第9話 どきどき
後夜祭で葵はずっと遥の手を握っていてくれた。学校中に宣言したようなものだ。
もっとも、遥と葵のは全校生徒に知られるほどの有名人ではないが、すれ違う生徒はみんなそうなんだという顔をしていく。
葵の手は大きく暖かい。この手で、遥はよからぬ想像をして一人顔を赤くした。
浴衣で自転車には乗れない、ふたりして電車に乗った。
週末の電車、酔っ払いも多い。ある理由で遥は人と触れるのを避けたかった。葵は言わなくてもわかってくれたみたいで、包み込むようにほかの乗客から守ってくれた。
たった四駅だが、そんな葵の行動が、とにかく遥はうれしかった。
駅から今までは十五分ぐらい。普通はなんてことはないけれど、浴衣ならちょっと遠い。おまけに足元も下駄だ。履きなれていないから、そろそろ限界。
急に葵が前に回るとしゃがんだ。
え、うそ、おんぶしてくれるの? 嬉しいけど、ちょっとだけためらう理由があった。
「おいでよ」
背中に寄り掛かると首に手を回した。思ったより広い。葵が、小さく「えいっ」と掛け声をかけ立ち上がった。
「重っ」
首を絞めてやった。
「く、苦しい」
「降りる、離せ」
「ごめんね、ありがとう」
「楽しいのはこっちだよ、フルの胸柔らかい」
恥ずかしい、ノーブラがばれちゃう。でも暖かい。
「それ歩荷のお礼」
「こんなお礼が来るなら、いくらでも担ぐよ」
「胸だけでいいの」
つい本音が出て、慌てたがもう遅い。葵が黙ってしまい、脚を抱え込む手に少しだけ力が入った。それが返事なのだろう。だめだ、心臓が早くなる、葵にばれちゃう。
「家の下は、黙って通ろうね」
見つかったら帰らなきゃならない、お母さんは気がついているかもしれないけれど、目撃したら、許してはくれないと思う。
階段はさすがに降りた、下駄を脱いではだしであるく。
玄関が開けられた。扉を開いたまま葵が止まった。無言でどうするって聞いたいるのだ。
入ったら、きっと世界が変わる。いいの? もう一度自分自身に聞いた。
「お邪魔します」
遥は部屋の中に一歩足を踏み入れた。
「疲れたね」
「私は葵がおんぶしてくれたから、でも、汗かいちゃった。お風呂入っていい?」
「うん、って、さっきもう火をつけたから、あと少しかな」
「え、水はいつ入れたの?」
「朝のうちに」
葵はさらっと言う。こうなることを予定してたの?
「私が来なかったら、どうするつもりだったの」
「冴子先生呼んだ」
顔色を変えず言われて、頭が「かっ」とした。
「帰る」
ぎゅっと抱きしめられた。
「離せ、女たらし」
「フル、愛してる」
耳元で言われ力が抜けた。帰る、帰るんだ。
唇が重ねられた
かえ……りたくない。
葵の下が口の中に入ってくる、もうだめ、やせ我慢も限界。遥は葵の背中に腕を回すとその手に力を入れた。
「火を消さなきゃ、熱湯になっちゃう」
葵が、残念そうに風呂場に向かった。
今しかない、遥は急いで浴衣の帯を解いた。やっぱり心臓がどきどきする。
「沸いたよ、ちょうど……」
葵の声が途切れた。
遥は全裸で、立っている。浴衣に着替えたときから下着は付けていなかった。
「フル、きれいだ」
「お風呂はいってくる」
やっぱり恥ずかしい、遥は風呂場に逃げ込んだ、心臓が苦しいぐらい早鐘を打っている。
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