第十三話: 人心地の二人、最後の晩餐

 目の前に垂れ下がった暖簾のれんを掻き分け、僕は後ろにいる美須磨みすまを手招く。

 いつも――今夜はより一層――クールな表情を見せている彼女にしては珍しいことに、かなり戸惑った様子だ。


「いらっしゃぁっせ! あら、ショーゴちゃんじゃないの」

「やぁ、店長。寄らせてもらうよ。今夜は連れもいるんだけど良いかな?」

「んまぁ!! とんでもなくかわいい子ネー。あ、もしかしてさっき捜してた子? 見つかったの? 無事で良かったわネー」

「うん、そう。手伝ってくれてありがとう。僕ちょっとあちこち連絡しないとだから、この子に何か食べさせてあげててよ」

「おっまかせー! それじゃ、お嬢ちゃん。なんになさいます? うちはね、鶏ガラのさっぱりスープが売りだから女の子にも好評なのヨ。あ、ラーメン好きかしら?」

「あ、いえ、その、食べたことはありません」

「まぁ! それはいけないワ! この日本に生まれてラーメン食べたことないなんて、八百万やおよろずの神さまが認めてもアタシが認めないワ! 分かった。今夜、アナタの一番好きな食べ物をうちのラーメンに書き換えてあげる」

「あの、私は――」

「大丈夫! アタシに任せて!」


 今晩も絶好調だな、店長。見た目はいかついが気のいい人なのである。

 そっちはしばらくに任せておくとして。



 閉鎖された保育園跡地を出た後、僕らはどうにか駅前まで戻ってくることができた。

 あのとき、美須磨の顔を確認した僕は。


「もう逃げなくて良いのかい? 何か事情があったんだろう?」

「最初から、学園のかたに追いつかれたらあきらめるつもりでいました。何か別の結末へいたらないか、ほんの少しだけ期待してしまったんですけれど……。もう……十分です……」

「個人的には聞きたいことが山ほどあるが、学園へ戻る意志があるのなら、ひとまず捜索本部に連絡するぞ? みんな心配している」

「……はい」


 といったやり取りを経た後、捜索本部で指揮を執っている教頭先生へ発見・保護の報を送り、ヤンキーたちの影におびえながら二人で駅の方角を目指して歩いた。

 辻ヶ谷つじがや先生に迎えに来てもらえれば良かったのだが、この時点で彼はかなり離れた場所におり、長時間一ヶ所に留まって待つのは危険と判断した。

 あ、民家を訪ねてタクシーを呼んでもらえば良かったかもな。……深夜に灯りも点いていない見ず知らずの人の家に押しかけるという発想がなかった。

 まったく、こういう案はちゃんと窮地きゅうち渦中かちゅうに浮かんでほしいものである。


 しかし、結果的には懸念けねんだったヤンキーたちの待ち伏せや襲撃もなく、状況から推察するに、僕たちが路地裏を逃げ回っていたちょうどその頃、シャッター商店街にパトロールの警官が到着したのではないかと思われる。

 連中が補導されたのか、逃げおおせたのかまでは分からないが、途中で追っ手の姿が消えたのはそのせいだったのかも知れない。

 そして、周辺を張っていたという仲間たちもとっくに逃走とんずらしていたのではなかろうか。


 とまれ、戻ってきた駅前では、あれだけ瞬いていたイルミネーションが既に消え、ストリートパフォーマーを始め、賑やかに騒いでいた人々の姿も消え去り、先ほどから徐々に降りを強めてきている雪のせいもあって、足早に帰りを急ぐ歩行者くらいしか動くものがなくなっている。


 タクシー乗り場に目を向ければ、折り悪く、ちょうど全車出払ってしまっているようだ。

 しばらく待つ必要があるか。流石さすがに疲れたので風雪をけて一休みしたいし、ついでに協力を頼んだ各所への連絡なども早めにしておきたい。

 また、先刻より、目に見えて足取り重そうにしている美須磨みすまのことも休ませてやりたい。

 考えた末、僕は駅前広場の片隅に立つ馴染なじみのラーメン屋台を目指した。


 そして、冒頭へと繋がるわけだ。



「――あー、こっちはタクシーで戻りますので、そのまま。ええ、お疲れさまです。では、また」


「――ありがとうございました。ええ、無事に見つかりました。いえいえ、ご協力感謝します」


「――今は駅前にいます。はい、彼女も一緒です。少ししたらタクシーで学園に戻りますので。あっ、はい、よろしくお願いします。こちらこそお疲れさまです。はい! それでは失礼します。……ふぅ」


 よし、これで一通り、報告は終わったかな。

 ロータリーを挟んで六十メートルほど向こうにあるタクシー乗り場には、いつの間にか数台のタクシーが戻ってきている。

 軽く腹ごしらえさせてもらってから一台捕まえて学園へ戻るとしよう。


 なぁに、ここまで来れば、もう危ない連中の心配はないだろう。

 そんなことより、学園に戻ったら、明日は朝からいろいろ大変になる。

 僕にどこまでのことができるかは分からないが、少しでもあの子の力になれるように、体力はしっかり回復させておかないとな。


 気付けば、もうあと数十分で今日も終わろうとしている。

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