僕はライトノベルの主人公
寺場 糸@第29回スニーカー大賞【特別賞
プロローグ
これは、本編中における、とある一幕である。
プロローグといえば、読者へ作品の第一印象を提供する非常に重要なシーンだ。
いわば、入学式初日に行われる自己紹介。
または、短距離走におけるスタートダッシュ。
もしくは、映画におけるオープニング・ムービー。
世界観、設定、キャラクター、その他諸々のファクターを漏らさず盛り込みつつ、冗長にならないよう圧縮してお届けする、最初からクライマックスな超重要場面。
そんなプロローグは、本作においては、次のような場面から始まる。
完璧美少女の『メインヒロイン』、高嶺千尋が、学校の屋上から飛び降りを図ろうとしていた。
ああ、勘違いしてほしくないから言っておくけど。
安心してくれ。この作品のジャンルは、メタフィクション・コメディだ。
★
「まだ先の展開が控えてるのに、ここで飛び降りなんてやめたほうがいいよ」
僕が高嶺さんに向かってそう声をかけると、彼女はゆっくり振り向いた。
彼女は飛び降り防止フェンスを乗り越え、今にも一歩踏み出し、宙に身を投げ出そうとしていた。
強風が、彼女の滑らかな黒髪をなびかせている。
「『メインヒロイン』の君がいないと、どうやったって『物語』が先に進まなくなるじゃないか」
「来てくれたのね、手塚くん」
そう、僕の名前は手塚公人。
なんの因果か、このライトノベルの『主人公』に選ばれてしまった、しがないダンゴムシ的高校生だ。
「そりゃ来るさ。『メインヒロイン』の危機を救おうとしない『主人公』なんて、読者に受け入れてもらえないからね」
僕はなんとか時間を稼いで彼女との距離を縮めようと、必死になって言葉を紡ぐ。
紡ぎながら、なるべく自然に、一歩踏み出す。
この場面における『主人公』としての役割は、とある理由で自暴自棄になってしまった『メインヒロイン』の暴走を止めること。
……いや、違うな。
もう、肩書で彼女を見るのはやめよう。
僕らの関係は、そうやって、お互いの肩書を視線から外すことで、初めて成り立つ。
「ごめん。違った。僕はただの手塚公人で、君はただの高嶺千尋さんだった。僕はただ、苦しそうにしてる君を、なんとかして助けたいと思っただけだ」
「私を、ただの私として、見てくれるのね」
「うん。気づくのが遅れて、本当にごめん」
僕は頭を深々と下げて、心の底からの謝罪を彼女に送る。
顔を上げると、高嶺さんの泣き笑いの表情が目に映った。
「ありがとう。手塚くん。とても嬉しいわ。でも、」
その逆接続詞に、僕の頭に嫌な予感がよぎる。
そうはさせないと、足を踏み込む。
「でもね、私は、この『物語』を、終わらせるワケには、いかないの」
高嶺さんの身体が、風に煽られたかのようにゆらめいて、後ろに向かって倒れていく。
それらの光景は、僕にはまるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。
「さようなら、手塚くん。そして、また会いましょう」
「高嶺さんッ!」
走る。手を伸ばす。彼女もまた、救いを求めるかのように手を伸ばす。あと少し。
そして――、
★
一体どんな経緯でこうなって、この先、一体どんな展開になるかだって?
それは、読み進んでもらえば、そのうちわかる。
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