考え、僕らの身体の周囲だけ気温を上げ、空気を集めておけないかと試行錯誤。
別々に動く二人分ということで、長時間に
精霊たちからは、相当めんどうくさがっている気配が漂ってくるが、どうにか
来るときに通った洞窟を逆に辿り、クマの巣穴だった岩屋に到着した。
所要時間は十分程度、行きにあれだけ苦労したのに、道が分かってしまえば帰りは一瞬である。
いちいち換気したりする必要もないのだから当然と言える。
「――でも、普段は壁を全部閉じておいた方が良いかも知れないな」
「そうですね。環境を考えると」
「ああ、生き物が入ってきたりしても困るだろうし」
「出入りの際には忘れずに岩壁で塞ぐようにしましょう」
話しながら洞穴の入り口へ向かう。外は薄暗い曇り空、
ここから外に出るのは最初の日以来となるため、少しばかり緊張する。
改めて下を見ると、切り立った岩壁ということもあって随分高く感じるな。
「良かった、クマはまだ残っているみたいだ。とにかく下りてみよう」
「はい、
美須磨が造り出した石段で眼下の地面へと下りていく。
開放された屋外に出てみると、やはり
風もかなり強く、そのために空気を維持するのが難しいのか、そこそこ息苦しさも感じられる。
この分では、屋外の探索にはもう一つか二つは工夫が必要になりそうだ。
世界の果てとも思える巨大な岩壁を背に、僕たちは雪原へと降り立った。
眼前には、パッと見ただけでは真っ黒な毛皮だとは分からないほど真っ白な氷漬けとなった、しかし、なおも変わらずの迫力で威圧してくる巨大グマの死体。
「ガチガチに凍ってる。これ、他の生き物はどうやって食べるんだろう。春までずっとこのまま……いや、そもそも、この山は春になって雪が解けたりするんだろうか? いやいや、さておき。……とりあえず、上に積もった雪山だけはどかそう。氷はそのままで」
「では私が……、
巨大グマの半身を覆い、四メートル近い高さまでうずたかく積もっていた雪が、
何度見ても不思議な光景だが、そうして流れていく水は周囲の凍える寒さも進路上にある雪もお構いなしに……多少染みこみながらではあるものの、さらさらとした液体のままで流れ落ち、雪上に大きな水溜まりを作っていった。
これは、水の精霊術によって状態を変化させても温度は変わらないという性質によるものだ。
しばらく待つと、小山を成していた雪がすべて流れ落ち、後にクマの形をした氷塊が残る。
三メートルを優に超える巨大な氷の塊だ。
「こうして見ると本当に大きいですね。上手に解体できるでしょうか?」
「そう言えば、美須磨は獣の解体もできたりするのかい?」
「
「それはそうか」
「ただ、イノシシの解体を見学させていただいたことがありますので、おそらく、できるのではないかと思います」
「ああ、守衛で毎年催してたアレか。
「そうみたいですね。とても勉強になりましたけれど」
学園では、毎年秋頃になると緑地の見回りが強化され、ときには野生動物の駆除も行っていた。
担当していたのは守衛、狩猟免許を持つ一部教職員、そして附属大学狩猟サークルの面々。
彼らは
まぁ、お嬢様たちには不人気な催しで、希望者がいたという話は耳にした覚えがなかったが。
「僕はそこそこ手伝い経験があるんだが……、クマは初めてだな」
「がんばりましょう」
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