第十二話: 二人、壁を越えて
焦る気持ちを心の隅へと追いやりつつ、眼前の高い塀を見上げ、
「向こうはどうなっているんだ? 何らかの施設のようだが」
「他から見た感じでは廃校のようでした」
「んー、この際、目を
「はい、それではどうぞ乗ってください」
「……ん?」
塀に手を突いた少女が、僕の方に背を向けたまま、しゃがみ込む。
「いや、逆だろう? 僕が君を担ぎ上げる方がずっと楽だ」
「私が上に登っても先生を引っ張り上げられません。さぁ、早く」
「んぐっ」
この場から少女だけを逃がすという手もあるが、もはや僕とて奴らに捕まれば
彼女の
「――んっ」
「す、すまない。大丈夫か? 重いだろう? ……やはり役割を逆にしてなんとか――」
「平気です。立ち上がりますね」
肩の上に立ち上がった状態の僕を乗せた少女は、ふらつきながらもゆっくり膝を伸ばしていく。
おお、意外と力持ちなんだな……じゃない。
少女を靴で踏みつけ立つ男――
そして、少女から投げ渡される荷物を順番に受け取っていった後、最後につま先を正面の塀に引っかけるようにして驚くべき高さまで垂直跳躍をしてみせた彼女の手を
「つかぬ事を尋ねるが、ひょっとすると君はニンジャか何かなのかな?」
「何を馬鹿なことを仰っているのですか。急ぎますよ」
「あ、あぁ、うん」
この場所は、どうやら閉鎖された保育園のようだ。
周囲を高い建物に囲まれ、あたかも小さな公園のように残されている
ほとんど明かりもない雪景色ということもあり、終末的な印象に
目の前にはさほど大きくはない園舎が建っているが、こちらは裏手となっており、横を通って表の方へと抜けてゆけば、背の高い雑草に覆われ荒れ果てている庭、その先にある塗装の
庭の様子が外から丸見えなフェンスと正門の方へ、二人で警戒しながら近付いていく。
正門の外側はギリギリ二車線の荒れた車道に面していた。
既に、僕の脳内で描かれていたマップはぐちゃぐちゃになっており、現在地がどの辺りなのか判然としない。特徴的な建物などもなく、加えて雪降る夜である。目に映るのは見知らぬ町並だ。
ともあれ、先ほどまでいたシャッター街のメイン通りや脇道でないことは間違いさそうだな。
周辺の通りもヤンキーの仲間たちが見張っているという話だったが、ここはどうか?
少なくとも、見える範囲には寒さを
もう時間が時間だ。車の通りは一台もなく、停車しているあやしい車も確認できない。
そうして周囲を見渡していると、左手の方の空が他と比べて
耳を澄ませば、そちらの方角からゴトンゴトンと電車が路線を走る音も小さく聞こえてきた。
「あっちが駅みたいだな」
「駅まで走れば逃げきれるでしょうか?」
「ああ、駅まで――いや、駅前の大通りにさえ辿り着ければ問題ない。だけど途中で待ち伏せに
「そこまでのことをするような人たちなんですか? お金や持ち物を
「彼らの言動を見るとやりかねないね」
「……
「日本だよ。でも
イヴの夜、わざわざこんなお行儀の良い街に繰り出して、寂れた商店街で顔さえも見ていない女の子を雪
「そう言えば、さっきは助けてくれてありがとう」
「はい、どういたしまして」
「それで、まだ落ち着いて話せる状況じゃないが、先にこれだけは聞かせてもらえないかな?」
「なんでしょう? どうぞ」
目元にきょとんとした表情を浮かべ、あどけなく小首を
「君は……
「くすっ、今更ですね」
そう言うと、彼女は口元のマスクをずらし、整った顔を見せてくれる。
続く「ごきげんよう、先生」との挨拶と微笑みに、僕は未だ危険が去っていないことも忘れ、深く大きく
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