第8話 あいつ

 船乗り場まで戻って来ても、まだ老夫婦は成仏しなかった。彼らも幽霊になってしまったものの、他の観光客と同じように観光をしてからこの世を去るつもりらしい。特に次の行き先のヒント的な物をもらえなかったのでどうしようかと思っていると、ついておいでと言うように振り返った。

 老夫婦について行くのは彼らの歩調もゆったりとしているし疲れるというわけではないのに、先程から動悸が止まらない。なんだかこれまでとは違う感覚が俺を襲う。直感的にあいつがこの先にいるんだな、と思えて来る。

 老夫婦は呑気にソフトクリームを指さして「美味しそうだね」と言ったり、はしゃぐ子どもたちを見て「あらあら可愛いわね、孫と同じくらいの年齢かしら」と微笑んでいた。まあ、何を話しているのかはわからないから、俺の脳内アテレコなんだけど…。

 老夫婦が突然足を止めたので、俺もそれに倣い足を止める。目の前には柳の木が並ぶ人が二人並んで歩くのが精一杯といった細い並木道。



「あ…」



老夫婦が礼をするように頭を下げて去って行くのにも気がつかずに、俺は目の前にいる人物に釘付けになっていた。



「…お」


「待て。「おう」っていう呑気なこと挨拶される前に俺に一言言わせてくれる?」


「どうぞ」


「ここまで長かったわ~」



蟻だからけの紅色の百日紅に体を預けて、大げさに疲れたアピールしてみる。身体的な疲れは正直さっきのパドルくらいだけど、精神的な疲れは相当だ。

 何で死んだのか、どうして俺に何も言わずに死んだのか。聞きたいことは山ほどある。成仏して逃げられる前に聞き出しておかないと、次に聞けるのは俺が死ぬ時だ。そこまでは流石に待てない。



「そ。お疲れ」


「お疲れじゃねえわ。何でこんなとこにいるんだよ。てか何で死んだ?」


「直球~。オブラートに包まないといけない系の質問直球で来たー」


「俺に何も言わないで死ぬなんてありえないって思って寝たら、葬儀の次の日幽霊犬まで現れたんだから、聞く権利あるっしょ」


「何その話詳しく」


「はぁ」



ため息が出てしまうが、何日ぶりかのこいつとの会話は、こいつが死んでることを忘れるくらいに普通でいつも通りで、それが一番怖かった。

 こいつが死んでるという事実を忘れてしまいそうで。

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