第5話 豪華客船の中で 2

 ヴィオレッタ・リリィ・ユエインは、黒壇の髪と闇色の瞳を持つ美しい女だった。腰まである長い髪の頭頂部は布で隠れている。そのターバンのような布は、髪よりもその顔を隠す目的のほうが強い

 その18、19の齢に見える美しい顔の左頭から瞳にかけて、入れ墨のような複雑な模様が描かれている。

 体に魔術紋が現れているのだ。それは強い魔術師のあかしとも言われているし、同時に伝承では魔族の特徴とも言われていた。

 ユエインは、世界最高の魔術師と同じ部屋で、一人の獣人の特徴を持つ少女を世話している。

 獣人には名前はない。シルヴがお世辞にも愛想のいいほうではないことは、ユエインの長い師事生活の中で理解していたので、特段責めるつもりもない。

 ただ、獣人の少女がかわいそうだと思う。名前も付けられず、腫物のような扱いを受けるのがつらいことは、ユエインも経験があるからわかるのだ。


「あの、お師匠。仮にでも名前を付けてあげないんですか、その……獣人の少女に」


 獣人の少女は、部屋の隅に座ったまま動かない。ただ怯えた目でユエインとシルヴを交互に見つめている。少女というにもまだ若い……子供である。


「必要であればスカイがつける。これはスカイの従者になる」


 ユエインは眉を潜ませた。スカイの名前は覚えもあり、なんならともにシルヴに師事した親しい間柄ともいえる。ユエインもスカイの協力者として、スカイの従者となる予定だ。


「従者っていうのは……私は奴隷ですか」


「……貴族の少ないこの世間では、そういう制度になるのか」


 壮年でどれほどの苦労をしたのだろう。白髪の師匠、シルヴは少し目を見開いた。そしてすぐ否定する。


「そうではない。スカイの協力者となってほしい」


 シルヴが抱える弟子たちは、5人ほどいる。その誰もが一般の魔術師とは毛色の違うはみだし者たちで、世間から特別扱いされている者も多かった。

 だけど。ユエインは胸中で否定する。スカイに対するシルヴの「特別扱い」は異常ですらある。

「この世界がぜーんぶスカイのためにあるわけじゃないんですよ、そりゃ彼はあの年齢で王宮魔術師になるなんてすごい人ですけどね」

 ユエインの……独り言に近い小言に、シルヴは答えなかった。

 ともかく、3人はスカイに会うためだけに、豪華客船で旅をしているのだ。

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アウトローズ・クエスト0 海の魔物と妖精の王 おがわはるか @halka69

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