第3話 豪華客船の噂話


 まだ少し船酔いの残る頭でスカイは誰にともなく尋ねた。「だいたいこの火薬はなんなんだ……」

「お迎え、歓迎の印さ。女将があっけらかんとこたえる。

 ひげを蓄えたアダムは、フンと鼻を鳴らした。「もとはと言えば、船が港に無事に帰れるよう空砲で目印を出してたのさ。どこかの馬鹿がお祭りの材料にしちまったがね」

スコットが口を挟む「俺はあれは海の魔物の魔除けだって聞きましたよ」

 それぞれ好き勝手なことを言いながら、それぞれの言葉にそれぞれが関心を示していた。

スカイはあっけらかんと「まあ、風習ってことか」とまとめると。全員が「そうだねえ」と納得するのだった。

「客が下りるまでどれくらいだ?」

「まあ日暮れには間に合わせるだろうから、あと半時くらいかね」

「そうか」 スカイはレモネードを注文した。とても何かを食べる気分ではない。

「昨日は大時化だったしねえ」

おかみは優しい言葉をかけながらレモネードとおかゆをサーブするのだった。

 スコットは豪華客船への興味深々だ。誰が乗っているのかもほとんど明らかにされていないからだ。「誰が乗ってるかわからない船かぁ……いや待てよ、宮廷魔術師が一人乗っていたはずだよなあ」

「……シルヴ・ムスペルヘイム」

「そうそれ! 兄さんさすが詳しいね、世界最強の魔術師が乗ってたんじゃ、この船は絶対安心を保証されたようなもんだよな!」

「まあ、それを宣伝するために名前を乗せたんじゃろうしなあ」

「どんな人なのかなあ、あってみたいなあ」

 盛り上がる漁師二人に聞こえるか聞こえないかの音量でスカイは「見た目は普通の人だよ」とぼそりとつぶやいた。

――シルヴ・ムスペルヘイム。この大陸中、特に魔術師ではその名を知らない人はいない。

彼は、史上最強の魔術師で、そして王宮魔術師を育成する施設「昴」の特進コースの講師であった。

 妙齢のがっちりした体格で、加齢により白髪になった髪に、ブラウンの瞳を持つ。

 生徒だったスカイの印象では、それほど饒舌ではない。本気だか冗談だかわからないセリフを、ポツリと呟くような人だった。

 スカイは孤児である。子供のころに昴に引き取られ、シルヴに師事してきた。もう10年を超える。その授業に含まれている魔術をふくめた戦闘訓練で、一度も勝ったことはなかった。

 印象では、影のようなひとに思える。その能力ゆえにねたまれることも多く、意図してそうしているのか、素なのかはスカイですらわからない。

 ただ、特進クラスの生徒を教えるときは、見たこともないような熱量――何かに追われているようにも見える――だったことを覚えている。


 そう、今日スカイがこのエミリア・シティに立ち寄ったのは、シルヴに呼び出されたからであった。

 ……まさか、豪華客船であらわれるとは、思っていなかったが。

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