異世界で遥か高嶺へと手を伸ばす 「シールディザイアー」
プロエトス
第一部: 終わりと始まりの日
―― 序幕: 見知らぬ雪山にて ――
前編: 怯えながら歩む男
雪は
加えて、強風をものともせず上空に渦巻く分厚い黒雲、薄暗い風景に気持ちさえ
ふと不安に駆られ、毛皮の手袋を着けた右手をグッパグッパと開閉させてみる。
『ほっ、どうやら凍傷の兆候はなさそうだ』
ついでに背中で負った
地面に積もった雪が固く凍結し、そうそう沈み込んで足を取られたりしないのは救いか。
反面、非常によく滑るため、初めのうちは転ばないように歩くだけで一苦労だったものだが、試行錯誤の末に具合の良い
とは言え、ここは見知らぬ雪山……おそらくは山腹付近である。
起伏は比較的なだらかなれど道なき道の尾根、
慣れない山歩きということを差し引いても、想定以上のペースで疲れが溜まっていく。
見知らぬ雪山……。
慣れない山歩き……。
そう、それらも大きな悩みの種だった。
実は……いや、お察しの通りと言うべきか? 僕は孤独な雪山ハイキングを趣味とするようなイカした登山家などではない。
基礎的な山の知識もなければ、現在地についてもろくに分かっておらず、こうして実際に歩き、手探りで調査探索している最中……つまるところ、割りとガチめで遭難中の身の上なのである。
どうしてこんなことになっているのか、それを説明するとそこそこ長くなる。
うん、まぁ、ひとまずは
正直、あまり余計なことを考えていられる状況ではないのだ。
『ずっと何かに見られている……と思う』
こちらの心身に絶えず負荷を掛けてくる、
視界の端に一瞬だけ映る
都度、周囲を探るも痕跡すら見当たらず、だからこそ逆にザワザワと不安が増幅されてゆく。
これまでも小動物くらいは目にしており、辺りに生き物が
実を言えば、大きなクマの死骸も発見しているため、これが逃げ出して野生化したペットだと言うのでなければ、近隣にまだ別の個体が
いや、想像してみると、そんなクマにばったり出くわすだけでも十分すぎるほど恐いのだが、気配はすれど正体がまったく分からないことにはまた別種の怖さがあるものだ。
野生動物と
反射的な怒りや
ひとまず、その言葉に従い、警戒を強めつつもペースは乱さないよう歩を進めてきたが……。
『やっぱり、気のせいなんじゃない?』
周囲は見通しが良く、大型の獣が
……と、頭の中の楽天的な部分がまくし立て、次第に意識の多くが同調し始める。
いや、
友好的だとも限らないし、こんな山中で人に出くわすとか、ヘタすりゃ猛獣よりよっぽど恐い。
とにかく、結局、何も行動ができない。
これまで危険な生き物と出くわさずにいられた幸運が逆に災いしていた。
知識と経験がまるで足りておらず、更に言うなら、護身用の武器や覚悟も足りていない。
熟練の
少しずつ散漫に漏れ出していく意識。少しずつ惰性になっていく
それらは、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふとした拍子、そこに
『ん、また何か……って!? はあ?』
すぐに幻だということは分かった……が! それは今の僕にとって
これまでの
温かいスープ――やめろ! 思い出すな!
さっぱり鶏ガラネギ多め――余計なことを考えるな!
重い荷物下ろして休もうや――安全な場所に着いたらな!
連鎖! 連鎖! 連鎖! まずい! 脳の不要な処理が止まってくれない!
それに
『あぁ、今更だけど、やはり休息だけは
時間としては
が、何か起きれば絶対ヤバいという状況下、
えてして、不運とはそうしたタイミングを見逃さないものだ。
ましてや、こちらを狙う敵であるのなら――。
――るりゅぅ……っ。
脳裏を
突如として現出したのは、これまでになくあからさま気配だった!
やはり姿はまったく
瞬間、僕は脱兎の如く駆け出す。
後ろには意識すら向けず、もう余計なことは一切考えない。残りの体力も気にしない。
この自慢の
ただただ踏み出す
元より、逃走だけはあらゆる状況における最上位選択肢として心に
ある程度の備えがあるならともかく、ろくに余裕もない状況で戦いなどまっぴら御免である。
どれだけ情けなかろうと、どうせ自分以外の誰に見られているわけでもないのだ。
冷静になって後から考えると、敵の正体くらいは視認しておくべきだったと思わなくもないが、このときの僕は、一目散に逃げる。
……まぁ、悲鳴を上げなかっただけでも、僕にしては上出来だよ。
ほとんど激突と言って良いほどの勢いで岩壁に突っ込んだ僕は、そこで初めて背後を振り返り、正直持ち上げるのもおっくうな
『どうやら、追ってきては……いない……か?』
まだ気を抜くには早いと頭では理解しているものの、周囲から敵の気配が消えたと認めれば、
いや、ホント死ぬかと思った。やっぱり危険な生き物がいたじゃないか。誰だよ……気のせいとか言った奴……。脳内の楽天家、お前だよ! あいつには責任を取ってもらいたい。次回から脳内会議に席があると思うなよ!!
とりあえず、本当に外敵が居ることが分かったのは収穫と言えるか。
今後も知らぬまま探索を続けていたら、いずれもっと危険な状況で襲われていたかも知れない。
新たな不安の種を抱えてしまったが、危険を知り無事帰還できたことは喜ぶべきだ、うん。
数分ほど休み、呼吸と心拍とハイなテンションを落ち着かせた僕は、改めて後ろへと向き直る。
視界のすべてを覆い尽くす……あまりにも巨大な岩壁が、そこにはあった。
ほぼ垂直に切り立った上を仰げば天空を貫き、左右は視界の果てまで途切れることなく伸びる。
そんな岩壁は、どれだけ離れようと全体の輪郭が確認できないほどの
おもむろに
当然、登頂に憧れの思いを
視線の先、真上に手を伸ばした垂直跳びでも届かないほどの高さに、大人が手足を広げながら通ってもぶつからないほどの大穴が、ぽっかり口を開けている。
「ただいま。どうにか帰ってこれたよ」
いささか自然志向にすぎるが、ここが現在の僕の、狭いながらも楽しい我が家なのだ。
************************************************
※二〇二四年一一月三〇日
表紙イラストを自作しました。拙い絵ですがイメージの一助になれば嬉しいです。
転載・加工・AI利用などはご遠慮ください。
近況ノート:
https://kakuyomu.jp/users/proetos/news/16818093089364331000
************************************************
ということで、始まりました。
もちろん、応援やフォローも大歓迎!
★★★は以下のリンクから付けられます。
https://kakuyomu.jp/works/16817330663201292736/reviews
章ごとに雰囲気が大きく変わりますので、長く楽しんでいただけたら嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます