第7話 赤と黄色の反転世界②

 二人乗りの、自分で漕ぐタイプのボートのチケットを券売機で買う。シニア、大人、大学生・専門学生、子どもの券種があるけど…俺の分だけ買うんでいいよね、流石に。

 この手のボートはカップルで乗るのが定番という偏見が俺にはあるが、観光地ということもあって家族連れだったり、俺と同じカメラマンが一人で乗っていたりしていてアウェイ感はない。



「気をつけて乗ってくださいね」



老夫婦がボートに乗り、座ったのを確認して湖の中央辺りまで漕いでいく。これが結構重労働で、代わってとも言えないから船乗り場への戻りの体力も温存しておかないと…。

 粋なのは、湖面に紅葉した葉が上品に浮いていることだった。赤や黄色、リスのような色をした茶色の葉が時々波打っている。そんな葉とこの美しい景色と、それに見惚れ時々無言の会話を交わす老夫婦を微笑ましい気持ちで眺めていた。



「ここがよさそうですね、ここで撮りましょう」



ボートを漕ぐのを一旦やめ、寄り添う老夫婦にカメラを向ける。



「はい、チーズ」



前々から思っていたことだが、何故チーズなのだろう。「チーズ」の「ズ」でシャッターを切ったら笑顔じゃなくて口がとんがった顔で映ってしまいそうなものだけど。

 「ズ」に負けずに老夫婦は良い笑顔で映っていた。生前に行きそびれた観光先だったのだろうか。確かにここは生きているうちに一度は来ておかないと損かもしれない。

 老夫婦は今までの他の幽霊と違って、撮った写真を確認してもらった後もすぐには成仏しなかった。俺の明日筋肉痛確定な腕を慮ってくれたのか、パドルを再び持とうとする俺を制止した。驚くべきことに、幽霊になると特殊な力を使えるようになるらしい。彼らは二人揃って水面に向かって手をかざした。すると、彼らの手から風でも発生しているのか、ボートが一人でに動き出す。楽で大変ありがたいが、その凄さに開いた口が塞がらなかった。

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