第八話: 二人、安住の地を求めて

 光と闇の精霊に力を貸してもらえるようになった地点から、更に二度、壁をくぐり抜けた。

 開通したどの洞窟も長さはさほどでもなく、まるで果実の中に出来た虫食いを転々と掘り進む芋虫にでもなった気分である。


 現時点まで、収穫は特になし。

 ただ、岩塩と思われる――思いたい鉱物を始めとするいくつかの変わった鉱脈を発見しており、これらは後でじっくり調べてみようと思っている。

 こんな雪山に長居は無用だが、物資はいくらでもあるに越したことはないだろう。


 意外なのは、生き物に関してか。

 外部よりも遙かに過ごしやすい環境なので、コウモリやネズミといった小動物を始め、昆虫のたぐいでも見られるのではないかと思って――あわよくば食料にできないかという期待もあった――いたのだが、まったく生き物に遭遇することはなかった。

 拠点の候補地であることを考えればあながち悪くもないのだが、食料調達のためにまた雪原へ出ていかなければならなくなる未来を思えば痛しかゆしである。



 さて、そして現在。

 僕らは途方に暮れていた。


「精霊でどかせない岩盤というのは予想外だったなぁ」

「どこか軽く考えてしまっていましたね」

「うーむ、どうしたものか」

「精霊の声はこの辺りだと仰っているようなのですけれど」

「どう見ても普通ではないしね。目的地と考えて間違いないだろう」


 地の精霊に導かれ、くり抜いた岩壁の先が、異なる壁にさえぎられ袋小路になっていたのである。

 自然の岩盤とは到底思えない、形を統一した石のブロックを隙間無く組み上げたのであろう、表面に凹凸おうとつがないどころか継ぎ目すらほとんど目立たぬ、驚くほどなめらかな壁だった。

 難儀なことに、この石は地の精霊でも形状を変えることができないらしい。


 しかも、変わった点はそれだけに留まらない。

 この石はあたかも生きているかのようにほのかな熱を発し、呼吸するように空気を吐いては吸い、ぼんやりと発光までしていた。少なくとも、もう自然の洞窟でないことは明白だ。


 僕らの中では、ここを居住地にすることが既にほとんど既定路線となっている。

 しかし、前述の通り、そのためにクリアしなければならない問題がとにかく手強い。


 ドガッ! ガッ! ガッ!


「スコップでもナイフでもまるで歯が立たないな」

「熱や水、薬品でも反応はありません」


 残念だが、現在の手持ちのカードでは石壁をどうこうするのは難しそうだ。

 あんまり派手なことをして石材の特殊機能が損なわれたり、崩落されたりしても困るしな。


「仕方ない。ひとまず周囲を掘ってみるとしよう。地の精霊に我は請うデザイアアース……」


 二人で手分けして慎重に周りの岩壁を除去し、少しずつ不思議な石壁をあらわにしていく。

 現在地は幅四メートルほど、天井が高く六七ろくしちメートルはあろうか、半卵型をした空洞である。

 その壁の一角いっかくを五十センチほど奥へ掘り進めば謎の石壁に突き当たるわけなのだが、やがて、壁一面の岩肌があらかた削り取られると、石壁の全容が明らかになった。


 ざっと見て、横幅十メートル、高さ三メートルの長方形、現在地はそのやや左上辺りに位置し、下方向に少し、右方向にはかなり余分に掘り進めていかなければ端が見えなかった。


「災害によって埋没してしまった建物だろうか?」

「元よりそう建造された地下施設ではないでしょうか」

「うん、そっちの方がありそうだな。どちらにせよ、何故こんな場所に?という疑問は残るが」


 話しながら露わになった石壁をよく調べていく。

 すると、石壁のちょうど中央部下段だけ僕らの精霊術によって軽くえぐられていることに気付く。

 他の場所には擦り傷一つすら見られないにもかかわらず、だ。


「この一角だけ材質が異なっているんですね。地の精霊にに我は請うデザイアアース――」


 美須磨みすまの声に応じて開いたのは、これまでと同様の四角い穴。

 しかし、それは元より定められた形――周りの石壁だけを残してくり抜かれた上部アーチ型。

 そんなはずはなかろうと思いはするが、受ける印象はまさしく扉か門である。


 その門を僕たちは二人並んでくぐり抜ける。



 通り抜けた先は、石造りの玄室だった。

 これまでの自然そのままの洞窟とはまったく様相をこととする、人工的極まる空間だ。

 一見するとオリエント風の石造建築といった印象を受ける。


 背後の石壁と同様に謎の石材できっちり組み上げられた、荘厳そうごんな雰囲気さえ漂わせる石室。

 壁も床も天井も、すべて同じ石材が使われており、一様に淡く黄色い光を放っている。

 広さは、目測で横幅十メートル、奥行き八メートル、高さ三メートルといったところ、学校の普通教室とちょうど同じくらいか。


 まず目に入るのは、左の壁に二つ、右の壁に三つ取り付けられた一見場違いな木製扉である。

 また、正面奥の壁一面に描かれた、何やらサインか紋章のようにも見える抽象的な壁画。

 床へと目を向けてみれば、その中央が直径三メートルほどの円形状に数センチの段差を成して盛り上がっており、ちょっとした舞台を思わせる。


 祭殿、宝物庫、墳墓……おそらくはそんな場所なのではなかろうか。


「綺麗……」

「……ああ、それほど趣向が凝らされた造りでもないのにな」


 よく見ると、中央の円舞台より僕たちがいる方へ向けて、まるでファッションショーの会場にしつらえられたランウェイのような細い道が伸びている。

 後ろを振り返れば、僕たちがくぐってきた門の上の壁には黄色を基調としたシンプルな図柄のタペストリめいた石板が飾られ、両側には装飾を施された門柱が立てられていた。

 ……どうやら、本当に門、あるいは祭壇か何かから入ってきてしまったみたいだ。

 非正規ルートから不法侵入したことに、なんとなく申し訳なさを感じる……が。


「それにしても、此処ここの空気は……」

「生き返ったような気がしますね」

「肺を満たす酸素、室温も快適。これまでのことを思えば、まるで高級ホテルだよ」


 そう、この石室を構成している石材からもまた、光だけではなく熱と空気が放出されており、勢いのまま換気もせず踏み込んでしまったにもかかわらず、寒さや息苦しさをまったく感じない。

 どういった仕掛けになっているやら、高度に発達した文明の産物とも思えるが、察するところ、この世界にあるという魔法で造られたものなのだろうか。


 しかし、正直に言えば、僕らにとっては何であろうとも関係ない。

 つまり、この玄室の中であればもう、火の精霊による暖房、風の精霊による空調と大気圧調整、光と闇の精霊による明かり、それら一切が必要ないということなのだから。


「先生……私たちは……」

「そうだ、僕たちは助かったんだ。もう……大丈夫だ……」


 冷静に考えれば、まだ問題は山積みだ。

 だが、当面の懸念けねんが一気に解消された、今このときだけは喜び合っても良いだろう。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 二人で各部屋を見て回ったが、残念ながら、特に利用できそうな物品は見つからなかった。

 一通り調べた結果、入ってきた門以外には他に出入り口などがないことも判明した。

 中央の玄室を除く五つの部屋のうち、四部屋はただの空室であり、家具の一つさえ置かれてはおらず、僕らはその中の小さな部屋三つをそれぞれの個室と倉庫に、やや大きな部屋一つを仮に作業室と決めてみた。この部屋の奥には更に二つの小部屋があったが、特に語るべきことはない。

 しかし、残る一つの大きな部屋が、またも僕らに予期せぬ大きな喜びをもたらした。


「先生! お風呂! お風呂ですよっ! わわわ! お風呂ですよ! どうしましょう!」

「あ、ああ、うん、良かったな! 美須磨みすま、ひ、ひとまず落ち着こう! 風呂は逃げない!」


 入り口の門から玄室に入り、左側に二つ並んだ奥側の扉。

 その扉を開けると、湯気や湿気を隔てるためだろう小部屋――僕らの感覚とすれば脱衣所――があり、更に扉を一つ開けた先にこの“風呂”が存在していた。

 実際は風呂というより泉と呼ぶべき作りではあったが、部屋の中央に建てられたオブジェからこんこんと湧き出し、部屋の隅の小さな排水溝へと流れ続けているのは紛れもなくお湯であり、もうもうと湯気が立ちこめた部屋の様子は、まぁ、風呂場と言ってしまって何ら間違いはない。


 実際のところを言うと、僕らはいつでも風呂に入ろうと思えば入れた。

 精霊術を使えば、空気中の水分を集めて十分な量の水を作ることはできるし、いくらでもある外の雪を集めてきて、まとめて水に変えることさえ容易にできる。

 地面を操作して風呂桶を作り、それらの水を溜め、熱して沸かせば風呂は出来てしまう。


 だが、これまでの状況――一間の岩屋においてはいろいろと問題があった。

 すぐ外が極寒の雪原だったため、薄着になること、無防備になることはかなり抵抗があったし、仮にも異性がそばにいるのに……という理由もあり、風呂への欲求があって実現するための方法も思いついていたにもかかわらず、なかなか実行には移せずにいたのである。


 そこに来て、この風呂場だ。

 特に年頃の女の子である美須磨のテンションが上がるのも無理からぬ話だろう。


「先生、お先にいただいてしまってもよろしいでしょうか? わぁ!」

「待て! 危険がないか調べてからだ。あと服を脱ぎ始めるのは僕が出た後にしてくれ!」


 無理からぬ話だろう。

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